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2章 そして、地獄がはじまった
2-8 大量の魔物が湧いてきた
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その日は朝からバタついていた。
俺は砦の見晴らし台から双眼鏡を覗く。
魔の大平原に現れる魔物の数があまりにも多い。
今日はE級、F級冒険者も砦の雑務を放置して、総動員で対処に当たっている。
おかしい。
B級、C級あたりのわりとランクが高い魔物も砦の方に流れてきている。
「母上っ、前方右方向にB級の魔物が三頭駆けてきています」
拡声魔法で大きな声で指示を出す。
魔物に対処している冒険者は、その目の前の魔物を対処するだけで精一杯になる。
俯瞰的に戦況を見て、指示を出す者が必要だ。
母上やB級冒険者たちが対処するのはB級以上の魔物だ。目の前にいる弱い魔物を倒すことに専念してしまい、C級やD級冒険者にB級以上の魔物を対処させることになってしまえばこの砦の敗北は目に見えている。
俺が魔の大平原に立っていても、他の冒険者が討ちもらした魔物を倒すだけだ。
それならば、上から見て指示を出した方が、皆が的確に魔物を討てる。
今回、B級、C級冒険者はそのまま組んでいるパーティで、D級以下はE級、F級と組んでチームを編成した。
日頃、母上は単独かC級冒険者と組んで砦から見渡せる場所の魔物を倒しているが、今回は砦に戻って来ていたB級冒険者たちのパーティとともに行動している。
単独行動は大量の魔物のなかでは危険すぎる。魔物との戦闘で微かでも休む間もなくなる。
クロとシロ様は動かない。
ということは、S級以上の魔物が砦に現れることはない。
反対に言えば、クロとシロ様の力を借りることができないということだが。
だが、遠征しているいくつかのA級、B級冒険者のパーティはどうしたのだろう。
砦にまだ戻って来ていない。
彼らのネームプレートは黒く染まっていない。
どうにか魔物たちにヤられずに、なんとか退避していることを願う。
自分の実力よりも弱い魔物だとしても、数が多ければ対処しきれない。
魔の大平原には隠れる場所もない。
無事であることを祈るのみだ。
「三班、五班、斜め前方より魔物が十頭来ている。左右から挟み撃ちにしてくれ」
魔物に言葉が通じないからこそ、大声で指示できる。意味が伝わっていたら、即座に進行方向を変えられているだろう。
弟アミールは俺の脚にぎゅっとしがみついている。
こんな大群の魔物を見たことがないからだ。
上から見ていても、そこにあるのは恐怖しかないかもしれない。
「アミール、この戦場を見ておけ。冒険者たちは命をかけて戦っているんだ。いつも冒険者側に有利な状況とは限らない」
「あ、兄上もこんな状況で戦うんですか?」
「今は足手纏いだが、いつかは母上の横で戦えたらと思っている」
E級冒険者である俺では、まだまだ先のことだが。
早く一緒に戦えるようになりたい。
母上を守れるくらいに。
あの家族からも。
遠く、遠くに。
魔物の動きがおかしい。
魔物が集中しているようにも見える。
が、手持ちの双眼鏡では状況までわからない。
「遠見」
遠くが見える魔法を使った。この砦の図書室には魔法書が置いてある。使えない魔法も多いが、使える魔法の数も増えてきた。
目の奥でぼんやりと像を成していく。
A級、B級冒険者たち?
遠征していた砦に戻って来ていなかった残りの五パーティが一緒にいるようだ。
無事で良かった。
この魔物の群れのなか、協力して砦に帰還することにしたのだろうか。
「?」
何かを庇っている?
誰かを守っているのか?
