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第1章「夢破れて、大根マスター」
第6話「故郷への旅路④…少女の憂い」
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※2020/05/27 書き直し
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窓の外を見ると辺り一面が薄暗く、邸宅の庭を朧げに照らすガーデンランプの灯りだけが頼りなく揺らめている。
マツバラの宿場の中にあって、一際目立つ大きな邸宅がある。
邸宅のバスルームからは光が漏れでて、アデラールが出会ったあの馬車の少女の姿が湯気で曇った窓に映っていた。
――昼間の戦闘は本当に危なかった。
少女はそう思いだすと身体が震えた気がした。
美しい銀髪を手櫛しながら、なんとなしに視線を泳がせてみるが気分は落ち着かない。
そんな気分を紛らわそうと浴室にやってきてみたが、昼間の出来事を思い出してしまい逆に気分が昂る。
或いはこのやたらと派手で、華美に過ぎる浴室がそう思わせるのか。
およそ浴室らしからぬ内装で慎ましさの欠片もない。
この邸宅の主はこんな小さな町に貴族の住むような屋敷を建てて何をしたいのか? 愚にもつかない考えに気を取られてはため息を吐く。
――もうだめかと思った。諦めようとも思った。もしあの方が現れなければ?
この少女にしてもコジュ街道には、幾つもの難所があるのを心得ている。だからこそ、配下の中でも熟練した腕前の者たちを選んで連れてきていた。
彼女が信頼する初老の従者ベルナルドは、剣術の達人であったがいくらなんでも敵の数が多すぎた。
あのような大勢の魔物の襲撃があるとは完全に予想外のことで、一時間ほど前にマツバラに到着後、負傷者の手当てに、宿場の代表への挨拶、今夜の宿の手配などの諸々を済ませようやく落ち着いたところだった。
だけど…どうにも落ち着かない。
「あの方は何者かしら?」
あれほどの術者ならばきっと名のある方でしょう。
でもわたくしには聞き覚えがありませんわね…アデラールさま…お父さまならご存知かしら?
この少女の名はルミエール・エラ・バルグート。親しい間柄の者からはルミエラと呼ばれている。
ルミエラの祖父は平民だったが、その生涯をひたすらに剣の鍛造に捧げる王宮の鍛冶師の一人だった。
王や王国の為に無数の剣を打ち続けたが、その中の二振りが世に類を見ない名剣だと絶賛され、ルミエラの祖父と共に今でも王国の歴史に名を刻んでいる。
そうした功績を賞したかった当時の国王の肝煎りで、伯爵の位を授かったバルグート刀剣伯爵家が誕生することになったが、伯爵家は名誉と爵位の他にカイユテとその周辺の領地も得ており、今回のルミエラの旅の目的地もその領地の一つであるリト村だった。
王室に仕える鍛冶師は大勢いるが、皆が爵位を得られるわけではない。
それだけ彼女の祖父が傑出した人物だったことが伺える。
ルミエラはある考えに頭を悩ませていた。
カイユテにある伯爵家の邸宅を昼過ぎに出てコジュ街道を馬車に揺られていた。
そんな時にあのリザードマンの集団に襲撃されたのだが…
グラスリザードは好戦的とはいえ、知能は高く、無謀な戦いで消耗するような魔物ではない。
辺鄙な田舎の街道とはいえ、大商人や、教会の巡礼団など、大勢の護衛を連れた人間だちだって行き来しているのだ。そんな集団に出会えばあの程度の魔物など逆に返り討ちにされている。
では何故、そんな無謀な行動を起こしたのか?
