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第6章 二人の愛と少年の嘆き

80時間目 ずっと二人で

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杏とライブを見終えて、俺たちはそれから帰宅することにした。
俺がなぜ、一階にいたのか。
それは、指輪を買ってから辺りが盛り上がっているのに気が付き、一階へと行ったからだ。
『──次の方です。今、若者に人気を集め、最注目されているRYOリョウさんです! お願いします!』
RYOと呼ばれる男性がギター片手にステージに立ち、笑顔を見せながら、数分会話をしていた。
杏に教えてあげようかと思ったけど、俺はあえてそれをしないで、彼が奏でる音楽に耳を傾けていた。
アコースティックギターから奏でられる心地よい旋律。柔らかみのある音たち。
それらは記憶を刺激して、思い出すのは、中学の頃の修学旅行。
レクリエーションでギターを弾いている二人組がいたな。
俺は、修学旅行がキッカケで杏への恋心を意識した。
もし、修学旅行になにかしらの理由──例えば体調を崩したりして行けなかったとしたら。
もし、山崎やまざきにからかわれていなかったら。
もし、凜花りんか姉に相談していなければ。
そして、杏に出会えていなかったら。
俺はきっと、こんなに幸せじゃなかっただろう。
全ての出来事が必ず、〝なにか〟の為にある。

──やっぱり、嫌われてる。

いつしかの俺の口ぐせ。
そんな言葉は忘れてくれ。
ガキが発した戯言は、撤回させてくれ。
俺は、どんな世界でも。
幸せでやっていけそうな気がするから。

──

自宅──といってもカフェの店内──に帰ってから、俺はずっと緊張していた。
ポケットの中にいれたリングケースを握りしめるも、緊張は止まってくれない。
どんなシチュエーションで杏にプロポーズをしようか、頭をフル回転させて考えるが、答えはでない。
「どうしたの? 唸って」
杏はキョトンと首を傾げながら、俺を見た。
頭には疑問符がみっつ付いていた。
「俺、唸ってた?」
自分でも気がつかなかった。
やはり、俺は考え込むと色々と大事な部分が抜けるらしい。
これは、ずっと山崎に言われている。
もう、クセみたいなものだから、抜けそうにない。
「唸ってた。なんかあった?」
「あ、いや、別になんにも。……ないよ?」
なぜかジト目を送ってくる杏。
いや、マジでなんでそうなる。
「……ふーん。『浮気は絶対しません』って言って……?」
まだ俺、プロポーズしていないけどそれ言っていいのか? 早くないか?
「浮気は絶対しません」
そう言うも、杏はジト目を送ることを止めない。
これは、要求に答えなければいけない時間になった。
「……『ずっと幸せにします』って言って」
「ずっと幸せにします」
……まさか。
「……『永遠の愛を誓います』って──」
「永遠の愛を誓います。だから、俺と、この先も、おじいちゃん、おばあちゃんになっても生きてくれませんか?」
俺は、鈍感な男だった。
杏が最近、俺に甘えてくることが多くなったのかその意味がようやく分かった。
肌を重ねる回数もここ数ヵ月、多かったのは、きっと。
この瞬間を待ちわびていたからだろう。
俺は、ひざまずき、こうべをたらしてから、リングケースを開けた。
キラリと部屋の照明に反射し、小さなダイヤが光る。

先ほどまで、杏の声と心臓の音が大きく聞こえていたのに、一瞬の無音が訪れたあと、俺の心臓の音だけが、部屋中に響いていると錯覚するくらい大きな音が鳴っていた。
無意識にゴクリと生つばを飲む。
杏は、これからも、俺と生きたいのだろうか。
そうだとは思う。
俺は、ずっと杏の隣にいた。
14年間の時間は、幸せの始まり。
そして、27歳にして、未来の始まり。幸せの延長。
「……っく……」
杏の顔は見れない。
「ぁうぅ……」
だけど、一筋のしずくが頬から流れ落ちた。
それは、ダイヤ以上の輝きをはなっている。
雫は、いちいち数えるのが面倒くさくなるほどに増えた。
そして、杏は、
「楓……。本当にありがとう……。こんな私を好きになってくれて。私こそ、永遠の愛を誓います。楓がおじいちゃんになってもそばに居させてください」

子供のように泣いている杏は、胸に手を当てながら、そう言った。
頬を赤くし、目を腫らして、本当に子供のように泣いていたが、それでも、笑みが溢れていた。
それは、かつて俺が告白した時、そして、想いが伝わり、お互いの事を知った時に見せた笑顔。
これが、嬉し泣きなんだと俺は気がつく。
「楓」
「指輪、はめて」
俺は、杏の綺麗で店を開くための努力をした証のある左手の薬指に、そっと指輪をはめた。
杏は、また一筋の雫をこぼしながら、俺に抱きついた。
これからも、この先も、ずっと二人で幸せに生きていこう。
俺は、花園はなぞの杏の事をこの世で誰よりも愛しているから。
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