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第34話 旅の終わりとアパート同棲

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 私には従兄弟がいる。
 そう言われて育ってきた。

 一人っ子で、兄弟というものに憧れていた私は、半年に一度だけ届く、従兄弟の成長した姿を心待ちにしていた。

 従兄弟に対する思いは、だんだんと大きくなっていった。
 甘える存在がほしい。
 会いたい。話したい。お兄ちゃんと呼びたい。

「まだかな……」

 半年の節目に写真が送られてこなかった。
 毎日ポストを確認したが、写真は入っていない。忙しくて遅れているのだろうか。

 ほどなくして、テレビによく知る顔が映し出された。
 隕石が民家に墜落したという大事件だった。
 
 どうして……そう思った。信じられなかった。
 皮肉なことにテレビで兄の名前を初めて知った。

 一ヶ月以上、意気消沈した。

 いい加減に、立ち直らなくてはいけない。
 私は、母に頼み込み、兄の四十九日に花束を備えた。

 兄は生きていた。

 私は思わず「お兄ちゃん!?」と叫んでしまった。

 しかし、兄、いや颯人さんは一人ではなかった。
 ブロンドヘアの綺麗な女の人と一緒だった。
 女神様って言葉がよく似合うと思う。

 私の付け入る隙はなさそうだった。

 それでも、颯人さんともっと話したい。もっと仲良くなりたい。
 私は夕食の配膳を名乗り出た。

 私のことを褒めてくれた。お礼を言ってくれた。

 舞い上がった私は勇気を振り絞って、連絡先を聞いた。

「ごめん、俺、スマホもパソコンも持ってないんだよね……。家電とかもなくて」

 嘘をつかれた。

 颯人さんは、私のことなど眼中になかったのだ。

 それでも、少しでも長く一緒にいたい。
 そう考えた私は、戸籍の取得についていった。

「今度こそ行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ!」
「行ってらっしゃい……」

 祖父、母、颯人さんを役場に見送った私は、セラフィーラさんと二人きりになった。
 
 気まずい時が流れる。
 自販機のジュースを買ったり、役場の周りをふらふらと歩いて誤魔化した。

「何か言いたいことがあるのでしょうか?」

 えっ、見透かされている。

「言いたいこと、というか聞きたいことが……」
「何でもお聞きください!」

「颯人さんの戸籍が戻ったら、お二人は結婚するんですか?」
「いえ、そうとはお聞きしていませんね」

 釈然としない。

「セラフィーラさんは、颯人さんと結婚したいですか?」
「……申し訳ございません。私、勉強不足でして、まだ、よく分かっていないのです」
「あっ、すみません」

 二人のペースで進めているのに、私なんかが口を出しするなんて、おこがましい。

 そうだ、颯人さんはダメだったけど、せめて、セラフィーラさんと連絡先を。

「あ、あの、セラフィーラさん、SNSか何か交換しませんか?」
「SNSとは何でしょうか?」
「あっ、えっと、スマホの連絡が取れるアプリ? ソーシャル、ソーシャルなんだっけ」
「申し訳ございません。私、スマートフォンと呼ばれるものを触ったことがありません」

 え!?!? 嘘にしては大袈裟すぎる。

「代わりに颯人さんのご連絡先を、と言いたいところですが、現在、颯人さんもお持ちではないのです……」

 セラフィーラさんの顔は本当っぽい。
 そっか、颯人さんは、ほんとにスマホ持ってなかったんだ。ホッとした。

「でも、スマホもなしにどうやって生活するんですか?」
「どう、と言われましても……。公園の段ボールテントで同棲しておりました」
「ホームレスじゃないですか!!! それ、同棲って言うんですか? 作品タイトル破綻してません!??」
「ホームレスとも、言うそうですね」

 セラフィーラさんは、どうしてそんなに落ち着いていられるんだろう。
 私は、セラフィーラさんにたくさん質問した。

 薪割りをした話、二人で台風を凌いだ話、一緒に料理をした話、初めて缶ジュースを飲んだ話。
 どう考えても、限界生活なのに、それらをとても楽しそうに語っていた。

 セラフィーラさんは、私たちが見過ごす何気ないことにも、幸せを見出している。
 きっと颯人さんは、セラフィーラさんのこういう面に惹かれたのだろう。

 こうなった経緯はよくは分からないけど、二人を応援したいと思った。
 幸せになってほしいと思った。

 私は、自分の思いを明かした。
 人に相談したのは、初めてだった。

「はやとさんなら、きっと許してくれます」

 と、セラフィーラさんは背中を押してくれた。


 
 ◇


 隕石に当たって死に、転生して女神、セラフィーラさんと同棲することになったはいいが、戸籍なしのホームレス生活。
 一度死んで、戸籍がないから何もできない。
 あげくの果てに、異世界から転移してきた女騎士に命を狙われる始末。
 セラフィーラさんが発見した、戸籍を再取得できる認定死亡制度に縋って故郷の岐阜に戻り、楓さんたちと出会った。

 ついに! この日が来た!!
 セラフィーラさん、山田さん、柿本社長、橘先輩、エリス、佐曽利家のみんな、俺を支えてくれた全員に感謝だ!

