神の壜(カミのフラスコ)

ぼっち・ちぇりー

文字の大きさ
129 / 145
平等社会へ

摩天楼の錬金術師

しおりを挟む
 槍馬が転送され、ブーイングが止むと、辺りは静まり返った。
 静寂からくる緊張感。
 両者とも、転送用ボタンを押す者は居ない。
 制限時間は原則として定められていないので、俺たちは、相手が先に名乗り出た時点で、カーミラ・セイと他の四人が自主的に名乗り出ようという作戦を考えていた。
 理由は簡単で、本堂がどのタイミングで来ても俺と対峙できるように調整するためだ。
 平等社会側で、痺れを切らしたように、誰かが転送される。
 それは俺のよく知る人物だった。
 彼は出てくるや否や、俺たちに向かって怒鳴った。
「おい、出てこいよ臆病者。逃げてんじゃえねえぞ!! 俺と戦えっ!! 」
 金川は俺のことを呼んでいる。
 観客がざわめき始める。
「おい、本堂ぅぅぅぅぅぅ。奴を転送させろ。」
「俺がこの茶番の見せ物になることを飲んだのは、奴と戦わせるって言う名目のためだろうが。」
「契約を守れねえのなら、このスタジアムごと吹き飛ばすぞ!! 」
 金川が両腕を天にかざす。
 が、俺はじっと堪えた。
 屈辱という感情は存在しない。
 臆病者でも、卑怯者でもいい。
 今、俺が出れば、本堂とは戦えなくなる。
 奴には一発拳をお見舞いしないと気が済まない。
 俺は彼など眼中になかった。
 金川の手錠が反応する。
「ぐっ。」
「本堂ぅ。」
 金川が本堂を睨みつけた時、俺たちの陣営から、一人の少女が転送された。
「ッ 女は引っ込んでろよ。」
 碧野双薔、セル帝国の新女王。
 彼女は真っ直ぐな目で彼の次の一言を待っている。
「女は弱え。オメエ見たいな弱い人間を見ていると、吐き気がするんだよ。」
「だから僕の国の人々を殺したのかい? 」
 怒りは感じない。
 だが、優しさも感じなかった。
 彼は一瞬、キョトンとすると……
 思い出したらしい。
「なんだよ。道端のアリンコ、一匹二匹踏み潰したぐらいで、ムキになりやがってよ。」
 彼女から冷たい殺意が漂い始める。
「君には信念も無く、殺された人には罪が無い。ただ愉しむために他者を殺して、その死体を玩ぶ。」
「僕の国の人間だけじゃないよ。メリゴ大陸でも、グランディルでも。」
「身体の一部が変異した遺体が見つかっている。」
 彼女の殺意が徐々に尖っていっている。
 俺にも分かった。
 彼女から鋭い刃物のような気迫を感じる。
「まだ殺しただけなら同情の余地があった。僕だって人のこと言えないから。」
 彼は足をコツコツ鳴らし始めると、顔に、少しずつ皺を増やしていく。
 そして、爆発したように言葉を放った。
「同情? なに上から目線でモノ言ってんだよアバスレッ。」
_____________________________________バシュッ
 一瞬何が起こったのか分からなかった。
 金川は一瞬にして肉塊になり、その延長線上には、叢雲の欠片をふり降ろしている碧野双薔の姿がある。
《勝負あり》
 勝負は一瞬だった。
 観客たちも、徐々に状況を理解して、一人の女が金切り声を上げる。
 恐怖は伝染し、コロシアム内は阿鼻叫喚に包まれた。
 槍馬の時とは、全く別の反応。
 憎悪が一瞬にして恐怖に変わる瞬間だ。
「なんて、恐ろしい。」
「バケモノ。」
「は、早く奴にも手錠をかけろ。あんな奴野放しにするな。」
 彼女は息を吸う。
 それからまっすぐな目で平等社会人たちを見た。
「出来ればこんなことはしたくなかった。」
 さっきまで金川だった肉塊は、粘土のようにこねあがると、元の形に戻った。
「でもね。思想の違う人間に、それを理解してもらうことは難しい。それを僕は自分達の世界で学んだ。」
 民衆の声が止む。
「ハッキリ言うよ。君たちは異常だ。」
「僕たちが、平等社会の能力者たちがキミたちに何をしたって言うんだ? 」
 民衆の一人が答えた。
「蝠岡も、リベリオンの奴らも、みんな犯罪者だ。能力者は俺たちが抑えておかないと、何を仕出かすか分からない。」
「そうだそうだ。」
「能力者は危険だ。」
 彼の言葉に、誰かが同調し始める。
「それは違う!! 」
 「僕は見たよ。君たちが能力者に暴力を振るっているのを。」
「枷をされた無害な能力を、多人数でよって集ってリンチしているのを。」
「それが君たちにとっての日常なのかもしれない。」
「だけど、もう一度考えて見てほしい。ホントに悪さをしているのは誰なのか? 」
「それでも能力者が、まだ憎いと言うのなら…… 」
「僕が直接相手になろう。」
 辺りが静まり返る。
 誰一人として、彼女に戦いを挑む者はいなかった。
 そうすると彼女は、金川向けて手を差し出す。
「ッチ 悪者にしやがって。」
 首を横に振る。
 そして答えた。
「キミも被害者だと僕は思っている。」
君たちリベリオンだって枷をかけられることがなければ、こんなことはしない。そうだろ。」
 金川はそっぽを向いた。
「ふん。どうだろうな。こんな腐った世界。俺に人並みの権利があろうが無かろうが。」
「この世界は俺にとって狭すぎる。自由になりたかった。」
「アンタ名前は? 」
「僕の名前は碧野双薔。よろしく。」





しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

クロワッサン物語

コダーマ
歴史・時代
 1683年、城塞都市ウィーンはオスマン帝国の大軍に包囲されていた。  第二次ウィーン包囲である。  戦況厳しいウィーンからは皇帝も逃げ出し、市壁の中には守備隊の兵士と市民軍、避難できなかった市民ら一万人弱が立て籠もった。  彼らをまとめ、指揮するウィーン防衛司令官、その名をシュターレンベルクという。  敵の数は三十万。  戦況は絶望的に想えるものの、シュターレンベルクには策があった。  ドナウ河の水運に恵まれたウィーンは、ドナウ艦隊を蔵している。  内陸に位置するオーストリア唯一の海軍だ。  彼らをウィーンの切り札とするのだ。  戦闘には参加させず、外界との唯一の道として、連絡も補給も彼等に依る。  そのうち、ウィーンには厳しい冬が訪れる。  オスマン帝国軍は野営には耐えられまい。  そんなシュターレンベルクの元に届いた報は『ドナウ艦隊の全滅』であった。  もはや、市壁の中にこもって救援を待つしかないウィーンだが、敵軍のシャーヒー砲は、連日、市に降り注いだ。  戦闘、策略、裏切り、絶望──。  シュターレンベルクはウィーンを守り抜けるのか。  第二次ウィーン包囲の二か月間を描いた歴史小説です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...