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第1話 女神様との出会い
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第1話は、あえてベタな異世界転生展開となっております。
予めご了承ください。
=============
「来月は、3名様ですね」
女性は入念に書類に目を通しながら呟く。
「言語は『にほんご』ですか。今のうちに復習しておきましょう」
女性は本棚から分厚い語学書を数十冊取り出して、読み始めた。
しばらくすると、女性の発生練習が聞こえ始める。
「『あー、あー。おはようございますです。おきたのですね。めざめましたのですね』んー、しっくりきません……」
女性は、細かい言葉遣いや言い回しに頭を悩ませた。
世界中の言語を記憶しているのだから、多少のミスがあるのは無理もない。
完璧でなくとも業務に支障はなかったが、気持ち良くここを旅立ってもらいたい、という思いから、妥協を一切しなかった。
人の心理学に関する本も読み漁った。
ここの来訪者には、精神的に不安定な者も多いからだ。
「いけません。魔法陣のメンテンナンスもしなくてはいけないのでした」
女性は、床に刻まれた魔法陣に手をかざして呪文を唱え、丁寧に丁寧に準備を進める。
誰かがここを訪れるのは、数ヶ月に一度ほど。
それまではずっと独り。
「どんな方々なのでしょう。下界のお話もお聞きできると良いですね」
女神は期待に胸を膨らませるのであった。
◇
目を開くと、そこは真っ白な空間だった。周りには何もなく、ただ広いだけ。
「お目覚めになったのですね」
突然、真上から声が聞こえ、俺は慌てて体を起こした。
何かがゆっくりと降りてくる。光が眩しい。
女の人?
いや、もっと神秘的な何かだ。
その人(?)は、俺の目線の高さで静止した。
文字通りの容姿端麗。
吸い込まれそうな碧眼。
目と目が逢う。
「どうか、落ち着いて聞いてください」
「……は、はい」
緊張で声が震えた。
その人は、腰まで伸びた透き通るブロンドの髪をなびかせながら、こう続けた。
「水谷颯人様。あなたは死にました。ご家族と共に」
この人が何を言っているのかわからない。
落ち着いて聞けとは無理難題にもほどがある。急に死んだと言われて容認できるわけがない。
「受け入れがたいことでしょう。しかし、揺るぎない事実なのです」
「ま、待ってください。俺は生きている。今、こうして体を動かせているじゃないか」
「肉体は既に消失しています。この空間が水谷様の肉体を再現しているに過ぎません」
「……じゃあ、俺の死因は? トラックに轢かれた覚えはありません」
「転生トラック業者は仲介しておりません」
あれって専門の業者がやってたのかよ。
「先月、あなたが寝静まった夜、家に隕石が直撃したのです。その衝撃で、水谷様は命を落としました」
「そんな馬鹿げた死に方、聞いたことないしありえません!」
あまりに突拍子もないことを言われたので少しだけ冷静になれた。
「私が着任してから100年になりますが、その期間においても隕石落下でお亡くなりになった先例がございます」
———絶句。
正直な話、先例のことは頭に入ってこなかった。それよりも100年という単語が理解できなかった。
その見た目で100年? 完全に人智を超えてるだろ。20歳ほどにみえる……。
俺は宙に浮いた謎の人物に圧倒されてしまった。
「あなたは人ではないんですか?」
「はい、私は人間ではございません。神の一柱のセラフィーラと申します。亡くなった人間の魂を導くために、私はここにいます」
言われてみればギリシャ神話に出てくる白い布……キトンだっけ? に身を包んでいるし、耳に着けたイヤリングも非常にそれっぽいけれど、何が目的でおれの前に現れたんだ?
「我々は、水谷様のような最上級に不幸な死を遂げた人間のために、救済措置を用意しております」
救済!?
神など信じていなかった癖に、救済という言葉につい反応してしまう。
人窮すれば天を呼ぶとは俺のこと。
「その救済措置は、異世界転生です」
時が止まった。
「え、異世界転生? ラノベで事実に基づいた設定を考えるのがめんどくさいときに、とりあえずの逃げ道として題材にされるあの異世界転生ですか?」
「それは非常に横暴な考えです。水谷様は今、多くの敵を作りました。当然私も。下界の一大ジャンルですよ? もっと広い視野を持ちましょう。異世界物は、文化や歴史を一から創出する必要があるのです。決して逃げではございません。事実に基づいた設定に拘らずとも、面白ければ何でも良いではありませんか」
「うっ……ぐうの音も出ない。女神様、詳しいんですか?