ルミエラは今回ある依頼を受けてリトを目指している。
もしかしたら…その依頼とグラスリザードたちの不可解な行動が繋がる気がしている。
今回の依頼はカイユテで執務を執る伯爵家の当主のもとに届いた。
ルミエラの父親で、2代目バルグート刀剣伯爵家の当主を務める男だ。
そんな彼女の父親のもとへ早馬の便りが届く。
それは数日前のことだった――
「伯爵さま、リトより急使が参りました。お通しになりますか?」
古株の従者ベルナルドが初老の白いひげを震わせてそう告げた。
「うむ、急ぎの用であろう。かまわん通せ」
ばたばたとした足取りで急使の男が執務室に入ると、ベルナルドに封のされた書簡を渡した後に伯爵に向かって一礼をして執務室を出て行く。
ベルナルドは軽く頭を下げた後にナイフで封を切ると書簡に目を通した。
「伯爵さま、リトの領主代行ファイルさまよりの救援依頼です。領内の森にてリトの村民の行方不明事件が頻発し、調査したようですがその調査隊も消息知れずになり、手にあまる案件の為、伯爵さまに助力を請いたいとのことです。」
リトの領主は6年前に王都より派遣されてきた気味の悪い男だった。
かつて伯爵に伴われたルミエラを舐めるような目つきでにやにやと見つめていた。そんなファイルをルミエラは気持ちが悪いと率直に感じた。
「さようか。ふむ、いまこの屋敷で手の空いてる者はおらぬぞ? 騎士を何名か派遣すれば良いか…」
この時の伯爵は如何にも面倒なことに巻き込まれたような、イライラした表情で執務を取る木製の机をトントンと叩きながら思案に暮れていた。
「既に領民にも被害が出ております。調査団の規模はわかりませんが正規の兵士も消息を絶っています。それなりの人選で、調査団を編成されたほうがよろしいかと愚考します。」
傍らに控える初老の男は年齢に見合わない精悍な顔つきをしている。
伯爵の意図を否定する意見を述べはしたものの、伯爵も彼の言いたいことは分かっている。だからこそ頭を悩ませているのだが、ようやくといった感じで根負けしたようにこう言った。
「ルミエラ…そなたも17だ。私の名代を務めても不足が無い年頃だろう? 王都での魔術の修行の成果を発揮する良い機会にもなるだろう」
伯爵はルミエラにこう告げた。
この2代目バルグート伯爵は初代伯爵のような鍛冶の腕前も無ければ、ルミエラのような魔術の資質も持ち合わせておらず、もっぱらカイユテにある邸宅で大勢いる召使いに命じて執務を取っている。
確かに伯爵自らが赴く案件ではないが、伯爵家にはルエミラ以外にも適任者は他にいた。
だがそれらの適任者ではなく、自分の娘を指名したのだ。
ルミエラ自身も少し信じられない様子で父親の話に耳を傾けていたが、敢えて父親に他の適任者をと意見をしたとしても黙殺されるだろうと思い口には出さなかった。
「はい、お父様がそう仰るのでしたら、ご意向に従いわたくしがリトまで参りましょう。」
そう言うと優雅に一礼をする。
すぐ隣のベルナルドもルミエラに向かって頷くと、今度は伯爵に向かって軽くお辞儀をして伯爵の意向に支持をするという意味合いの賛意を示した。
「うむ、期待しているぞ。ベルナルドを連れて行け、編成は好きにせよ」
―――
そうです。
今回の依頼はわたしくの貴族令嬢としての初仕事です。
手練れの騎士と召使いを連れて昨日、カイユテを発ったのです。危うく初仕事で全滅という失態を晒し、お父さまと伯爵家の名声に傷をつけることになるところでしたが…
いいえ、そうではなく、わたくしを守るために一緒についてきてくれた者たちを死なせてしまうところでした。
魔力が尽きたあの時、もうダメだ、もう終わってしまう。何度もそう思いました…
わたくしの命運はここで尽きるのだと。
でもあの瞬間に突然、巻き起こった業火は辺りを覆い尽くして、魔物の一団を消し炭に変えてしまいました。
いまでも鮮明に覚えていて、頭から離れようとはしない…
「私は魔法の詠唱をしていません」
あの時、アデラールさまはこう…おっしゃった。
まさか無詠唱だったとでも?
簡単な初級魔法を無詠唱というのならまだわかりますけど…
しかしプロミネンスは中級の火炎属性魔法です。しかも中級では最も高難度です。
それを無詠唱で行使したと言うのですか?
そうだとしたらわたくしは、滅多にいない魔術の達人に出会ったことになります。
あの方、アデラールさまは何かの意図があって力の存在を隠していると?
