解放の砦

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7章 愚者は踊る

7-27 問題は山積み ◆冒険者ギルドクジョー王国本部の本部長視点◆

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◆冒険者ギルドクジョー王国本部の本部長視点◆

 冒険者ギルド極西支部で起こった討伐ポイント変更連絡未達事件、と名付けられた。
 あの当時の書類はすべて揃えた。
 そこから推測されることは。

 あの当時は、すべて馬車で連絡も必要書類等も送っていた。
 クジョー王国本部で保管されている受取書には一式の受け取りサインがあるが、極西支部で書かれている受取記録には討伐ポイントの変更書類が記載されていない。
 極西支部はルートの最後の地である。書類が足りなくなってしまい次回持ってこようとしても忘れてそのまま、ということも大いにあり得る。

 変更時点では騒がれるようなことでも、しばらく経てば何も言われなくなる。
 極西支部は辺境の土地。他の支部ともやり取りすることは稀である。
 この地は基本的に通常業務が日々回っているだけである。
 書類や冒険者から買い取った魔物を荷馬車が来たときにやり取りするぐらいだ。

 他の支部と交流がないのだから、気づけと言われても無理な話だ。
 二人だけの職員に責任があるかというと、ない。
 そもそも、その当時の職員とはすでに変わっている。
 さらに気づくのが無理な話になる。

 というわけで、冒険者ギルドの極西支部の職員二人に処分は出ない。出るわけがない。
 そして、当時のクジョー王国本部の上にいた人間もすでに引退している。責任と言われても、、、という話である。




 んで。
 冒険者ギルドクジョー王国本部というのは、クジョー王国のまとめ役という名称なだけであり、ここも支部の一つである。
 冒険者ギルドは大陸の中央部にある大国に総本部を持つ。
 各国の首都にその国の本部を置くが、総本部がすべてを牛耳っている。
 通信の魔道具をその国の本部に置き、連絡を滞りなく国の端々まで行き渡らせているのである。

 冒険者ギルドで問題になっているのは、そう、クジョー王国本部が問題にしているわけではなく、総本部が問題にしているのは、ただ一人。
 現在、C級冒険者として活動しているリアム・メルクイーンである。

「三歳から冒険者しているのは早すぎると思うが、まあ、冒険者の家というから英才教育なのかな、と百歩譲るが、五歳頃からの討伐ポイントが、一ポイントか、すべてか、って両極端過ぎない?調整するにしてももう少し捻ってくれればいいのに」

 俺が話しているのは、クジョー王国の人間ではない。通信の魔道具で、冒険者ギルド総本部のお偉いさんと話している。
 胃が痛い。。。

 冒険者の討伐ポイントは、基本的に魔道具に入っているので、どこにいても情報は取り出せる。
 二十年近くの計算は、人海戦術でなんとかした。
 現在の討伐ポイントに換算して計算し直した。
 砦の冒険者が多いとはいえ、終わらない作業ではない。

 S級冒険者の討伐ポイントに到達している者が数名いることは喜ばしいが、すでに年齢が年齢なので彼らがS級冒険者になることはない。S級冒険者の討伐ポイントに近い者も数名存在しているが、こちらも間に合うだろうか?
 S級冒険者とA級冒険者の実力は恐ろしいほどかけ離れている。
 普通の人間からしたらA級冒険者も人間か?と思えるような能力を持っているが、S級冒険者というのは桁外れの人外紛いの実力を持つ。

 世間には昇級条件というのを冒険者ギルドは公表していない。
 だいたいこのぐらいで昇級しているから、このぐらいの討伐ポイントだろうという推測が立つのみである。
 特に砦では冒険者が多いので、砦の管理者であればそのぐらいの情報は得ているのだろう。

 S級冒険者になるためには、討伐ポイント達成時に冒険者経験十年以下、もしくはニ十五歳以下という基準がある。実は、これは冒険者ギルド職員でさえ知っている者がごく僅かだ。上層部でしか知り得ない。

 冒険者がコツコツ討伐ポイントをためている場合、S級の対象とはなりにくい。
 A級冒険者になる前に、A級以上の魔物をガンガン倒せるような冒険者ではないとS級冒険者となり得ない。

 そして、この冒険者経験十年以下、もしくはニ十五歳以下という基準を満たしている場合で、単独でA級魔物を十体以上倒している冒険者には特例がある。
 S級冒険者の討伐ポイントの昇級条件を緩和しているのである。


 でさ。
 困ったことに、このリアム・メルクイーン。
 おそらく、誰かと一緒に行動して魔物を討伐しているときは、自分の討伐ポイントは一ポイントしか割り振っていない。
 そして、すべての討伐ポイントを総取りするときは、単独で魔物を倒しているということだ。

 ホンットーにわかりやすいよね。
 ここまで徹底していると、昇級したくないのか、って思えるよね。
 本人から書類提出が面倒って言われたけどさあ。それも総本部に伝えたけど。