「いいえ、ただここにいても他にすることがありませんので、ほんの少し、人間の書物を嗜んでいるだけです」
女神様は周りが見えなくなるまで趣味に熱中するタイプなのだろうか。圧が凄かった。ごめんなさい。
「あの、日本に返してもらうことってできませんか?」
「天界規定により、記憶と肉体を引き継いで同じ世界へ転生することは認められておりません」
「そこをどうにか……」
「水谷様のお父様とお母様は一足先に転生されましたよ?」
「一緒に死んだのにいないと思ったらそういうことか!」
「貴方様が最後にお目覚めになられました。お父様は、ようやくブラックから解放される! お母様は、ご近所付き合い解消よ! とおっしゃっていました」
「ノリノリじゃん(´・ω・`)」
「水谷様は何か未練がおありですか?」
俺は自分の人生を振り返る。
特技がなければ功績もない。
なにも誇れるものはなかった。
大学受験に失敗し、浪人。
浪人生活が始まったとき、俺は何のために大学に入ろうとしていたのかを考えた。みんながそうしているから、周りに勧められたから、周りがそれを望んでいるから。そこに自分の意思など初めからなかったことに気付いてしまった。
俺は目標を失い、次で20歳になるというのに家に引きこもってゲームアニメ三昧の日々を送っていたのだ。
その生活に未来がないことは明白だ。
「そうですね………………。異世界転生、お願いします」
……時には切り替えも必要だ。
こうなったら、とことん異世界ライフを楽しんでやる。
「あの、転生先って魔法とかあったりしますか?」
「ありますよ、魔法。それにモンスターも! いわゆるファンタジーの世界です」
おぉ、ファンタジーか。
冒険者になって世界中を旅できるのだろうか。
「もちろん、特典としてポイントの中からお好きなスキルやアイテムを獲得することができます」
「お約束のやつですね。何にしようかな」
「こちらのカタログからお選びください。1名につき500ポイント、お父様がファミリープランをご希望されたのでご家族3名共有で、計1500ポイントの中からお選びいただいております」
そう言って女神様は辞書みたいに分厚い書物を取り出した。このサイズでカタログと呼ぶには無理があろう。
そして、なんなんだそのスマホのデータシェアみたいなプラン設定は。まぁ何はともあれ、でかしたぜ父さん。
「で、あと何ポイントですか?」
「水谷様の残りは、90ポイントです」
「は? どうして?」
「お母様が500ポイントのスキル、お父様が910ポイントの聖魔剣をお選びになられたからです」
「おい待て、母さんはピッタリ一人分だからいいとして、なんだそれ。シェアする気ないだろ!」
「私も勧告したのですが、家族共用にするから超最強のこれでいいとおっしゃっていまして……」
「俺も選べなきゃ意味ないだろ、なに考えてるんだ全く! 90ポイントだけでなにができるんだよ」
一体どれにすればいいんだ…………。
だめだ、【手配度を下げる】100ポイントとか、使いどころが意味不明なスキルもあるし、数が多すぎて選べない。検索機能が欲しい。ポイントも足りん。
「女神様ってかわいいですよね」
「褒めても何も出ませんよ?」
ちっ。
「特別に、追加で10ポイント差し上げます」
ちょろっ。
女神様は両手を頬に当てて嬉しそうにしていた。
これで90+10=100、切りのいいポイントになった。
「こちらのスキルはいかがでしょうか? 賢者の目。ぴったり100ポイントですよ」
「石ではなく賢者の目? 一体どんな効果なんですか?」
「目に負荷がかかるので多用は禁物ですが、視認した対象のレベル、スキル、状態異常、職業、所持物などのありとあらゆるステータスを見ることができます」
「なるほど、鑑定系ですか」
既に強力な武器はあるわけだし、サポートスキルとしてちょうどいいかもしれない。
それにスキルなら嵩張らない上に、目立つこともない。負荷がかかるというデメリットはあるようだが、死神と契約して寿命が半分になったりする訳では無いから問題ないだろう。
「では、賢者の目をお願いします」
