平等社会(ユートピア)

ぼっち・ちぇりー

文字の大きさ
7 / 107
平等な社会

蝠岡のラボ

しおりを挟む
 地下鉄から降りた俺たちは、ホログラムの黄色い、バリケードテープを素通りし、現場へと入った。
 見慣れた通路に、見慣れた研究室。
 俺はここで彼から手錠を外してもらい、ここで闇社会の依頼を請け負いながら、彼の護衛をしていた。
 今は、引き出しから絵画の裏まで、隈なく調べられた跡がある。
 まるでラボに強盗が入った見たいだ。
 中で調査を行なっている人間は、犯罪課の人間は大方で払ったようで(護送任務の準備をしているのか。)今は、映像課の赤い帯がほとんどになっている。
 廊下を進み、さらに奥へと進む。
 突き当たりにある小さなダクト、そこには隠し階段がある。
 俺たちは見慣れた隠し通路を抜けて、巨大な空間へと出た。
 巨大なコンピュータ。
 時折、至る所で緑色のランプが点灯し、主人を失った今も、正常に稼働していることを表している。
 蝠岡が闇社会の人間に頼み、耐久性が問題ないように、ビルの地下に作った巨大な空間。
 地下に作った理由は一つ。
 機材の騒音を、地下鉄の音で掻き消すためだ。
 一応防音加工はしてあるのだが、そこが蝠岡の正確というところであろう。
 ただ問題が一つ。
「どうやってコレを外に持ち出すんですか? 」
 もしかしたら、地下に作ったのは、万が一見つかっても、外に持ち出せないようにするためなのでは?
 現状、出入り口は、今、俺たちが通って来た隠し通路のみで、他に出入り口はない。
「ビルの立ち退き、それからバーン。」
「なーにそんな顔をしないでくれたまえ鵞利場くん。ちゃーんと手は打ってあるのさ。」
 哀愁漂うこの空間から、この機材を引き剥がしてしまうのは、心許ない。
「ちょっと待ってくれ。このままここで管理するというのはいけないのか? 」
「どうせここの住人は豚箱にぶち込まれて、空き家になっちまったんだし、ここは分譲だ。管理費だけ管理人に払っていれば・・・管理コストは微々たるモノだ。公安でも、メンテナンス費用、電気代、倉庫の老朽化、その他の維持費がかかるわけで。」
「わざわざこの装置をシャバに出して危険な真似をするより、よっぽど現実的だろ? 」
 本堂も鵞利場も頷いた。
「キミの意見はごもっともだ。だがしかしね。ビックファーザー様は心理的安全性から、装置を自分の手元に置いておくとこに躍起になっていらっしゃる。」
 この装置がどれほどのものか改めて理解した。
 いくら二十四時間体制で管理すると言っても、ここを見つけた人間の一人が、異世界へと足を踏み入れると思うと、夜も眠れないのであろう。
 全く独裁者とは臆病な存在だ。
「北条クン。機材の電源の落とし方は知っているかね? 」
「ああ、蝠岡から聞いた。清掃中も絶対にコンセントだけは抜くなって。もし、かろうじて電源を落とさないといけない場合は(計画停電など。)本体にも主電源ボタンはあるが、再起動に時間がかかるから、コッチのモニターで電源を落としてから切れって。」
 俺はディスクに座ると、パスワードを入力し、スクリーンを開く。
 そこで、起動停止のボタンをダブルクリックし、操作PC自体の電源も切る。
「ほう、手慣れたもんじゃぁないか。流石だねえ。」
「蝠岡に教えてもらえたのはこれぐらいだ。元々守秘義務とか、情報協定とかにうるさい奴だったから、これぐらいしか教えて貰えなかったけど。」
 本堂はニッコリ頷くと、ポケットからボタンを取り出す。
「ポチッとな。」
 天幕がガバっと開くと共に、転移装置の床が隆起した。
 俺は階段を駆け上がり、外に出た。
 蝠岡のラボがあるビルのすぐ後ろは……