そうでなければあの方の言う魔法の適性が無いという話は誤りです。間違っています。
そのことは、わたくしたちが今も存命であることが何よりの証です。
今回の依頼は一筋縄ではいかない気がしてきましたが…
もしアデラールさまの助力を得ることが出来れば本当に有難いことです。
ですが、無理強いはできませんし…
わたしくと家人の命を救って頂いてあの程度のお礼では申し訳が立ちません。
いずれきちんとお礼をしないといけませんね。
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2020/05/27 加筆修正
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※2020/05/27 書き直し
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窓の外を見ると辺り一面が薄暗く、邸宅の庭を朧げに照らすガーデンランプの灯りだけが頼りなく揺らめている。
マツバラの宿場の中にあって、一際目立つ大きな邸宅がある。
邸宅のバスルームからは光が漏れでて、アデラールが出会ったあの馬車の少女の姿が湯気で曇った窓に映っていた。
――昼間の戦闘は本当に危なかった。
少女はそう思いだすと身体が震えた気がした。
美しい銀髪を手櫛しながら、なんとなしに視線を泳がせてみるが気分は落ち着かない。
そんな気分を紛らわそうと浴室にやってきてみたが、昼間の出来事を思い出してしまい逆に気分が昂る。
或いはこのやたらと派手で、華美に過ぎる浴室がそう思わせるのか。
およそ浴室らしからぬ内装で慎ましさの欠片もない。
この邸宅の主はこんな小さな町に貴族の住むような屋敷を建てて何をしたいのか? 愚にもつかない考えに気を取られてはため息を吐く。
――もうだめかと思った。諦めようとも思った。もしあの方が現れなければ?
この少女にしてもコジュ街道には、幾つもの難所があるのを心得ている。だからこそ、配下の中でも熟練した腕前の者たちを選んで連れてきていた。
彼女が信頼する初老の従者ベルナルドは、剣術の達人であったがいくらなんでも敵の数が多すぎた。
あのような大勢の魔物の襲撃があるとは完全に予想外のことで、一時間ほど前にマツバラに到着後、負傷者の手当てに、宿場の代表への挨拶、今夜の宿の手配などの諸々を済ませようやく落ち着いたところだった。
だけど…どうにも落ち着かない。
「あの方は何者かしら?」
あれほどの術者ならばきっと名のある方でしょう。
でもわたくしには聞き覚えがありませんわね…アデラールさま…お父さまならご存知かしら?
この少女の名はルミエール・エラ・バルグート。親しい間柄の者からはルミエラと呼ばれている。
ルミエラの祖父は平民だったが、その生涯をひたすらに剣の鍛造に捧げる王宮の鍛冶師の一人だった。
王や王国の為に無数の剣を打ち続けたが、その中の二振りが世に類を見ない名剣だと絶賛され、ルミエラの祖父と共に今でも王国の歴史に名を刻んでいる。
そうした功績を賞したかった当時の国王の肝煎りで、伯爵の位を授かったバルグート刀剣伯爵家が誕生することになったが、伯爵家は名誉と爵位の他にカイユテとその周辺の領地も得ており、今回のルミエラの旅の目的地もその領地の一つであるリト村だった。
王室に仕える鍛冶師は大勢いるが、皆が爵位を得られるわけではない。
それだけ彼女の祖父が傑出した人物だったことが伺える。
ルミエラはある考えに頭を悩ませていた。
カイユテにある伯爵家の邸宅を昼過ぎに出てコジュ街道を馬車に揺られていた。
そんな時にあのリザードマンの集団に襲撃されたのだが…
グラスリザードは好戦的とはいえ、知能は高く、無謀な戦いで消耗するような魔物ではない。
辺鄙な田舎の街道とはいえ、大商人や、教会の巡礼団など、大勢の護衛を連れた人間だちだって行き来しているのだ。そんな集団に出会えばあの程度の魔物など逆に返り討ちにされている。
では何故、そんな無謀な行動を起こしたのか?