「承知しました。スキル【賢者の目】を付与いたします」
「それでは転生を開始いたします。そのままじっとしていてください」
やはり、100年間もこの仕事を務めているだけあって段取りがいい。女神様は今までもこうやってテキパキと仕事をこなしてきたのだろう。
そして、これからもずっと。
一つ気になってしまった。
「あの、失礼だとは思いますが、最後に1つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ずっとここにいて退屈ではないんですか?」
もっと他に聞き方があっただろうに、上手く言葉を選べなかった。
おそらく心のどこかで、疑っていたのだ。
本当は、こんな場所で下等生物である人間のために仕事をして、気怠いと思っているのではないか、人間を見下しているのではないか、と。
「いいえ、退屈だとは思いません。私は人間が大好きです。人間の魂を導くという役目に誇りを持っています。ここを任されるということは、私にとって、とても光栄なことなのです。それに読み物には困りませんから」
女神様は一呼吸おいて続けた。
「ですが……いつか下界を直接この目で見てみたい、触れてみたい、とは思いますけどね」
「見に行けないんですか?」
「はい。ここを任された女神ですから」
女神様は微笑んだ。少しだけ切なそうに。
最低だ、俺。
「水谷様、下界での暮らしはいかがでしたか?」
「難しい質問ですね……。騒がしくて、忙しくて、周りの期待に答えるのに必死で、自分の意思で何かを成し遂げることができませんでした。そんな生活に疲れちゃったしあまりいい思い出はなかったけど、もう二度と戻りたくないっていうのは嘘になりそうです。なんでですかね……」
俺の失礼な問にも丁寧に答えてくれた女神様のために、俺なりに精一杯話した。
できれば元の世界でやり直したかった。でももう振り返らない。
新しい場所で人生をやり直してみせる。
「貴重なお話をありがとうございました。では……」
女神様が両手を広げた。
床が緑色に発光し、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「それでは、いってらっしゃいませ水谷様」
ここで女神様と話したことを忘れずにいよう。
もし再び、ここに来ることがあったら、俺が見た新しい世界の話を女神様にしてあげたい。
「俺、あなたのこと忘れません。いつかまた! あなたに……」
俺は光に包まれた。
夢の異世界生活が今、幕を開ける!
次回、『転生失敗』
予めご了承ください。
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「来月は、3名様ですね」
女性は入念に書類に目を通しながら呟く。
「言語は『にほんご』ですか。今のうちに復習しておきましょう」
女性は本棚から分厚い語学書を数十冊取り出して、読み始めた。
しばらくすると、女性の発生練習が聞こえ始める。
「『あー、あー。おはようございますです。おきたのですね。めざめましたのですね』んー、しっくりきません……」
女性は、細かい言葉遣いや言い回しに頭を悩ませた。
世界中の言語を記憶しているのだから、多少のミスがあるのは無理もない。
完璧でなくとも業務に支障はなかったが、気持ち良くここを旅立ってもらいたい、という思いから、妥協を一切しなかった。
人の心理学に関する本も読み漁った。
ここの来訪者には、精神的に不安定な者も多いからだ。
「いけません。魔法陣のメンテンナンスもしなくてはいけないのでした」
女性は、床に刻まれた魔法陣に手をかざして呪文を唱え、丁寧に丁寧に準備を進める。
誰かがここを訪れるのは、数ヶ月に一度ほど。
それまではずっと独り。
「どんな方々なのでしょう。下界のお話もお聞きできると良いですね」
女神は期待に胸を膨らませるのであった。
◇
目を開くと、そこは真っ白な空間だった。周りには何もなく、ただ広いだけ。
「お目覚めになったのですね」
突然、真上から声が聞こえ、俺は慌てて体を起こした。
何かがゆっくりと降りてくる。光が眩しい。
女の人?
