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第1章【はじまりのモノガタリ】

4罪 静の不安②

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 ドアの向こうから聞こえたヴェル君の声に私は大きく返事を返した。畳んでおいた私の制服に手を伸ばし袖を通す。髪を手櫛で整えれば、昨日の私と同じ姿。よし、と一つ意気込むと私は自室を後にした。
 螺旋階段を下って行けば、目的地だった食堂へとたどり着く。

「雪ちゃん、遅いわよ」
「よく寝れた?」

 席について待つ静の発言に申し訳なさそうにごめんと答えると、ヴェル君の問いかけに私の視線はそちらへ向いた。にっこりと笑顔を浮かべ一つ頷きかえすと。

「うん、ぐっすりと眠れたよ。キャミソールもありがとうね」
「それくらい別にどうってことないよ」

 そう言いながら、私は食事の用意された空いた席へと歩みを向けた。私の右隣に静が居て、静の正面……つまり私の右斜め前には真兄がいる。そして、私の正面にヴェル君が座る。それが食堂での席のようだ。

「全員揃っているようだな」

 突如聞こえた見知らぬ声に私はパッと視線をそちらへ向けた。食堂の入り口、そこに見知らぬ二人の男女の姿があった。一人は漆黒の長い髪を後ろでひとつに結んだ男性。センター分けの前髪から覗く眼差しはキリっとしていて鋭く、少しだけ“怖そうな人”という印象を受けた。もう一人は漆黒のウェーブがかった髪を腰のあたりまで伸ばした女性。男性と同じくセンター分けの前髪だが、そこから覗く眼差しは柔らかく妖艶だった。

「ええと……」
「あ、紹介がまだだったよね。彼らはインキュバスとサキュバス」

 戸惑いを隠せない雪の反応に、ヴェルは思い出したように席から立ち上がり彼らの名前を呼んだ。そして、名前を呼ばれた彼らもそれに呼応するように軽く会釈をした。

「一緒に食事……ですか?」
「いいえ。私たちは食事を必要としないわ」

 雪の問いかけにサキュバスさんはふふっと笑みを浮かべると、否定するように頭を左右に振った。
食事を必要としないのに食堂に顔を出したという事は、何か私たちに用があるのかな?

「俺たちがここへ来たのは、たんに俺たちの塔に滞在する見知らぬお前たちの顔を見るためだ」
「あ……」
「お世話になります、黒曜静です」
「温かい寝床と食事をありがとうございます、熊木雪です」
「……天城真だ」

 インキュバスさんの言葉に私が口ごもっていると、静が先に挨拶をしてくれた。その流れにのるように、私も真兄も同じように挨拶と自己紹介をした。が、特にそれを求めていたわけでもなさそうだった。

「お前らの名前はどうでもいい」
「そんな事言いながら、彼女たちのことを気にしているくせに」

 ふん、とつれない態度を取るインキュバスさんだが、その内心をサキュバスさんには掴まれていたようだ。呟かれた彼女の言葉にインキュバスさんはバツの悪そうな表情を浮かべていた。

「それで、あなたたちはいつ出発する予定なのかしら?」

 腕を組み軽く首を傾げて問いかけてくるサキュバスさんの仕草は、それだけで色っぽかった。流石サキュバスと呼ばれるだけの事はある、なんて思いながらその出立日が気になるのは私も同じだった。自然と視線はヴェル君の方へと向いていた。

「ああ、それなら召喚後の体の調整をしてからにするつもりだから、ひと月後にでも行くつもりだよ」
「そうか」

 ヴェル君の答えに小さく、そして短く返事を返したインキュバスさん。用は済んだと言わんばかりに背を向けて食堂を後にしようと歩き出し──

「……無茶はするなよ」

 そう一言だけ残してインキュバスさんはサキュバスさんを連れて食堂を後にした。
彼らなりにヴェル君を心配してここに来てくれた……って事なのかな?
 そんな事を思いながら私は視線を彼らが去った食堂の入り口からヴェル君へと向け直した。
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