魔物や冒険者が入り乱れるので、状況がわかりにくい。
「兄上?」
「怪我か?」
もしも、怪我をした冒険者を砦に運ぼうとしているのなら。
あの集団を早く砦に戻して怪我人を回収した方が、A級、B級冒険者の戦力が増える。
「母上ーーーーーっ、前方のかなり先に、砦に戻って来てなかったA級、B級冒険者たちがいますっ。怪我人がいる模様っ。彼らが駆け抜ける一線をっ」
A級冒険者ならば、魔物が途切れた一筋の道があれば、怪我人を抱えても砦に戻って来れる。多数の魔物から守って戦いながらというと強い冒険者たちでも難しい。この砦にいるのは護衛に向いた冒険者たちではない。護衛対象のある依頼がこの砦にくることは皆無ではないがほとんどないからだ。
魔の大平原の砦から見えない奥地に向かうことができるのは、全員が全員戦う冒険者で構成されているパーティだからこそだ。
「リアムーーっ、魔導士に道を焼き払ってもらう。失敗は許されない。方向は合っているかっ」
母上が俺に答えてくれた。
さすがは俺の母上。肉声だ。地声で俺の元にしっかりと聞こえた。
母上はそばにいるB級魔導士に頼んだのだろう。
杖をかまえている彼は、広範囲攻撃魔法を使える。それを応用して地平線までひたすら直線の道を作るのだろう。その道に立つモノは何も生き残らない。
杖の方向が冒険者たちに直撃してはいけない。冒険者たちが立っている位置からほんの微かにズレる程度でなければいけない。道を作ったのにその道から離れていたら、その道が再び魔物に覆われてしまうからだ。
広範囲攻撃魔法はそう何発も打てない。その貴重な一発である。
七歳の子供になんて責任を押しつけるんだ。
俺は微かに口の端で笑う。
母上に期待されたら、やるしかないだろう。
「微かに右をっ。はい、そこですっ。お願いしますっ」
彼が唱える呪文はここまで聞こえないが、一瞬後、大地を光が走った。端にいた冒険者の目と鼻の先を貫いていった。
あー、危ねえ、危ねえ。冷や汗たらり。
ギリギリだが、一番効率的な道を作った。
A級冒険者たちは砦の意図をすぐさま悟ったらしい。
一人が怪我人を背負って、その瞬きの間の道を駆け抜けて来る。
飛び出したのは、巨大戦斧を軽々操るリージェンである。確かに彼なら重い人間を背負って走ることなんて造作もないことだろう。
その背に背負っているのはナーヴァルだ。
怪我人はナーヴァルなのか。
「兄上、どこへ」
「下に行く。A級冒険者が砦近くに戻ってきたのだから、もう俺の指示は必要ない。ナーヴァルの怪我の具合を確認する」
俺は素早く階下に降りる。アミールは俺の後ろから追いかけて来るが、お前が階段で転げ落ちて怪我しないようにゆっくり来い。
「ナーヴァルさんっ」
俺は魔の大平原につながる出入口で、リージェンとナーヴァルを迎える。
「こちらへっ」
近くにある小さい医務室にリージェンを誘導して、ナーヴァルを簡易ベッドに下ろしてもらう。
「お、おう、坊ちゃん。傷自体は上級治療薬で塞がっているんだ。だが、ちょっとヘマをしちまってな」
力なく笑うナーヴァルが痛々しい。
破れたズボンから覗く右脚の肉がかなり抉れている。
魔物に喰われかけたか?
ここまで酷いと筋肉も神経も傷ついているだろう。
この世界のもの凄い高価な上級治療薬でも、欠損した部分までは戻せない。綺麗に切られているのならば、元に戻る可能性は高いのだが、肉が抉られてしまったらその肉は元には戻らない。血が流れるのをとめるだけだ。
遠見の魔法で見た状況から、歩けることは歩けそうだが。
「その脚に慣れるまでは、この松葉杖を使ってください。ナーヴァルさんの部屋から着替えを持ってきます。あと、トイレ等の補助が必要なら言ってください」
「ああ、すまないな、坊ちゃん。リージェン、俺はもう大丈夫だから、魔の大平原で魔物と」
「ナーヴァルさんっ、それはダメですっ」
俺は慌てて止めた。