「お待たせしました!」

 セラフィーラさんは、手を握って固唾を飲んで見守る。

「はやとさん、結果はいかがでしたか?……」

「戸籍が……復活しました!!!」
「おめでとうございます!!」

 セラフィーラさんと楓さんと飛び跳ねて喜び合った。
 人目なんか気にならない。
 ようやく自由だ!!

「いろんな手続きをしたけど、どの担当の人もびっくりしてたね」

 月江さんは苦笑している。
 祖父と月江さんは俺が水谷颯人 本人だという証人になってくれた上に引越しに必要な手続きを手伝ってくれた。

「みなさん、本当にありがとうございます!」

 その後は、戸籍復活祝いとしてみんなで飯を食べた。

 ひとしきり騒いで、このまま佐曽利家の一員になってしまいたいくらいだが、柿本さんたちにしっかり恩返しをするためには、東京に帰らなくてはいけない。

 あっという間に帰りのバスの時間になってしまった。

「それじゃあ、みなさん。本当にお世話になりました」

 セラフィーラさんと二人で頭を下げた。

「こっちこそ楽しかったよ。また来てね」

 なんてあったけぇ家族なんだ。

「楓様」

 セラフィーラさんが、声をかけると、楓さんはハッとした表情を浮かべる。
 手続きで待ってもらっている間に親睦を深めてくれたらしい。

「あ、あの、颯人さん」
「どうしました?」
「颯人さんのこと、えっと、最初みたいに、お兄ちゃん、って呼んでもいい?」

 お、お兄ちゃん!!!!?
 でも、よくよく考えたら、俺って万年一人っ子で姉とか妹に憧れがあったんだよな……。
 
「え、えーと、俺なんかでよければ……。じゃあ、俺は楓ちゃん、って呼んでもいいかな?」

「うん!! お兄ちゃん!」

 楓ちゃんの満面の笑みが可愛らしかった。

「勇気を出してよかったですね。楓様!」

 え、俺じゃなくて、楓さんに? ちょっと妬けるな……。


 ◇


 帰宅後の佐曽利家にて。

「おじいちゃん、お母さん」
「なになに、改まってどうしたの?」
「私……東京の高校に行きたい。東京の高校を受験する!」
「ええええぇぇ!!!?」


 ◇

 
 佐曽利家のみんなに別れを告げた俺たちは、バスターミナルでお土産を買い漁った。お土産はセラフィーラさんのチョイスだ。

「大荷物になってしまいました」
「そうですね、ちょっと荷物だけでも先にバスに入れられないか、相談してきましょうか」

 俺はバスのチケットを取り出して、バスの番号をかくに……。

 あ。

 浮かれてた。

「セラフィーラさん……」
「はぁい?」

「このチケットのバス......昨日のバスでした……」
「た、た、大変です!! どどどどうしましょう!!」

 セラフィーラさんと慌てふためいた。
 そうだ、そもそも日帰りでサクッと戸籍を取得して帰る予定だったことを忘れていた......。

「と、とりあえず、二人分の新しいバスの座席を、やばい。金が足りない」
「私を担保にしたらお金が借りれるのではないでしょうか?」
「そんな人質制度ありませんよぉ。あぁ、どうしよう」

 感動的な別れをしたが、恥を忍んで佐曽利家のみんなに助けを求めてもう一泊するか……。でも柿本建設の仕事もあるし……。

「はやとさん、一つだけ手段がございます」
「え?」
「また、目立ってもよろしいでしょうか?」
「ま さ か !?」

 
 ◇


「スゲェ!! 本当に飛んでますよ!!」
「ふふふ、安心安全、空の旅です」

 俺たちは今、上空を優雅に飛んでいる。
 俺の体は、魔法によって浮いている状態だ。セラフィーラさんは翼を広げ、手を繋いだ俺をエスコートしている。
 セラフィーラさんに抱き抱えられるキメラアントスタイルではないので、絵面的には大丈夫そうだ。
 
「はやとさん」
「どうしました?」
「私に、下界を見せてくださり、本当にありがとうございます」
「はい。どういたしまして」

 遠くに見えるのは、行きのバスの中で話題に上がった富士山。

「下界は美しく、素晴らしく、幸せで溢れています。やっぱり、私は下界が大好きです。もっともっと下界を知りたいです!」

 190年間の間、天界に幽閉されていたセラフィーラさんの思いが滲み出ていた。

「はやとさん、これからも私にたくさんのことを教えてください! 経験させてください!」
「もちろんです!」
「約束ですよ!」
「はい、約束です!」

 こうして俺たちは旅を終え、東京で6畳1Kのアパートを借りた。
 新築、ではなかったが、これから俺たちの甘々同棲が幕を開けるのだ。

 山田さんとエリスから引越し祝い(ホームレス卒業祝い?)をもらった。

「もう戻ってくるなよ。いつでも戻って来い」

 と、山田さんから激励された。山田さんらしい、優しさを感じる言葉だった。


 ◇


 今日はアパート同棲初日。

「ここが私たちの帰る場所、なのですね......」
「はい」

 ようやくここまでこれた。

「これからの生活がとっても、楽しみです!」
 
 正直に言って、これまでの同棲は、ただの同居と同義だった。
 だから、俺はセラフィーラさんにきちんと告白して、想いを伝える。
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