神の壜(カミのフラスコ)

ぼっち・ちぇりー

文字の大きさ
87 / 145
拾弍ノ劔

七宝

しおりを挟む
 地面を蹴る、七宝は言っていた、壊れる心配は無いと。
 床が少し揺れた。が、相当頑丈に造られているようだ。
 ヒビが入った様子は無い。
 奴が時の剣を取り出そうとしているのが見えた。
 凛月のコイルを操作し、飛ばした小太刀で左手を弾く。
"なるほど、そっちはブラフか。"
 彼は右手でアウラを握っている。
 床の青葉が木の葉のように舞う。
 そして左手に風の剣。
 元々、アウラと風の剣は、一つの剣だった。らしい。
 神器から分かれた時も。
 彼の背中に竜巻が発生する。
---テンペストThe Tempest---
 凄まじい風圧が俺の軍服に傷をつける。
 紋章が外れた。
 装備が次々と吹き飛ぶ。
 後ろでは伊桜里という少女が、必死に仲間を庇っている。
「なぁ七宝? ここじゃモノが壊れるだろ? 」
 五つの剣が周り出す。
 眩い光を発したかと思うと……
 光が引き、目の焦点が合いはじめる。
 俺の世界に飛び込んできたのは……
 荒野だ。
 アスファルト。
 錆びた鉄の匂い。
 鉄?
 この赤ずんだ色は……
 錆では無かった。
 なんだろう、この標識は……
 俺は極東の交通法にあまり詳しく無いのでわからないが……
 ↩️のマークに❌が付いている。
 その標識の先には無数の死体が無造作に積まれていた。
 これが鉄臭さの原因だ。
 少し腐臭が混じっている。
 蝿がタカる音。
 それを炎が焼き尽くした。
「相当なマエストロだなお前は。」
 背中に竜巻を宿した男が、コツコツと音を立てながらゆっくりとこちらに歩いて来る。
「火風水地光それに時間、これだけの能力がアレば世界なんて簡単に作れます。」
「まぁ今は闇の剣が無いので、不完全な世界ではありますが。」
「この世界は真っ暗だがなぁ。」
「……」
「まざかお前が乗ってくれるとは思わなかったよ。」
 腐臭が、肉とポリエステルの焦げる匂いに変わっていく。
 それに酸っぱい匂いが混じってきて、俺は思わず鼻を塞いだ。
「あなたと一度、サシでやってみたかったんですよ。」
 「俺もだ。」
「さぁ覚悟して下さい。僕は罪人に厳しい。」
「望むところだ。」
 奴の剣先から竜巻が飛んでくる。
 俺は右に飛ぼうとした。
 しかし……
"なんて重力だ。"
 竜巻はすぐそこまで迫っている。
 俺は回避から防御に切り替えた。
 凛月のチャクラムを盾のように突き出す。
---雷壁ライヘキ---
 チャクラムから、放たれた稲妻が、俺と竜巻の間に境界線を作り出す。
 凄まじ電流が竜巻から俺を守る。
 凄まじ圧力。
 だが俺が押し込まれることは無かった。
「動けないのなら、動かなければ良いのだ。」
 焦った七宝が重力操作を解除する。
 急な重力変化に惑わされることなく、俺は、竜巻の攻撃に身を委ねると、跳躍し、廃墟の壁で磁力操作をする。
 壁を走り、七宝の上に回り込む。
---雲竜風虎ウンリュウフウコ---
 背中から放たれた風を纏った龍と、虎がが、俺の背中に迫ってきている。
「ギギィ。」
 主柱が折れたのであろう。
 耐久度を無くしたビルがコチラに倒れかかってくる。
 それを察知した七宝が、その場から離れる。
 俺も紙一重、高層ビルの壁を蹴ると、七宝向けて急降下した。
---堕雷ラクライ---
 俺の攻撃が、七宝へと当たるその瞬間、彼の輪郭が薄れたかと思うと、その場から消える。
 俺の背後でビルが倒れる。
 時の剣の能力だ。
 分身……ではない。
 質量はあった。
「なるほど。中々リスキーなことをして来るじゃないか。」
 本体は別の高層ビルの上に立っていた。
「時間を止めた残影を残すことも出来ました。」
「でも、それじゃあ貴方は欺けない。」
 彼は俺が攻撃を当てる寸でのところで時の剣の力を使い、体内時間を加速させた。
 タイミングをミスすれば、俺の攻撃をモロ受けていただろうに。
「私たちもあの竜と虎のようになれれば良かったんですよ。」
「お前が竜で俺が虎か? 」
「ハハハ。」
「何がおかしいんですか? 」
「そんなもん無理に決まってるだろ? 」
 「俺の方が強いんだから。」
「すぐにそんな口は聞けなくしてあげますよッ!! 」
 彼は急降下すると……
 ワープして後ろに回って来るようだ。
 時の剣で加速しているようだが、僅かに右に旋回する残影が見えた。
 目が慣れ始めたところか。
 右に回ったのは、俺が右利きだということを知っているから。
 いや、人類の殆どは右利きだったな。
 胸を大きく右側にそらす。
 遅れて彼の突き攻撃がやって来る。
「どうした? チマチマとした飛び道具は? 」
「そんなことしなくても勝てるということを証明して見せますよ。」
 俺は突き攻撃の間際、彼の周りを回っている剣の数を数えた。
 壱、弐、参、肆
 火の剣が足りない。
「凛月ッ。」
 コイルで小太刀を奴に向けて弾き飛ばす。
 その後、七宝の周りで爆発が起こる。
 もちろん彼は……
 無傷だ。
 風で爆風を防いでいる。
 不意に熱気を感じて、その場から離れる。
 遅れて七宝が右腕を横に振り下ろす。
 俺のいたところで爆発が起こる。
 ガラスの破片が顔に飛んでくる。
 咄嗟に左腕で目を守った。
 左腕に破片が刺さる。
 その僅かな時間に、七宝が距離を詰めて来る。
「しまっ。」
「ここは私の空間なんです。能力を自由に試行できないわけがないでしょう。」
 彼のアウラの軌道を小太刀で反らせる。
 防御は…間に合わない。
「クッ。」
 さっきガラスの破片を受けた左腕を風の衝撃波がなぞる。
「どこまでも卑怯な奴だ。」
「私の持てる全てを出さないと、貴方には勝てませんよ。」
「それがこの騙し討ちか。」
 七宝がアウラをコチラに翳す。
 俺を吹き飛ばすつもりだ。
 よほど接近戦に持ち込まれたくないのだろう。
 俺は身に任せて、バックステップする。
 右手を振り下ろそうとしている。
 凛月を操作し、鎖鎌のようにして使うと、彼の右腕弐巻きつけ、引きちぎる。
 彼の顔が勝利を確信したモノに変わる。
 凄まじい熱気。
 まざか……
 右手を振るという行動を行わなくても、爆発は起こせるのか?
 目の前が眩い光に包まれる。
 左目が真っ暗になった。
 目が眩んだわけではない。
 潰れたのだ。
 咄嗟に守った右目だけは生きている。
 だが、左半身の機能が軒並み死んでいる。
 耳も聞こえ無い。左腕は感覚が無いし、無理矢理動かそうにも動かない。
 どうやら刺さったガラスが溶けて、筋肉の間に練り込み、邪魔をしているみたいだ。
 俺は電気でガラスを溶かして抜き取ると、傷口を焼いて塞いだ。
 左腕がぶちぶちと嫌な音を立てているが問題ない。
 その間に、七宝が死角から止めの一撃を放とうとしているのは、分かっている。
 俺は嗅覚を巧みに使い、彼の位置を彼にバレないように割り出す。
 焦げ臭い。
 腐臭と鉄と焼けた匂いで、嗅覚はまるで使い物にならなかった。
 ならば。
 肌で空気の流れを感じる。
「できた。」
 俺は七宝に気づいていないフリをする。
 気をつけねばならない。
 彼は完璧主義者だ。
 時の剣を使い、一気に距離を詰めて来るに違いない。
 俺の攻撃が届く範囲に、奴が入った瞬間、一気に畳み掛ける。
 あと数メートル。
 気をつけろ。
 さっき時の剣を使った時は、体感で一キロ以上移動していた。
 もう俺は、彼の射程範囲に入っている。
「ココダッ。」
---八又ー大蛇滅殺斬トツカハチレンゲキ---
 右手の小太刀から、左手のチャクラムから、同時に大蛇滅殺斬を放つ。
 一撃目を…
 弾かれ。
 二撃目を
 防がれる。
 三撃目は
 風圧に防がれ、
 四撃目は
 避けられる。
 五撃目を
 相殺され、
 六撃目が
 頬を掠る。
 七撃目は
 軌道をずらされると、
 八撃目で
 大きくノックバックさせられた。
 