 本来、討伐ポイントの割り振りというのは、その魔物を討伐したパーティ内で貢献度に応じて、というのを冒険者ギルドは推奨している。
 等分、というのはわかりやすいが、実力に差がある場合、それはそれで公平ではない。
 仲間内でもめたときは冒険者ギルドが間に入って、貢献度に応じて配分してもらうこととなるが、もめない限りは冒険者ギルドも口を挟むことができない。


 リアム・メルクイーンの討伐ポイントが一ポイントというのはあり得ない。
 砦の低い級の冒険者ではその魔物を倒した構成員にほぼ等分で、多少違うときもあるが、配分されているので、リアム・メルクイーンも等分のポイントを受け取るべきである。

 ちなみに、リアム・メルクイーンは十二歳頃からA級魔物を単独で討伐している。このとき、D級冒険者だよ、この子。。。
 本部長としては泣きたくなる事実だよ。。。
 単独討伐A級魔物を十体なんてとっくに終了している。

 そう、リアム・メルクイーンはクジョー王国本部で活動していたのなら、今の時点ではS級冒険者である。
 この一ポイントというのを等分に、そして単独の討伐ポイントを、変更後のものに換算すると、すでにS級冒険者に昇級していてもおかしくない討伐ポイントを持っているのである。


 冒険者ギルドが困っているのは、先に彼自身から過去分の討伐ポイントを訂正しなくていいと言われてしまったことだ。
 だが、それが彼の希望なら、彼に損害を与えてしまっている我らは飲まなければならない。今回の件で非があるのは完全に冒険者ギルドなのだ。

 今の彼がS級冒険者の実力を持ちながらC級冒険者で活動しているのは、普通は不利益だと考える。
 だが、冒険者ギルドのミスでした。級を直します。は、彼の立場からやってはいけないことだというのはわかる。

 男爵位はすでに彼に譲られている。
 メルクイーン男爵は西の要。
 砦の冒険者を統括する砦の管理者。
 魔の大平原から魔物を外に出さないための砦である。

 彼はあの地にいなければならないのに。

 S級冒険者は国が欲しがる人材である。
 王都に魔の森があるから。

 魔の大平原にはメルクイーン男爵家当主が冒険者であるという屁理屈でS級冒険者を国は回さなかった。
 それでもメルクイーン男爵領は何とかなってきた歴史がある。

 彼がS級冒険者とわかったら、クジョー王国はどう出るのだろうか。
 メルクイーン男爵領から、メルクイーン男爵を取り上げたら、あの地の住民はキレるだろう。
 あの地は今までこの国がやって来たことを我慢してきた。それはメルクイーン男爵家当主がカラダを張ってあの地を守っていたからだ。

 頭も痛い。。。

 昇級しないのだから、クジョー王国には報告しない。
 それは総本部とも意見が一致している。

「けどさあ、この子、今のものに換算した討伐ポイントでいくとSS級も手の届く範囲だ」

「、、、そりゃ、今、SS級冒険者はこの大陸にいませんから、なってほしいとは思いますけど」

「クジョー王国の辺境伯再来って噂、馬鹿にしていたけど、フタを開けてみるととんでもない子だったんだね」

 あ、馬鹿にしていたんですか。。。ひどいですねえ。西の外れにある田舎の国だと思っていたでしょ?

「いやあ、悪い悪い。クジョー王国の辺境伯って、こっちの方でも有名だからさあ、夢見るのもいい加減にしろって思っていたけど。。。本当は組織としては問題だけど、今回に関してはこういう状態になって良かった可能性の方が高いのかもねえ」

「良かった?」

「キミも言っていたじゃないか。この大陸には現在SS級冒険者はいない。もし、彼がSS級冒険者になったら、クジョー王国内の問題どころじゃなく、国同士の奪い合いも始まる可能性があった。A級とS級の実力に相当な差があるように、S級とSS級の差も非常に大きい。SS級はどこの国も欲しがる」

「っ、」

 俺は息を飲む。
 大国ほど、強い冒険者を望む。
 大国であればあるほどある程度の人数のS級冒険者を抱えている。
 だが、SS級冒険者がこの国にいることが知られたら。

「彼が平穏な道を行きたいというのなら、冒険者ギルドは手を貸すべきだ。魔の大平原は放置しておくと、大陸の東のようになるのは辺境伯が現れる前の歴史が証明しているのだから。彼が魔の大平原を平定してくれているのなら西は安泰だ」

 総本部のお偉いさんは、まるで彼がわざとこの道を選んだかのように結論付け、笑い声とともにさらに言った。

「ま、彼は今後も誰かに討伐ポイントを押しつけて、わざと一ポイントを加算し続けるから、SS級は到底無理なんだろうね。良かったねー」

 この良かったねー、は誰に対する言葉なのだろうか。
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