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ファイル:3 優生思想のマッドサイエンティスト

覚醒

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 全身を能力のエネルギーが包み込む。
 身体が熱い。
 だが身体に馴染んだ程よい感覚だ。
「なんだ!! その溢れんばかりの力は。」
「伝わる。伝わってくるぞ。そうか。そうだな。キミは魔法使い。」
 リングィストは訳の分からないことをぶつくさたれている。
「覚醒……したのかぁ。」
 初めて見た奴の顔。おそらく彼は興奮……しているんだと思う。
 自分がコレからどうなるかは知らずに。
「コレはお前が俺に持ちかけてきたことだ。もう俺は知らん。」
 ウボクの皇帝は、慌てて逃げ出した。
"ヤツが谿コ縺昴≧縺ィ縺励◆"
 奴は明らかに、明確に殺意を持って公安の監視官である彼女を殺そうとした。
 しかし、今更良心のあるクズを相手している暇はない。
 俺が懲らしめるべきは、目の前のキチガイ。
 ソクラテス信者のやべー奴だ。
 孫娘を醜悪な兵器に作り変え、人々を怪しい思想で惑わし、

 そして俺のパートナーをこんな目に合わせた。

 コイツを俺は許せない。

「なんだぁ? その顔は!! ハハ、偽善者め。」
「偽善者で結構。俺はコイツら二人みたいに、頭は良くないし、背負っているものも大きくない。」
「独善的で何が悪い!! 人の気持ちなんて分からない。分かりっこない。」
「だから人には言葉ってコミュニケーションがあるんだろ!! 」

___俺は力を解放した。
 
 辺りに俺の力が広がる。

 この世界は俺の世界。

 俺だけの箱庭。

 世界とは独立したそれだ。

「素晴らしい!! 早くデータを。」
 俺は彼の後ろに回り込むと耳元で囁いた。
「まず自分の置かれている状況を、そのおめでたい頭で計算したらどうだ? 」
「【裏天岩流】」
 【絶無ノ岩】
 【裏世界エンド・オブ・ユニバース
 俺の放った後ろ蹴りが、彼の脇腹をした。
 俺は内心、少し安心した。
 彼は狂っているふりをしている人間では無く。
 本当に狂っていたのだ。
「私は、本気で信じていたのだよ。」
「本気で理解し合えると思っていた。私がただ一人認めていた同窓生。」
 そこで彼は力尽きた。
「俺も……俺も奴を理解できなかった。長く奴の元で働いていたけど。それぐらいすごい奴だったんだ。」
「あの蝠岡蝙って奴は。」
 まるで俺がリングィストを殴り飛ばすのを待っていたかのように、公安の救援ヘリがくる。
 俺は鵞利場の元に急いで歩み寄った。
 意識は……ない。
 だがまだ暖かい。
 彼女は、まだ助かる余地がある。
 俺は彼女を抱き抱えると、公安の人間にそれを差し出した。
 無愛想な彼らは、無言でそれを受け取ると、極東の病院へ向けて飛んでいったようだ。
「っと。いててて。」
「やられたなぁ。」
 二人はそう呑気な言葉と共にムクッと起き上がると、何を驚くこともなく、現状を理解した。
「全部終わったようだね。」
「信じていたぞ。」
 俺は首を横に振る。
「いや、まだだよ。」
 俺は満身創痍の身体で、彼女の元を目指す。
 彼女は放心状態になりながら、誰に話すわけでもなく呟いていた。
「ホントはどうでも良かったんです。身体のことも。父のことも母のことも。執事のことも。ワタクシが可哀想な人間なのは事実なんですもの。」
「でも……でも……配管工のマーリン。彼だけはワタクシのことを愛してくださると、純粋な気持ちを下さると思っていた。」
「でもお遊びだったのね。私がこんなのだから。そうよね。生涯妻の車椅子を握ったまま生きるなんて……マーリンには幸せになってほしい。どうか二本足で立てるお嫁さんに出会えますように。」

      * * *
 
 どうやら鵞利場は助かってしまったらしい。
 というのも、彼女の身体は毒に侵されているのでは無くて、闘いの疲労で衰弱してしまっただけであり、命に別状は無かったようだ。
 どうやら家柄が関係しており、代々一族に与えていた後天性の獲得免疫が、代が進むにつれて、遺伝情報に組み込まれていき、彼女らの代でようやくそれが完成したようだった。
 ということを、医者は、赤面する患者の前で淡々と話した。
 呆れた俺は「アンタ、医者に向いてないよ。」と吐き捨てると、病院を後にする。
 俺の仕事は終わっちゃいない。
 吹き付ける冷たいコノハに身を縮め、ポケットに手を忍ばせる。

工業街 リベット1452番 ボルト荘120号室

 住所を突き止めるまで骨が折れた。

 なんせ配管工のマーリンさんなんて、この平等社会に何人いるかは分からないからだ。
 勝負は一発。
 ロバスとそう呟くだけでいい。
 もし別人なら、公安の権力を翳してうやむやにすれば良い。
 もし、彼女に少しでも心が揺らいでいると言うのなら、彼は俺に話してくれるだろう。
 彼女のことを。
 出て来たのは、目に熊が出来ている不健康そうな人間という以外には、何も特徴のないごく普通の人間だった。
 俺がロバスと呟くと、彼は溜めていたものが一気に流れ出した様に崩れ落ちた。
「ロバスに雇われたのかい? 許してくれ!! 」
 俺はなぜ彼女から逃げたのかを問うた。
「俺には……俺には彼女の隣にいる資格なんて無かったんだ。俺はシガナイ配管工で、彼女は名家の娘。この意味。お前にも分かるだろう? 」
「彼女を支えられる自信がなかった。俺じゃ彼女を幸せにできる自信が無くて。」
 俺は呆れるを通り越して大声で笑ってしまった。
「うるさいぞ!! 」
 夜勤で仮眠をとっているであろう中年の男性からお叱りを受ける。
「何がそんなにおかしいんだ!! お前には何も分からないくせに。」
 俺が彼をぶん殴った。
 力仕事をしている割には、非力なんだなコイツは。
「彼女のことを理解していないのはお前だろ? 」
「次、休みが取れたら、彼女の元へ行け。」
 そう言って、病院の住所と部屋番号を控えたメモ帳をうなだれている彼に投げ捨てた。
「もし来なかったら。」
「お前を殺す!! 」
 なんて柄でもねえことを吐き捨ててからさっさとこんな殺風景なところを後にする、
 


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