ルミエラは今回ある依頼を受けてリトを目指している。
もしかしたら…その依頼とグラスリザードたちの不可解な行動が繋がる気がしている。
今回の依頼はカイユテで執務を執る伯爵家の当主のもとに届いた。
ルミエラの父親で、2代目バルグート刀剣伯爵家の当主を務める男だ。
そんな彼女の父親のもとへ早馬の便りが届く。
それは数日前のことだった――
「伯爵さま、リトより急使が参りました。お通しになりますか?」
古株の従者ベルナルドが初老の白いひげを震わせてそう告げた。
「うむ、急ぎの用であろう。かまわん通せ」
ばたばたとした足取りで急使の男が執務室に入ると、ベルナルドに封のされた書簡を渡した後に伯爵に向かって一礼をして執務室を出て行く。
ベルナルドは軽く頭を下げた後にナイフで封を切ると書簡に目を通した。
「伯爵さま、リトの領主代行ファイルさまよりの救援依頼です。領内の森にてリトの村民の行方不明事件が頻発し、調査したようですがその調査隊も消息知れずになり、手にあまる案件の為、伯爵さまに助力を請いたいとのことです。」
リトの領主は6年前に王都より派遣されてきた気味の悪い男だった。
かつて伯爵に伴われたルミエラを舐めるような目つきでにやにやと見つめていた。そんなファイルをルミエラは気持ちが悪いと率直に感じた。
「さようか。ふむ、いまこの屋敷で手の空いてる者はおらぬぞ? 騎士を何名か派遣すれば良いか…」
この時の伯爵は如何にも面倒なことに巻き込まれたような、イライラした表情で執務を取る木製の机をトントンと叩きながら思案に暮れていた。
「既に領民にも被害が出ております。調査団の規模はわかりませんが正規の兵士も消息を絶っています。それなりの人選で、調査団を編成されたほうがよろしいかと愚考します。」
傍らに控える初老の男は年齢に見合わない精悍な顔つきをしている。
伯爵の意図を否定する意見を述べはしたものの、伯爵も彼の言いたいことは分かっている。だからこそ頭を悩ませているのだが、ようやくといった感じで根負けしたようにこう言った。
「ルミエラ…そなたも17だ。私の名代を務めても不足が無い年頃だろう? 王都での魔術の修行の成果を発揮する良い機会にもなるだろう」
伯爵はルミエラにこう告げた。
この2代目バルグート伯爵は初代伯爵のような鍛冶の腕前も無ければ、ルミエラのような魔術の資質も持ち合わせておらず、もっぱらカイユテにある邸宅で大勢いる召使いに命じて執務を取っている。
確かに伯爵自らが赴く案件ではないが、伯爵家にはルエミラ以外にも適任者は他にいた。
だがそれらの適任者ではなく、自分の娘を指名したのだ。
ルミエラ自身も少し信じられない様子で父親の話に耳を傾けていたが、敢えて父親に他の適任者をと意見をしたとしても黙殺されるだろうと思い口には出さなかった。
「はい、お父様がそう仰るのでしたら、ご意向に従いわたくしがリトまで参りましょう。」
そう言うと優雅に一礼をする。
すぐ隣のベルナルドもルミエラに向かって頷くと、今度は伯爵に向かって軽くお辞儀をして伯爵の意向に支持をするという意味合いの賛意を示した。
「うむ、期待しているぞ。ベルナルドを連れて行け、編成は好きにせよ」
―――
そうです。
今回の依頼はわたしくの貴族令嬢としての初仕事です。
手練れの騎士と召使いを連れて昨日、カイユテを発ったのです。危うく初仕事で全滅という失態を晒し、お父さまと伯爵家の名声に傷をつけることになるところでしたが…
いいえ、そうではなく、わたくしを守るために一緒についてきてくれた者たちを死なせてしまうところでした。
魔力が尽きたあの時、もうダメだ、もう終わってしまう。何度もそう思いました…
わたくしの命運はここで尽きるのだと。
でもあの瞬間に突然、巻き起こった業火は辺りを覆い尽くして、魔物の一団を消し炭に変えてしまいました。
いまでも鮮明に覚えていて、頭から離れようとはしない…
「私は魔法の詠唱をしていません」
あの時、アデラールさまはこう…おっしゃった。
まさか無詠唱だったとでも?
簡単な初級魔法を無詠唱というのならまだわかりますけど…
しかしプロミネンスは中級の火炎属性魔法です。しかも中級では最も高難度です。
それを無詠唱で行使したと言うのですか?
そうだとしたらわたくしは、滅多にいない魔術の達人に出会ったことになります。
あの方、アデラールさまは何かの意図があって力の存在を隠していると?
そうでなければあの方の言う魔法の適性が無いという話は誤りです。間違っています。
そのことは、わたくしたちが今も存命であることが何よりの証です。
今回の依頼は一筋縄ではいかない気がしてきましたが…
もしアデラールさまの助力を得ることが出来れば本当に有難いことです。
ですが、無理強いはできませんし…
わたしくと家人の命を救って頂いてあの程度のお礼では申し訳が立ちません。
いずれきちんとお礼をしないといけませんね。
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2020/05/27 加筆修正
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