 彼の顔は見えない。
 だが俺を超えられたことに満ちているに違いない。
「甘い。」
 俺はそう呟くと、奥の手を発動させた。
---輪廻界雷リンネカイライ---
 コイルで加速した二対の武器に引き付けられ、俺は体勢を立て直す。
 そのまま奴の懐に入ると……
 傷が痛む。かまいたちが俺の体を抉っている。
 だが構うものか!!
 俺は英雄だ。
 痛みは知っている。
 殺されたモノのそれも
 殺したモノのそれも
 こんな痛み、奴らに比べれれば大したモノではない。
 俺は七宝の顔を見上げた。
 やっと見えた。
 彼の顔は驚愕に満ちている。
 奴の口角が上がる。
 この男は何を誇らしげにしているのだ。
 負けたんだぞ。
 この俺にーーーーーーー----------__________

 世界が崩れ去り、ユグドラシルの葉に、自身の血を落とした。
 斥と伊桜里がコチラにやって来る。
「大丈夫ですか? 」
「君だな。俺の息子に闘い方を教えてくれたのは……」
「いえ…何も。慎二には何も。」
「人に教えることってとても難しいことなんです。」
「ありがとう。」
「慎二郎さんっ!! 」
 斥が俺を支えようとしている。
 身体に刺さっているガラスが危ない。
 俺は彼を優しく離した。
「俺は処刑されるだろう。」
「お前は……」
「はい!! 必ず!! 」
 言わなくても伝わったようだ。流石息子の親友だ。
「アイツは俺の親友です。どんな形になっても、そして貴方は……」
「オイ、やめろっ!! 」
 ドミートリィという青年が、闇の剣を必死に引っ張っている。
「返し…て…もらうぞ。そ…の…け…んは、私…の…だ。」
 左腕は無くなっているが、まだ能力を使う余力が残っている。
 俺にはもう、足を一歩踏み出す力すら無かった。
「くそッ。」
 斥が七宝に飛びかかろうとした。
「うわっ。」
 水の剣に弾かれる。
 俺も地の剣の重力に引かれ、七宝のカイナに収まる。
「慎二郎さん!! 」
 伊桜里の悲鳴が聞こえる。
 闇の剣が光り、次元に穴を開ける。
 斥が上官の名前を呼んでいる。
「七宝さんッ。」
「お前はそこに残ってろ。」
「どのみち帰っても処刑されるだけだ。」
「隊長の犠牲を無駄にするな。」
 そこから俺の記憶はない。
 気がつくと培養液に入れられていたからだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...