砦の戦力的にはリージェンが魔物と戦ってくれた方が断然いい。が、仲間が怪我して冷静でいられる人物は少なくない。そして、もしもそれが自分のせいだと思ってしまっていたのなら、今、戦場に戻すのはリージェンを危険にさらすことになる。
彼の表情は暗い。
砦に戻って来て、一安心という顔には見えない。
「リージェンさんはナーヴァルさんが無理をしないよう見張っていてください。あ、お湯を出しておくので、ナーヴァルさんのカラダを拭いておいてください」
「あ、ああ、わかった」
リージェンがようやく口を開いた。
たらいに入れたおいた水を魔法で温める。タオルをリージェンさんに押しつける。
彼の目はずっとナーヴァルの傷跡がかなり残った右脚を見ていた。
俺は砦の見晴らし台から双眼鏡を覗く。
魔の大平原に現れる魔物の数があまりにも多い。
今日はE級、F級冒険者も砦の雑務を放置して、総動員で対処に当たっている。
おかしい。
B級、C級あたりのわりとランクが高い魔物も砦の方に流れてきている。
「母上っ、前方右方向にB級の魔物が三頭駆けてきています」
拡声魔法で大きな声で指示を出す。
魔物に対処している冒険者は、その目の前の魔物を対処するだけで精一杯になる。
俯瞰的に戦況を見て、指示を出す者が必要だ。
母上やB級冒険者たちが対処するのはB級以上の魔物だ。目の前にいる弱い魔物を倒すことに専念してしまい、C級やD級冒険者にB級以上の魔物を対処させることになってしまえばこの砦の敗北は目に見えている。
俺が魔の大平原に立っていても、他の冒険者が討ちもらした魔物を倒すだけだ。
それならば、上から見て指示を出した方が、皆が的確に魔物を討てる。
今回、B級、C級冒険者はそのまま組んでいるパーティで、D級以下はE級、F級と組んでチームを編成した。
日頃、母上は単独かC級冒険者と組んで砦から見渡せる場所の魔物を倒しているが、今回は砦に戻って来ていたB級冒険者たちのパーティとともに行動している。
単独行動は大量の魔物のなかでは危険すぎる。魔物との戦闘で微かでも休む間もなくなる。
クロとシロ様は動かない。
ということは、S級以上の魔物が砦に現れることはない。
反対に言えば、クロとシロ様の力を借りることができないということだが。
だが、遠征しているいくつかのA級、B級冒険者のパーティはどうしたのだろう。
砦にまだ戻って来ていない。
彼らのネームプレートは黒く染まっていない。
どうにか魔物たちにヤられずに、なんとか退避していることを願う。
自分の実力よりも弱い魔物だとしても、数が多ければ対処しきれない。
魔の大平原には隠れる場所もない。
無事であることを祈るのみだ。
「三班、五班、斜め前方より魔物が十頭来ている。左右から挟み撃ちにしてくれ」
魔物に言葉が通じないからこそ、大声で指示できる。意味が伝わっていたら、即座に進行方向を変えられているだろう。
弟アミールは俺の脚にぎゅっとしがみついている。
こんな大群の魔物を見たことがないからだ。
上から見ていても、そこにあるのは恐怖しかないかもしれない。
「アミール、この戦場を見ておけ。冒険者たちは命をかけて戦っているんだ。いつも冒険者側に有利な状況とは限らない」
「あ、兄上もこんな状況で戦うんですか?」
「今は足手纏いだが、いつかは母上の横で戦えたらと思っている」
E級冒険者である俺では、まだまだ先のことだが。
早く一緒に戦えるようになりたい。
母上を守れるくらいに。
あの家族からも。
遠く、遠くに。
魔物の動きがおかしい。
魔物が集中しているようにも見える。
が、手持ちの双眼鏡では状況までわからない。
「遠見」
遠くが見える魔法を使った。この砦の図書室には魔法書が置いてある。使えない魔法も多いが、使える魔法の数も増えてきた。
目の奥でぼんやりと像を成していく。
A級、B級冒険者たち?
遠征していた砦に戻って来ていなかった残りの五パーティが一緒にいるようだ。
無事で良かった。
この魔物の群れのなか、協力して砦に帰還することにしたのだろうか。
「?」
何かを庇っている?
誰かを守っているのか?