いや、もっと神秘的な何かだ。
その人(?)は、俺の目線の高さで静止した。
文字通りの容姿端麗。
吸い込まれそうな碧眼。
目と目が逢う。
「どうか、落ち着いて聞いてください」
「……は、はい」
緊張で声が震えた。
その人は、腰まで伸びた透き通るブロンドの髪をなびかせながら、こう続けた。
「水谷颯人様。あなたは死にました。ご家族と共に」
この人が何を言っているのかわからない。
落ち着いて聞けとは無理難題にもほどがある。急に死んだと言われて容認できるわけがない。
「受け入れがたいことでしょう。しかし、揺るぎない事実なのです」
「ま、待ってください。俺は生きている。今、こうして体を動かせているじゃないか」
「肉体は既に消失しています。この空間が水谷様の肉体を再現しているに過ぎません」
「……じゃあ、俺の死因は? トラックに轢かれた覚えはありません」
「転生トラック業者は仲介しておりません」
あれって専門の業者がやってたのかよ。
「先月、あなたが寝静まった夜、家に隕石が直撃したのです。その衝撃で、水谷様は命を落としました」
「そんな馬鹿げた死に方、聞いたことないしありえません!」
あまりに突拍子もないことを言われたので少しだけ冷静になれた。
「私が着任してから100年になりますが、その期間においても隕石落下でお亡くなりになった先例がございます」
———絶句。
正直な話、先例のことは頭に入ってこなかった。それよりも100年という単語が理解できなかった。
その見た目で100年? 完全に人智を超えてるだろ。20歳ほどにみえる……。
俺は宙に浮いた謎の人物に圧倒されてしまった。
「あなたは人ではないんですか?」
「はい、私は人間ではございません。神の一柱のセラフィーラと申します。亡くなった人間の魂を導くために、私はここにいます」
言われてみればギリシャ神話に出てくる白い布……キトンだっけ? に身を包んでいるし、耳に着けたイヤリングも非常にそれっぽいけれど、何が目的でおれの前に現れたんだ?
「我々は、水谷様のような最上級に不幸な死を遂げた人間のために、救済措置を用意しております」
救済!?
神など信じていなかった癖に、救済という言葉につい反応してしまう。
人窮すれば天を呼ぶとは俺のこと。
「その救済措置は、異世界転生です」
時が止まった。
「え、異世界転生? ラノベで事実に基づいた設定を考えるのがめんどくさいときに、とりあえずの逃げ道として題材にされるあの異世界転生ですか?」
「それは非常に横暴な考えです。水谷様は今、多くの敵を作りました。当然私も。下界の一大ジャンルですよ? もっと広い視野を持ちましょう。異世界物は、文化や歴史を一から創出する必要があるのです。決して逃げではございません。事実に基づいた設定に拘らずとも、面白ければ何でも良いではありませんか」
「うっ……ぐうの音も出ない。女神様、詳しいんですか?
「いいえ、ただここにいても他にすることがありませんので、ほんの少し、人間の書物を嗜んでいるだけです」
女神様は周りが見えなくなるまで趣味に熱中するタイプなのだろうか。圧が凄かった。ごめんなさい。
「あの、日本に返してもらうことってできませんか?」
「天界規定により、記憶と肉体を引き継いで同じ世界へ転生することは認められておりません」
「そこをどうにか……」
「水谷様のお父様とお母様は一足先に転生されましたよ?」
「一緒に死んだのにいないと思ったらそういうことか!」
「貴方様が最後にお目覚めになられました。お父様は、ようやくブラックから解放される! お母様は、ご近所付き合い解消よ! とおっしゃっていました」
「ノリノリじゃん(´・ω・`)」
「水谷様は何か未練がおありですか?」
俺は自分の人生を振り返る。
特技がなければ功績もない。
なにも誇れるものはなかった。
大学受験に失敗し、浪人。
浪人生活が始まったとき、俺は何のために大学に入ろうとしていたのかを考えた。みんながそうしているから、周りに勧められたから、周りがそれを望んでいるから。そこに自分の意思など初めからなかったことに気付いてしまった。
俺は目標を失い、次で20歳になるというのに家に引きこもってゲームアニメ三昧の日々を送っていたのだ。
その生活に未来がないことは明白だ。
「そうですね………………。異世界転生、お願いします」
……時には切り替えも必要だ。
こうなったら、とことん異世界ライフを楽しんでやる。
「あの、転生先って魔法とかあったりしますか?」
「ありますよ、魔法。それにモンスターも! いわゆるファンタジーの世界です」
おぉ、ファンタジーか。
冒険者になって世界中を旅できるのだろうか。
「もちろん、特典としてポイントの中からお好きなスキルやアイテムを獲得することができます」
「お約束のやつですね。何にしようかな」
