【完結】復讐のウェディング〜新郎新婦に忘れられない思い出を♪〜

最終話

side:田中愛咲美


けたたましいサイレンの音が静寂を破った。

遠くから近づいてくるその音は徐々に大きくなり、私の緊張をさらに高める。

パトカーが雑居ビルの前に止まり、数人の警官が警棒や盾を構えながらビルへと駆け込んでいく。

私はハインツさんと一緒に警官に事情を説明する。

撮影した写真と動画を提出すると、警官は真剣な表情でそれらを確認した。

「ご協力、ありがとうございました。この情報が事件解決の大きな助けになります」

警官の一人が深々と頭を下げた。私は安堵感とともに疲労感に襲われる。数時間の緊張が一気に解き放たれたようだ。

ハインツさんは私の肩にそっと手を置き、「大丈夫ですか？愛咲美さん」と、優しい声で尋ねた。彼の温かい言葉に少しだけ心が落ち着く。

「はい、ありがとうございます。少し疲れました。」

私は小さく頷いた。この事件に関わってからずっと緊張の糸が張り詰めていた。ようやくそれが解けたのだ。

ハインツさんは静かに私の様子を見つめている。彼の青い瞳には、心配と共感の気持ちが溢れているように見えた。


「これから、どうしますか？」と、ハインツさんが尋ねた。彼の言葉に、私はハッと我に返る。警察は事件を捜査してくれるだろう。私のやるべきことはもう終わったのだろうか？  それとも、、、


雑居ビルを見つめながら、私は自分の心に問いかける。伊藤美緒、片桐隼人、そしてあの結婚式の出来事の全てが、私の心に深い傷跡を残している。


１０分くらい経っただろうか

女性警官に腕を支えられながら、伊藤美緒が出てきた。

彼女の顔は青白く、左頬には明らかに殴られた跡があり、大きく腫れ上がっている。

全身が震えていて足取りもふらついている。  まるで、魂を抜き取られたかのような虚ろな表情だった。

雑居ビルから出てきた彼女を見て、胸に激しい感情が押し寄せた。怒りか、憐れみか、それとも両方か

 あの薄暗いビルの中で何が起きたのか、想像することすら恐ろしい。詮索しない方が良いだろう。彼女の身に起きたことは、警察が明らかにするはずだ。

ハインツさんは、私の様子を気遣うように静かに私の傍に立っていた。彼の視線は伊藤美緒に一瞬留まった後、すぐに私の顔へと戻った。  

「愛咲美さん、大丈夫ですか？」

「はい、帰りましょう」


ハインツさんと共にその場を離れる。

警官たちが伊藤美緒をパトカーへと誘導する様子を遠巻きに見ながら、私たちはレンタカーへと向かった。 レンタカーに乗り込みエンジンをかけた。ハインツさんは何も言わずに車を走らせ始める。車内はさっきまでの緊張感とは裏腹に、静まり返っている。

街の灯りが車窓から流れていく。  結婚式での騒動から色々な事があった。伊藤美緒の拉致、そして今、彼女の悲惨な姿が鮮明な記憶として私の脳裏に焼き付いている。

ハインツさんが静かに言った。「あの女性、気の毒でしたね」

私は何も答えられなかった。ただ窓の外の景色をぼんやりと眺めていた。  これから先どうすればいいか、今は何も考えられない。頭の中はただ真っ白だった。


数日が過ぎ日常は以前と変わらぬペースで流れている。

銀行の仕事は忙しいながらも、いつものルーティンに落ち着きを取り戻しつつある。 

 あの日の出来事、伊藤美緒の顔、雑居ビルの陰惨な雰囲気、れらが鮮明な記憶として残っているものの、日常生活に埋没することで、少しずつ心のざわめきも小さくなっている。

片桐隼人と伊藤美緒のその後については、全く知らない。そして、正直なところ知りたくもない。

あの二人の報いは、警察と司法の手に委ねられた。ただ願うのは、二人がそれぞれの罪を深く反省し、罪を償ってくれる事だけだ。

そんなある日、スマートフォンにメールの着信があった。差出人はハインツさん。あの日以来、連絡を取っていなかった。

メールを開くと「近いうちに、食事でもいかがですか？」

彼の紳士的な振る舞い、そして何よりも、あの日の私の動揺を優しく支えてくれた彼の優しさは、強く印象に残っている。彼の誠実な瞳、穏やかな笑顔、 悪い印象は全くない。むしろ、好印象すら覚えている。

私は彼のメールに返信する。返信を終えメール画面を見つめながら静かに微笑む。

この事件をきっかけに、自分の人生について改めて考えるようになった。以前は、結婚という目標にばかり目がくらんでいた。

しかし今は違う。

あの日、ハインツさんの温かい言葉に救われたように、私も誰かを支えたい。誰かの役に立ちたい。そんな気持ちで胸がいっぱいになる。

私は、新たな人生を踏み出そうとしている。  まだその具体的な形は見えていない。

しかし、この先にある未来は以前とは全く違う、希望に満ちたものだと感じている。  

そして、未来の私の隣にはハインツさんが居てくれたらと願わずにはいられない。




完。