魔物や冒険者が入り乱れるので、状況がわかりにくい。
「兄上?」
「怪我か?」
もしも、怪我をした冒険者を砦に運ぼうとしているのなら。
あの集団を早く砦に戻して怪我人を回収した方が、A級、B級冒険者の戦力が増える。
「母上ーーーーーっ、前方のかなり先に、砦に戻って来てなかったA級、B級冒険者たちがいますっ。怪我人がいる模様っ。彼らが駆け抜ける一線をっ」
A級冒険者ならば、魔物が途切れた一筋の道があれば、怪我人を抱えても砦に戻って来れる。多数の魔物から守って戦いながらというと強い冒険者たちでも難しい。この砦にいるのは護衛に向いた冒険者たちではない。護衛対象のある依頼がこの砦にくることは皆無ではないがほとんどないからだ。
魔の大平原の砦から見えない奥地に向かうことができるのは、全員が全員戦う冒険者で構成されているパーティだからこそだ。
「リアムーーっ、魔導士に道を焼き払ってもらう。失敗は許されない。方向は合っているかっ」
母上が俺に答えてくれた。
さすがは俺の母上。肉声だ。地声で俺の元にしっかりと聞こえた。
母上はそばにいるB級魔導士に頼んだのだろう。
杖をかまえている彼は、広範囲攻撃魔法を使える。それを応用して地平線までひたすら直線の道を作るのだろう。その道に立つモノは何も生き残らない。
杖の方向が冒険者たちに直撃してはいけない。冒険者たちが立っている位置からほんの微かにズレる程度でなければいけない。道を作ったのにその道から離れていたら、その道が再び魔物に覆われてしまうからだ。
広範囲攻撃魔法はそう何発も打てない。その貴重な一発である。
七歳の子供になんて責任を押しつけるんだ。
俺は微かに口の端で笑う。
母上に期待されたら、やるしかないだろう。
「微かに右をっ。はい、そこですっ。お願いしますっ」
彼が唱える呪文はここまで聞こえないが、一瞬後、大地を光が走った。端にいた冒険者の目と鼻の先を貫いていった。
あー、危ねえ、危ねえ。冷や汗たらり。
ギリギリだが、一番効率的な道を作った。
A級冒険者たちは砦の意図をすぐさま悟ったらしい。
一人が怪我人を背負って、その瞬きの間の道を駆け抜けて来る。
飛び出したのは、巨大戦斧を軽々操るリージェンである。確かに彼なら重い人間を背負って走ることなんて造作もないことだろう。
その背に背負っているのはナーヴァルだ。
怪我人はナーヴァルなのか。
「兄上、どこへ」
「下に行く。A級冒険者が砦近くに戻ってきたのだから、もう俺の指示は必要ない。ナーヴァルの怪我の具合を確認する」
俺は素早く階下に降りる。アミールは俺の後ろから追いかけて来るが、お前が階段で転げ落ちて怪我しないようにゆっくり来い。
「ナーヴァルさんっ」
俺は魔の大平原につながる出入口で、リージェンとナーヴァルを迎える。
「こちらへっ」
近くにある小さい医務室にリージェンを誘導して、ナーヴァルを簡易ベッドに下ろしてもらう。
「お、おう、坊ちゃん。傷自体は上級治療薬で塞がっているんだ。だが、ちょっとヘマをしちまってな」
力なく笑うナーヴァルが痛々しい。
破れたズボンから覗く右脚の肉がかなり抉れている。
魔物に喰われかけたか?
ここまで酷いと筋肉も神経も傷ついているだろう。
この世界のもの凄い高価な上級治療薬でも、欠損した部分までは戻せない。綺麗に切られているのならば、元に戻る可能性は高いのだが、肉が抉られてしまったらその肉は元には戻らない。血が流れるのをとめるだけだ。
遠見の魔法で見た状況から、歩けることは歩けそうだが。
「その脚に慣れるまでは、この松葉杖を使ってください。ナーヴァルさんの部屋から着替えを持ってきます。あと、トイレ等の補助が必要なら言ってください」
「ああ、すまないな、坊ちゃん。リージェン、俺はもう大丈夫だから、魔の大平原で魔物と」
「ナーヴァルさんっ、それはダメですっ」
俺は慌てて止めた。
砦の戦力的にはリージェンが魔物と戦ってくれた方が断然いい。が、仲間が怪我して冷静でいられる人物は少なくない。そして、もしもそれが自分のせいだと思ってしまっていたのなら、今、戦場に戻すのはリージェンを危険にさらすことになる。
彼の表情は暗い。
砦に戻って来て、一安心という顔には見えない。
「リージェンさんはナーヴァルさんが無理をしないよう見張っていてください。あ、お湯を出しておくので、ナーヴァルさんのカラダを拭いておいてください」
「あ、ああ、わかった」
リージェンがようやく口を開いた。
たらいに入れたおいた水を魔法で温める。タオルをリージェンさんに押しつける。
彼の目はずっとナーヴァルの傷跡がかなり残った右脚を見ていた。
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