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第6章EX 常夏と蒼い海 ─少年のリスタート─

90・9.5時間目 少年のリスタート

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 いつも俺の側には、女が居た。

 いつもメンバーでつるみ、比較的仲のいい女。

 グループにはいって間もない女。

 いつもグループの輪にいるだけいる女。

 そして、関わる気のない女。

 そいつらは、皆、俺に好意を抱いていると思っていた。

 三石のように皆が皆、俺に好意を向けてくれていると思っていた。

 だが、それが一番の間違いだった。

 中学の頃から、続いた沙希との関係は、ここで終えた。

 どうしようもなく、心が冷たい。

 沙希は、以前から、俺が他の女と仲がいいことを知っていて、それにアンテナを張っていた。

 けど、俺は、他の女──明菜と一緒にいる方が楽しいと思ってしまった。

 そして、俺から明菜に告白した。

 沙希に対しての最低な裏切り行為だ。

 それから、俺と明菜は秘密の関係となった。

 しかし、それは、噂をされる。

 俺と明菜の仲がどの女ともよいため、付き合っているのではないか、二股をしているのではないかと噂をされ始めた。

 沙希は、もちろん、一度目もそれに反応し、俺に訪ねた。

 もちろん、俺は、違うと言い、彼女に嘘をついた。

 その結果が、これだ。

 この様だ。

 俺が、三石に憧れたから。

 アイツが女子の眼中から消えたあと、俺は、アイツより下にちた。

「ははっ……。どうして、俺が好きになったヤツは、みーんな、不幸になってしまうんだろうな……」

 こんなことを海にでも、呟いて、流してもらわなければ、罪悪感を突きつけられた心を保てなかった。

 敦志が聞いてようがどうでもよかった。

 金に染めた髪を俺は、右手でくしゃりとかき上げた。

 沙希も、明菜も、前に付き合った女どもも。

 そして、俺も。

 どうして、皆、不幸になってしまうんだ。

「……それは、お前が根本的に腐っていたからだろ」

 敦志の声かと思って、振り向くと、そこには、敦志とまるで入れ替わったかのように、三石がいた。

 三石の目は、以前、ファミレスで見たような俺に怯えた様子の目ではなく、中学の頃の女子に話しかけていた優しい目でもなく、俺を殴ったときの恐怖と怒りをもった殺人鬼のような目でもなく、俺を叱るような慰めるようなひとことで言うなら、母親のような温かいまなざしだった。

「根本的に腐ってる、か……。たしかにそうかもしれねぇな……」

 反論する気力すらなくて、俺は認めた。

 自分の根本を。

 俺は、腐ってるんだ。

「俺は、お前のことが嫌いだし、今でもあのことは許さない。許すわけがない。ていうか、なんだ。あれ。二股なんかして彼女泣かせて。バカか」

 三石は、俺をバカにした様子で言う。

 だが、本当に俺はバカなんだよ。

 お前らより、学力も低いし、運動は知らんが、女運も悪い。

 いや、俺は引き付ける運が無いんだ。

 きっと、だから、よい人を引き付けるお前を嫌った。

「俺は、お前のことが大嫌いだよ。でも、その全てを諦めた顔は、殺したくなるくらい嫌いだ。不愉快だから、普段通り、輪のなかでゲラゲラ笑ってる顔になってくれよ」

 言い方は心にふつふつと怒りを灯す言い方だが、俺を嫌っているからだろう。

 俺は、そんな顔をしてるのか。

 笑いたくても、笑えねぇんだ。

「遼太郎、その辺にしとけよ」

 敦志だろう。

 三石のことを遼太郎と呼ぶのは、敦志しかいない。

「葉瀬、お前がやったことは人として一番やってはいけないことだ。だけどな、俺は、お前と話してて楽しかった。遼太郎や明菜……さんや沙希……さんは、許してくれないかもしれない。けど、彼女らには、きっとお前に尊敬や好意は抱いていたんだ」

 尊敬。好意。

 そのふたつの言葉に、俺は三石を見た。

 俺が、コイツに持っていたのも、それだったからだ。

「三石……」

 許してもらわなくていい。

 俺は、一からやり直そう。

 まだ、間に合うといいけど。

「俺と友達になってくれよ」

 俺は、三石を見上げて、言う。

「お前な、本当にバカだよ──」

 三石は、そう言って、俺に背を向けて、砂浜を歩き出す。

 ──俺が許すまでは友達になってやる、その言葉が、さざ波が作った幻聴じゃあありませんように。
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