 立体駐車場だった。
 後ろからポンポンと肩を叩いてきた本堂に連れられて、裏の立体駐車場へと周る。
 すると、犯罪課のスキルホルダーたちが、クレーン車で機材の荷積を完了していた。
「長官!! 車の手配終わりました。」
「ありがとう。」
 混乱する俺を差し置いて、本堂と鵞利場が運転席と助手席にそれぞれ乗り込む。
 エンジンがかかる音がして
「おい、ちょっと待てよ。」
 荷台にしがみつき、乗り上がると、トラックに乗り込んだ。
 鵞利場にコールし上司に文句を言う。
「説明ぐらいしてくれても良かったんじゃねえのか? 」
[そんな暇などない。民衆に見られてはまずい。さっさと公安に届けようじゃないか。]
 トラックは立体駐車場のゲートを抜けて車道に出る。
 立ち並ぶビルの屋上には無数の人の姿があった。
 多分本堂が雇った護衛たちだ。
 犯罪課の黒服や、茶色のジャケット、フードの男。
 服装は様々だ。
 本堂は、フリーの傭兵まで雇ったと言っていた。
"これじゃあ、どれが傭兵で、どれが敵か分からねえ。"
「おい、本堂。やべーぞこれは。」
 彼も既に自分の失態について、理解していたようであった。
[ああ、今さっき気がついた。ダミーの情報も流したし、荷積は、上から観察することが出来ない立体駐車場にしたし、万全の状態にしたはずだった。]
[だがそれも裏目に出たようだ。]
 警戒すべきはフリーの傭兵だけではない。
 能力者が、スキルホルダーの黒服を着て、変装している可能性だってある。
 俺はふと、腕輪をつけていない黒服を見つけた。
「鵞利場、十時の方向だ。腕輪をしていない黒服がいる。」
[ええ、見つけた。]
[[長官、敵襲です。我々に紛れて、機材を____]]
 通話越しに聞こえた本堂への通信を聞いて、俺は立ち上がった。
「鵞利場、腕輪を解除してくれ。奴らは俺が引き受ける。」
[リミット・パージ、北条力執行者。]
 彼女の言葉と共に、手錠にunlockと表示され、俺に再び力が宿る。
 懐かしい感覚。
 肩が軽くなる。
 足はその限りではなかった。
 しっかり地面を押さえておかないと、飛んでしまいそうだ。
 黒フードが、なにやら鋭利な物で、護衛を切り裂きながら、こちらに向かって来ている。
 俺は機材の上に飛び乗ると、あたりを見回した。
 護衛が次々とやられていっている。
「だめだ本堂、俺の能力じゃ、機材を守れたとしても、こちらからアレに仕掛けることは出来ない。」
 おそらく鵞利場も同じ状況だ。
 彼女の能力も、遠距離型のそれではないのだろう。
 ここで本堂に絶対領域を発動してもらうしかない。
「《エクステンド》」
 彼も状況を理解したらしく、運転がてらに、術を発動しようとしてた。
「ピーッ。」
 耳をろうすような高周波の音。
 身体から消えかけていた能力の感覚が再び戻り始める。
"本堂の対策? "
 ひとりの黒服がスピーカーを持っている。
 それにしても、嫌な音だ。
 イメージがかき消される。
 その僅かな瞬間に、ひとりの男が、荷台めがけて落ちてくる。
 スンデのところで、地面むけて火を放つと、反動で飛び上がり、俺の真正面に着地した。
「【天岩流】」
「【壱の岩】」
石壁セキヘキ
 打ち出した拳で、奴の炎を弾く。
 本堂は窓を開けると、俺にむけて叫んだ。
「北条クン。なにをしている。ソイツを捕まえろ。」
 まだ俺は、この後に及んで、能力者と戦うことに対して葛藤していた。
「どうせ脳髄引っこ抜いて、お前らの部下のオモチャにしちまうんだろうが。」
「早くしたまえ、キミがそうなりたくないのならね。」
「【裏天岩流】」
石火セッカ
 右ストレート。
