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第1話 旅の始まり
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20XX年4月
薄暗い空が広がる早朝、エンジンの鼓動が遠くの眠りを破る。
場所は愛媛県のエメラルドグリーンの海沿いを走る国道。潮の香りが混じる冷たい空気が菜穂の頬を撫でる。
結城菜穂、25歳。現在無職。
菜穂は旅の相棒トライアンフTR6Rに跨り、西宮から遠く離れたこの場所で、ただひたすらにアクセルを捻っている。
水分補給の為に一旦停車しフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、耳が見えるくらいに短く整えた髪の毛が風になびく。
スレンダーな体躯に革のジャケットも相まって、ボーイッシュな雰囲気を醸し出している。
菜穂はかつて職場で受けたセクハラとパワハラが原因で心身を病み、全てを投げ出してバイク旅に出た。祖父から受け継いだこのバイクは、スティーブ・マックイーンが映画で乗ったものと同型。その無骨な美しさに惹かれ、菜穂は旅の相棒として選んだ。
再び走り出した菜穂の相棒は御機嫌なエンジン音を響かせ、瀬戸内海の美しい景色が後方へ流れ去る。
過去の出来事を忘れようとしているわけではない。ただ、今は何も考えたくない。相棒のエンジン音と風の音だけが菜穂の意識を支配する。
ふと道の駅の看板が目に留まる。『道の駅 伯方S・Cパーク』少し休憩しようかと考えた時、お腹の虫が小さく鳴いた。朝食もまだだ。
伯方島の塩ラーメン、という文字が看板に書かれているのが見える。
道の駅にバイクを停めヘルメットを脱ぐ。顔にかかった髪を払いなびは伸びをする。目の前に広がるのは穏やかな瀬戸内海の景色。朝日が海面を照らしキラキラと輝いている。
菜穂はもしかしたらこの旅の終着点は、心の傷を癒す場所を見つける事なのかもしれないと漠然と感じる。それはただ走り続けるだけでは見つけられない、何か特別な場所なのかもしれない。
さて、朝食に何か食べようか。
菜穂は道の駅の建物へと足を向ける。自動ドアが開くと温かい空気が菜穂を包み込んだ。外の冷たい風が嘘のようだ。
券売機の前に立ちメニューを眺める。伯方島の塩ラーメンを食べるつもりだったが、他にも鯛めしや海鮮丼など瀬戸内海の幸を使った料理が並んでいて迷ってしまう。
少しの間メニューを睨んでいた菜穂は
「やっぱり、塩ラーメンかな」
菜穂はそう呟き食券を購入した。カウンターに食券を出すと番号札を渡される。
店内は朝食を求める人々で賑わっている。窓際の席はすでに埋まっており菜穂は中央のテーブル席に腰を下ろした。
待つこと数分。番号が呼ばれ菜穂はカウンターへラーメンを取りに行く。湯気が立ち上る塩ラーメンは、透き通ったスープが美しい。
「いただきます」
菜穂は手を合わせ、まずはスープを一口。あっさりとしていながらも奥深い塩の旨味が広がる。冷えた体に染み渡るような優しい味わいだ。
麺は細麺でスープとの相性が抜群。つるつるとした喉越しが心地良い。チャーシューは柔らかく口の中でとろける。
菜穂は無言でラーメンを啜る。朝日が差し込む窓の外には、穏やかな瀬戸内海の景色が広がっている。
ラーメンを半分ほど食べ終えた時、菜穂はふと隣の席に座る老夫婦に目をやる。二人は静かに朝食を摂っており、時折笑顔で言葉を交わしている。
菜穂は彼らの姿を見ていると、心が温かくなるのを感じた。自分もいつかこんな風に穏やかな時間を過ごせるのだろうか。
ラーメンを食べ終え菜穂は食器を返却口へ運ぶ。
「ごちそうさま」と小さく呟き菜穂は再び外へ出た。
道の駅の駐車場には菜穂の相棒が朝日を浴びて輝いている。ヘルメットを手に取り菜穂は深呼吸をする。