「こちらのカタログからお選びください。1名につき500ポイント、お父様がファミリープランをご希望されたのでご家族3名共有で、計1500ポイントの中からお選びいただいております」
そう言って女神様は辞書みたいに分厚い書物を取り出した。このサイズでカタログと呼ぶには無理があろう。
そして、なんなんだそのスマホのデータシェアみたいなプラン設定は。まぁ何はともあれ、でかしたぜ父さん。
「で、あと何ポイントですか?」
「水谷様の残りは、90ポイントです」
「は? どうして?」
「お母様が500ポイントのスキル、お父様が910ポイントの聖魔剣をお選びになられたからです」
「おい待て、母さんはピッタリ一人分だからいいとして、なんだそれ。シェアする気ないだろ!」
「私も勧告したのですが、家族共用にするから超最強のこれでいいとおっしゃっていまして……」
「俺も選べなきゃ意味ないだろ、なに考えてるんだ全く! 90ポイントだけでなにができるんだよ」
一体どれにすればいいんだ…………。
だめだ、【手配度を下げる】100ポイントとか、使いどころが意味不明なスキルもあるし、数が多すぎて選べない。検索機能が欲しい。ポイントも足りん。
「女神様ってかわいいですよね」
「褒めても何も出ませんよ?」
ちっ。
「特別に、追加で10ポイント差し上げます」
ちょろっ。
女神様は両手を頬に当てて嬉しそうにしていた。
これで90+10=100、切りのいいポイントになった。
「こちらのスキルはいかがでしょうか? 賢者の目。ぴったり100ポイントですよ」
「石ではなく賢者の目? 一体どんな効果なんですか?」
「目に負荷がかかるので多用は禁物ですが、視認した対象のレベル、スキル、状態異常、職業、所持物などのありとあらゆるステータスを見ることができます」
「なるほど、鑑定系ですか」
既に強力な武器はあるわけだし、サポートスキルとしてちょうどいいかもしれない。
それにスキルなら嵩張らない上に、目立つこともない。負荷がかかるというデメリットはあるようだが、死神と契約して寿命が半分になったりする訳では無いから問題ないだろう。
「では、賢者の目をお願いします」
「承知しました。スキル【賢者の目】を付与いたします」
「それでは転生を開始いたします。そのままじっとしていてください」
やはり、100年間もこの仕事を務めているだけあって段取りがいい。女神様は今までもこうやってテキパキと仕事をこなしてきたのだろう。
そして、これからもずっと。
一つ気になってしまった。
「あの、失礼だとは思いますが、最後に1つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「ずっとここにいて退屈ではないんですか?」
もっと他に聞き方があっただろうに、上手く言葉を選べなかった。
おそらく心のどこかで、疑っていたのだ。
本当は、こんな場所で下等生物である人間のために仕事をして、気怠いと思っているのではないか、人間を見下しているのではないか、と。
「いいえ、退屈だとは思いません。私は人間が大好きです。人間の魂を導くという役目に誇りを持っています。ここを任されるということは、私にとって、とても光栄なことなのです。それに読み物には困りませんから」
女神様は一呼吸おいて続けた。
「ですが……いつか下界を直接この目で見てみたい、触れてみたい、とは思いますけどね」
「見に行けないんですか?」
「はい。ここを任された女神ですから」
女神様は微笑んだ。少しだけ切なそうに。
最低だ、俺。
「水谷様、下界での暮らしはいかがでしたか?」
「難しい質問ですね……。騒がしくて、忙しくて、周りの期待に答えるのに必死で、自分の意思で何かを成し遂げることができませんでした。そんな生活に疲れちゃったしあまりいい思い出はなかったけど、もう二度と戻りたくないっていうのは嘘になりそうです。なんでですかね……」
俺の失礼な問にも丁寧に答えてくれた女神様のために、俺なりに精一杯話した。
できれば元の世界でやり直したかった。でももう振り返らない。
新しい場所で人生をやり直してみせる。
「貴重なお話をありがとうございました。では……」
女神様が両手を広げた。
床が緑色に発光し、巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「それでは、いってらっしゃいませ水谷様」
ここで女神様と話したことを忘れずにいよう。
もし再び、ここに来ることがあったら、俺が見た新しい世界の話を女神様にしてあげたい。
「俺、あなたのこと忘れません。いつかまた! あなたに……」
俺は光に包まれた。
夢の異世界生活が今、幕を開ける!
次回、『転生失敗』
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