 奴と俺とを隔てる不思議な壁が、パイロキネシストの左頬をぶん殴った。
 反動で彼は車から滑り落ち、道路に転がった。
「クソォ。」
 本堂が毒づいている。
 フロントガラスに誰かが張り付いている。
 本堂が、それを震い落とそうとするので、トラックが大きく揺れた。
 揺れで機材の束縛バンドが切れる。
「くっ。」
 俺は素手で機材を支えた。
「本堂、機材が落ちちまう。」
「それどころじゃあ無いぞ。摩天楼の錬金術師だ!! 」
 俺は運転席から覗くフロントガラス越しに彼の顔を見た。
 奴だ。
 昨日、リンチに合っていた能力者を助けた男……
「よう、北条さんよ。」
 彼が右手をトラックに押しつけると、車体がボディータイヤ、エンジン、もろとも消えてしまった。
 慣性を残した二人がそのまま突き当たりのビルへと突っ込む。
 俺は転移装置の慣性を殺すために、両手で持ち上げると、回転しながら、うまく受け身を取った。
 俺はとてつもなく大きな影を感じて、上を見上げた。
 それは俺のよく知る人物。
「よぉ。力坊、なんだ? 公安に捕まって、今度は執行者の仕事をやらされてんのか? 」
「今からでも良い。私と一緒にこい。」
「嫌だ。」
「ま・た・かぁ。」
「なぜリベリオンを拒む。になりたいんだろ? 」
「あんたの言う自由と、俺の自由は違う。」
「はぁー。」
 彼女は肩のジャージをかけ直すと、髪を撫でた。
「お姉さんの私が、ガキのお前に一つ忠告をくれてやろう。」
「自由とは、他者を侵害することだ。太古の昔、自由を掲げた大国が、他国にそうしたように。」
 俺は首を振った。
「なぁ姉さん。戻って来てくれ。優しかった頃の姉さんに。」
 後ろから物凄い衝撃を感じて、何が起きたか分からないまま、アスファルトと接吻を交わす。
「金川、やめろ。」
「御宅わぁ、沢山なんだよ!! 」
「おい、九条、こんなガキほっといて、さっさと装置盗んでズラがるぞ。」
 衝撃は少なかった。
 多分、俺と世界とを隔てている壁のおかげだ。
 勢いよく飛び上がると、俺は機材の前に仁王立ちした。
「ドゴーン。」
 反動で俺を押さえていた金川が吹き飛ばされる。
「このままじゃ、能力者に対する評価は悪化する一方だ。」
 彼女は、額に右掌を押し当てると、肩を振るわし始める。
「クックック‥クハハハハ。」
「それは裏社会で活動していたお前も同じじゃあ無いか。今更私に説教か? 」
「死ねぇやオラァァぁぁ。」
 起き上がった金川が、右手を俺の背中に押し当ててくる。
 背中で何かが起こったが、それも、俺と彼とを隔てる何かが弾いた。
「やめておけ、金川。ソイツは特異的でな、あらゆる物理法則を遮断する壁を作り出せるんだ。」
「姉さん。やっぱり俺とあなたは分かり合えないみたいだ。」
「そうみたいだな。残念だ。」
 地面を蹴って勢いよく飛び上がる。
 細目の侍が、刃を下ろしてくる。
 右手でそれを掴み、砕く。
 黒髪の女が、血濡れたナイフをこちらに突きつけてくる。
 それを左手で弾き飛ばした。
 パイロキネシストが暴れ狂う獄炎と、血が凍るような雪獄を放ってくる。
 身体で受け止めて、彼女の元まで来る。
「【裏天岩流】」
「【の岩】」
流星一閃メテオ・ストライク
 俺の右手から放たれる、一筋の岩石が彼女に迫る。
「《エクステンド》」
【メカニクス・コントロール】
 全身に重圧がかかり、体勢が崩れる。
「忘れたか? お前にいくら頑丈な鎧があろうとも。私の念動力には勝てない。」
「さぁ。おまえら。転移装置を持ってずらがるぞ。」
 そこで俺の意識は途切れた。

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...