女神同棲 〜転生に失敗しましたが、美人で清楚な”女神様を拾った”ので、甘々な新築生活を目指します!〜

杜田夕都

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第10話 初仕事

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 柿本さんは面食らっている様子だったが、やわらかな声で、

「それは大変だったね。話せる範囲でいいから、事情を教えてくれないかな?」

 と、俺のことを気遣ってくれた。普通なら、ここで追い出されていてもおかしくないのに。

『取り繕わずにありのままの姿で臨めば、きっと大丈夫です! 応援しています!』という言葉が脳裏をよぎる。
 俺は転生のことは控えつつ、話せるかぎりのことを話した。
 少し前までは戸籍があったこと。戸籍を再取得する意思があること。家族はおらず、山田さんの公園で生活していること。そして、ある人を養っていかなくてはいけないこと。
 
 柿本さんは黙って俺の話を聞いてくれた。
 そして、噛み締めるようにぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「打ち明けてくれてありがとう。私もね、昔、苦労した時期があったんだ。当時は山田さんに世話をしてもらったんだよ。あの人がいなかったら、今の私はここにはいない。だから、次は私が困っている人の助けになるって決めていたんだ。今が、その時のようだ」
「え?」

 思わず声を漏らす。俺は働けないはずだから。
 加えて、柿本さんは驚くべき言葉を告げた。

「1ヶ月の日雇いとして働くことを許そう。もちろん条件付きだけどね」
「本当ですか!? でも、手続きにマイナンバーが必要だってさっき……」
 
 それに、条件という言葉が引っかかる。
 
「手続きっていうのは労働保険の一部と社会保険のことで、社員の4分の3以上の労働日数で、週20時間以上を1ヶ月に渡って雇用した場合に加入しなくちゃいけないものなんだ。逆を言えば、これを満たさない日雇いであれば加入する必要がない。つまり、君のマイナンバーが必要なくなる」

 日雇い! その手があったのか。

「それ以外に必要な手続きはないんですか?」
「マイナンバー以外だと、労働者名簿や労災保険があるけど、これらは君から徴収する物はなにもないよ」

 つまり、日雇いの一ヶ月以内の労働であれば、戸籍のない俺でも働ける!
 答えは決まっている。

「柿本さん、ありがとうございます! 1ヶ月間よろしくお願いします!」

 俺は立ち上がって頭を下げた。
 目頭が熱くなる。
 セラフィーラさん、俺、仕事決まったよ。


 ◇


 真新しい作業着に身を包み、分厚い業務マニュアルを読み込む。
 はい、お察しの通り、採用当日から働くことになりました。
 セラフィーラさんに促されて早めに床に就いていなければ、疲労困憊で力尽きていたかもしれない。まぁ、寝付くことはできなかったので睡眠不足ではあるけれども。

 人生初仕事でかなり緊張しているが、とにかくマニュアルを覚えることに集中する。暗記科目は大の得意だ。
 
 本日の施工は左官工事。
 左官工事とは、コテを使って壁や床などの塗り上げを行う工事のこと。
 未経験者の俺には先輩社員の1人がついて指導してくれるとのことだが、どんな人だろう。ここはベタに強面マッチョな男前を想像してみる。

 「おはようございまーす!」

 青年が威勢よく事務所に入ってきた。
 髪は茶髪で、俺より1、2歳ほど年上に見えた。
 ちょっとチャラそう。マッチョではなかった。

「おはよう、たちばなくん。この子が今日からうちで働くことになった水谷くん。今日の施工は研修も兼ねて二人でお願いしたんだ」
「まじすか!? ずいぶん急っすね」

 柿本さんが俺を手招きする。

水谷颯人みずたにはやとです。よろしくお願いします!」

「とうとう俺も先輩かぁ。よっしゃ、俺が一から叩き込んでやるからな。俺は橘裕司たちばなゆうじ、よろしく頼むぜ。俺のことは橘先輩と呼ぶように!」
「力仕事は初めてらしいから優しくしてあげてね」

 橘先輩は飲み込みが早かった。
 そそくさと作業着に着替え、俺を現場へ連れ出した。
 今日の現場は住宅街の新築の一軒家。この家の外壁の左官工事を行う。
 
「こういうのは、覚えるより慣れだぜ慣れ」

 橘先輩は、マニュアルと睨めっこしている俺を一喝し、セメントと砂の袋を持ってこいと指示をよこした。
 これらを水と一緒にバケツへ入れて練り混ぜ、モルタルという左官材料を作るのだ。

 左官工事には、下地塗り、中塗り、上塗りという3つの工程がある。
 工程に応じて混合比率も違うとのことで、モルタルの調合は橘先輩が行った。

「今日俺たちがやるのは、上塗り。上塗りが一番簡単だから、そんな心配そうな顔すんな」

 そう諭されながら俺は、調合したモルタルを塗り込まれた板とコテを渡された。

 橘先輩の見様見真似でコテを使って外壁にモルタルを塗り込む。
 モルタルが足りなくなったら、バケツから補充して、板にのせてまた塗る。その繰り返し。
 下地と中塗りがしっかりしているおかげか、初めての俺でもなんとか形にすることができた。が、必ず手直しをされる。
 
 一見地味な作業ではだったが、心が充実している。これが ”やりがい” なのだろう。
 
 12時を過ぎ工事に区切りがついたので、お昼休憩に入った。
 
「あれ、ハヤトは昼飯ないんか?」

 橘先輩がコンビニ弁当の蓋を開けながら、問いかけてきた。
 当然のことだが、昼食は持ってきていない。

「はい、実は今無一文で……」
「しゃーねーな、今日だけ俺が奢ってやるよ」

 橘先輩は手元の鞄から財布を取り出した。
 
 「いや、でも……。ありがとうございます」
 
 空腹には逆らえなかった。
 俺は、橘先輩から千円札をありがたく受け取り、コンビニへ向かおうとした。

「なー、あそこの外国人さん。めっちゃ美人じゃね?」
 
 橘先輩の声で、道路脇に目を向ける。

 おしとやかに佇んだ人影が、視界に入った。
 純白の生地とブロンドの髪が風になびいている。
 
「ん? なんでこっちに手振ってんだ?」
 
 橘先輩が小首をかしげる。
 その人は、こちらと目があったと分かるや否や、振りながらこちらへゆっくりと歩み始めた。
 そして「ちょっと声掛けてみようかな」と呟いた橘先輩を素通りし、唖然とする俺へ、手提げを持ち上げながら、満面の笑みで一言。

「ふふっ来ちゃいました!」
「来ちゃいました!?」
「え、お前、リア充だったのか!? どういうことだ! 説明しろ!」

 そこで初めて「はやとさんのお食事に、毎度ご一緒してもよろしいでしょうか?」という言葉を思い出した。
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