神の壜(カミのフラスコ)

ぼっち・ちぇりー

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聖の国

初めての喧嘩

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 僕は立ち上がる、そしてゆっくり歩いていく。
 愛しの彼女に、もう会えないと思っていた彼女に、言葉を伝えるためだ。
 イナゴに身体を蝕まれ、ボロボロになっている少年を横目に、妹の願いを聞き届け、彼女の前に立つ。
「あら、あなたが代行者になったのね。」
「元よりそのつもりだった、君が苦しんでいるって知ったその時から。」
「もう遅いわよ。遅すぎる。」
「たとえ遅れたとしても、君の力になれるなら、僕はこの身だって差し出すつもりだ。」
「めんどくさいわね!! もう関わらないでよ!! 」
 僕は腰のジゲンキリを抜いた。
「なんか新鮮だね。セイとは喧嘩した事なかったから。」
「私が怒った時、あんたがいっつもいっつもいっつもいっつも謝るからでしょうが。」
「嫌いだったのよアンタのそういうところ、私が負けたみたいで。」
「嫌われたくなかったんだよ。城のみんなはみんな僕のことを、腹違いとか、バケモノとか、言って煙たがるから。セイもそうなっちゃうんじゃないかって。」
「嫌いよお前なんか。」
「……良いよ嫌いでも。僕は好きだ。セイのことが、十年たった今でも昔からずっと。」
「僕の存在を認めてくれた君が好きだから。」
「大っ嫌い!! 」
 セイが三対の翼から羽を放ってくる。
 僕は反時計回りに走り出す。
 そして少しづつ彼女へと近づいていく。
 それから吸血牙に力を込め、空間転移を発動させる。
 身体がいつもより軽い。
 頭が冴えるので、座標を固定する必要が無かった。
 僕は三次元の三点式計算を0.1秒で解くと、次の手へと移行する。
 彼女の振るう槍の攻撃はジゲンキリで無効化することなく、全て、この身で受けきった。
 聖の力が強くなりすぎて、半身が痛いが、吸血鬼の呪いは問題なく作用しているらしい、いや、治癒能力は前より飛躍的に上昇していた。
 前は眼を抉られて、再生に五分はかかったが、今は六十秒程度で完治している。
「なんで避けないのよ!! 」
「僕はもう逃げない。その意思表示だ。君の苦しみも正面から受け止める。」
「気色悪い。もう近寄らないで!! 私の近くなんかに!! 」
 彼女の周りに薄い壁壁が出来る。
 空間転移でシールドに割り込む。
 シールドの弾性力で、身体が真っ二つに割れる。
 一瞬意識が飛んだが、瞬き程度のものだ。
 彼女の痛みに比べればこんなものどうってこともないだろう。
 僕はシールドの内側に入り込むと、再びセイに迫った。
 ジゲンキリを投げ飛ばし、右手でセイに触れようとする。
「なんで!! なんで攻撃しないのよ!! 」
「兄たちの力、そして代行者の力、全部僕が引き受けるよ。」
「ペチン。」
 セイが僕をぶった。
「なんで……なんで……なんで……アンタは……」
 彼女はレンの開けた大穴から逃げていった。
 僕はそれを追いかけようとするが、どうやら力を使い果たしたらしい。
 うつ伏せに倒れた。
 そこに鬼の少年がやって来た。
「ありがとよ。助かった。」
「でも、なぜトドメを刺さなかった? お前なら出来ただろう? 」
「君はッ、なんてことを言うんだ。」
「だってお前は王様だろ? アイツセイ・ボイドがグランディル民を殺したらどうする? 彼らを守るのがお前の役目だろう? 」
「僕は……」
「たとえお前が代行者で、歴史の奴隷にならなくとも、お前がする事は決まっている。お前は因果の奴隷になるんだ。」
「僕は、歴史の奴隷にも因果の奴隷にもならないよ。セイに誰も殺させないし、セイも殺させない。つれて帰るんだ、またここに。」
 鬼の少年はじっと俺の方を見た。
「そうか、頑張れよ。」
 それからレンの元へと帰っていく。
 そして彼は僕に手を振って来た。
「本当にありがとうよ。窮地を救ってくれたことも、美奈を気遣ってくれたことも、彼女の味方でいてくれたことも。お前には感謝してもしきれない。聖も一枚岩じゃないんだな。」
 そして彼がいなくなった後、僕も彼女が抜け出したあの大穴へと歩き出した。
 徐々にペースが上がっていく。
 そして夜空をかけるあの巨大な翼へと手を伸ばした。
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