さて、次はどこへ行こうか。
つづく。
薄暗い空が広がる早朝、エンジンの鼓動が遠くの眠りを破る。
場所は愛媛県のエメラルドグリーンの海沿いを走る国道。潮の香りが混じる冷たい空気が菜穂の頬を撫でる。
結城菜穂、25歳。現在無職。
菜穂は旅の相棒トライアンフTR6Rに跨り、西宮から遠く離れたこの場所で、ただひたすらにアクセルを捻っている。
水分補給の為に一旦停車しフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、耳が見えるくらいに短く整えた髪の毛が風になびく。
スレンダーな体躯に革のジャケットも相まって、ボーイッシュな雰囲気を醸し出している。
菜穂はかつて職場で受けたセクハラとパワハラが原因で心身を病み、全てを投げ出してバイク旅に出た。祖父から受け継いだこのバイクは、スティーブ・マックイーンが映画で乗ったものと同型。その無骨な美しさに惹かれ、菜穂は旅の相棒として選んだ。
再び走り出した菜穂の相棒は御機嫌なエンジン音を響かせ、瀬戸内海の美しい景色が後方へ流れ去る。
過去の出来事を忘れようとしているわけではない。ただ、今は何も考えたくない。相棒のエンジン音と風の音だけが菜穂の意識を支配する。
ふと道の駅の看板が目に留まる。『道の駅 伯方S・Cパーク』少し休憩しようかと考えた時、お腹の虫が小さく鳴いた。朝食もまだだ。
伯方島の塩ラーメン、という文字が看板に書かれているのが見える。
道の駅にバイクを停めヘルメットを脱ぐ。顔にかかった髪を払いなびは伸びをする。目の前に広がるのは穏やかな瀬戸内海の景色。朝日が海面を照らしキラキラと輝いている。
菜穂はもしかしたらこの旅の終着点は、心の傷を癒す場所を見つける事なのかもしれないと漠然と感じる。それはただ走り続けるだけでは見つけられない、何か特別な場所なのかもしれない。
さて、朝食に何か食べようか。
菜穂は道の駅の建物へと足を向ける。自動ドアが開くと温かい空気が菜穂を包み込んだ。外の冷たい風が嘘のようだ。
券売機の前に立ちメニューを眺める。伯方島の塩ラーメンを食べるつもりだったが、他にも鯛めしや海鮮丼など瀬戸内海の幸を使った料理が並んでいて迷ってしまう。
少しの間メニューを睨んでいた菜穂は
「やっぱり、塩ラーメンかな」
菜穂はそう呟き食券を購入した。カウンターに食券を出すと番号札を渡される。
店内は朝食を求める人々で賑わっている。窓際の席はすでに埋まっており菜穂は中央のテーブル席に腰を下ろした。
待つこと数分。番号が呼ばれ菜穂はカウンターへラーメンを取りに行く。湯気が立ち上る塩ラーメンは、透き通ったスープが美しい。
「いただきます」
菜穂は手を合わせ、まずはスープを一口。あっさりとしていながらも奥深い塩の旨味が広がる。冷えた体に染み渡るような優しい味わいだ。
麺は細麺でスープとの相性が抜群。つるつるとした喉越しが心地良い。チャーシューは柔らかく口の中でとろける。
菜穂は無言でラーメンを啜る。朝日が差し込む窓の外には、穏やかな瀬戸内海の景色が広がっている。
ラーメンを半分ほど食べ終えた時、菜穂はふと隣の席に座る老夫婦に目をやる。二人は静かに朝食を摂っており、時折笑顔で言葉を交わしている。
菜穂は彼らの姿を見ていると、心が温かくなるのを感じた。自分もいつかこんな風に穏やかな時間を過ごせるのだろうか。
ラーメンを食べ終え菜穂は食器を返却口へ運ぶ。
「ごちそうさま」と小さく呟き菜穂は再び外へ出た。
道の駅の駐車場には菜穂の相棒が朝日を浴びて輝いている。ヘルメットを手に取り菜穂は深呼吸をする。
さて、次はどこへ行こうか。
つづく。
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