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第1章「夢破れて、大根マスター」
第7話「故郷への旅路⑤…ルミエラの頼み」
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※2020/05/27 書き直し
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山の稜線から朝陽が差し込むと眩しさに思わず目を細める。
朝露に濡れた風が冷たく吹くと、夜明けにはまだ目が覚めるほどの寒気が思考をたちまちすっきりさせていく。
アデラールはベッドから起き上がると、心地よい目覚めに身体の疲れがすっかり取れていた。
こんなに満足した気持ちになったのは一体いつぶりだろうか。
柔らかいベッドに清潔なシーツ、こんなに行き届いた寝床はずいぶんと久しぶりかもしれない。
ぼーっとした頭で、なんとなしにそんなことを考えていた。
或いはこのままどこへなりと好きな場所まで旅をして、勝手気ままに生きるのも悪くはない。
昨日の昼間の出来事が、彼にそのような自由な行動を選択する余裕を与えた。
――自由に生きる? そんなこと考えたこともなかった。
自由を為す代価…
そう思ってアデラールは懐から例の革の袋を取り出し中身を確かめる。
ぎっしり詰まった中身をテーブルの上に空けてみると、"ざらら"と硬貨が広がった。そして最後に赤色と緑色の宝石が転がり落ちてくる。
広がった硬貨を種類別に分け、硬貨の山の隣に宝石を2つ並べてみる。
――これでは多すぎるな…
大して物の役にも立っていない自分に渡されたお礼の品物が、金貨8枚に銀貨38枚。加えて宝石にも価値がありそうに見える。中身の多さにアデラールは困惑してしまった。
しかし、何の理由もなく贈り物を突っ返されたとあっては、相手の機嫌を損ねかねない。
不本意ではあるが運が良かったと思って受け取っておこう。アデラールはそう思うことにしてテーブルの上の財貨を戻してから、袋の口をそっと閉じた。
あの馬車の少女も昨夜はこの町で宿を取った様子だった。
もしかしたら出発の時にでもまた会えるかもしれない。護衛の者たちには嫌な顔をされるだろうけど、もう一度きちんと礼をしておかないといけない。そして出来れば彼女の名を尋ねたい。
―――――
朝食にはまだ時間があるな。
ちょうどいい、散歩でもして気分を入れ換えてみるか。
宿場の朝は早い。
何かしらの作業をしている町の人々に、街道を行く旅人たち。馬車に荷物を詰め替える商人たち。
アデラールの他にもちらほらと人影が見受けられる。
夜の間にはよくわからなかったこの町の風景をただ眺めながら目的もなく歩き回る。これほどゆったりとした朝の時間を過ごすなど何年ぶりだろう。
今日はこの町でリトを通る辻馬車に乗らねばならない。
馬車ならアデラールの故郷までは、ほんの一日程度の距離だった。4年前に離れた故郷がいよいよ近づいてくると、懐かしさと入り混じって寂しい想いも沸いてきて複雑な気持ちになっている。
『ぐうう』と彼の腹が悲鳴をあげた。
――散歩はこの辺で切り上げて戻るか。
「お客さま、お帰りなさい!」
「このあたりは景色がきれいだな、こんな気持ちは久しぶりだ。」
「そうですか、それは良かったですね!」
獣人の少女が声を掛けてくる。
落ち着かない様子で彼女の耳は”ピン”と上を向き聞き耳を立てているようだった。
「お客様を訪ねてこられた方が、奥でお待ちですよ。」
「俺にか? そうか。」
心当たりは…無くはない。
というよりも、昨日のあの少女以外には有り得なかった。
「昨日はあなたさまのおかげで命拾いしました」
アデラールを待っていたのは、昨日見かけた白髪の従者だった。
用件の察しはついている。
高貴なお方が自分の従者を何の用事もなく差し向けたりはしない。
昨日のことで何か聞きたいことでもあるのだろう。
なにしろずいぶんと腑に落ちない様子だった。戯れにその疑問を解決しようとでも思ったのかもしれない。
「いえ、それより何かご用でしょうか?」
「お嬢さまが御用があると仰ってお呼びですが、少々お時間を頂けますか」
この従者とてアデラールよりは身分は上のはずだが、主人に似たのか懇切丁寧な物言いだ。
アデラールはあの少女の用事ならば、恐らく面倒なことにはならないと思い、白髪の従者の申し出を受けてみることにした。
アデラールとしても少女に興味を持ち始めていた。
「わかりました。朝食後で良ければ伺います」
「ありがとうございます。ご存知かもしれませんが、私共は町長の屋敷に逗留しておりますので」
白髪の従者は軽く頭を下げて宿屋を出て行った。
―――
昨夜のあの建物は町長の屋敷だったのか。
こう言ってはなんだがこの素朴で小さな田舎の町には不釣り合いだと思う。
「お嬢さま、アデラールさまがお見えになりました。」
白髪の従者が俺を中に通してくれた。
部屋には中年の小太りの男性と昨日の少女が居た。
小太りの男性は恐らく町長なのだろうが俺の身なりを見て、たちまち顔を顰める。
高貴なお嬢さまがなぜ、このようなみすぼらしい男に用があるのかと言わんばかりに呆れた顔をしている。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
凛とした涼やかなよく通る声で優しく微笑む。
まるで絹糸のように艶のある銀髪をひとつに束ねて肩にかけている。差し込む陽の光が反射してその白く美しい顔を際立たせていた。
「はい、久しぶりにゆっくり休めました。それよりお嬢さま改めて俺に何かお話しがあるとか?」
「ええ、アデラールさま、あなたさまはどちらまで参られるご予定ですか?」
予想外の質問内容にアデラールは彼女を不審に思ったが、答えないわけにも行かず当たり障りのない返答を返した。
「リトまで参ります。あの村は俺の故郷なので…」
彼の返事を聞いて少女は少し表情を明るくした。
「それはちょうど良いです。実はわたくしたちの旅の目的地もリトなのです。ある依頼を受けてその任務を達成するために旅をしています」
少女はにこやかに話を続けたが、それが却ってアデラールの心に猜疑心を植え付けた。
「なるほど、依頼というと領主さまのでしょうか。」
「ええ、わたくしの父がこのあたり一帯を治める領主で、リトはファイル殿が父の代わりに代官を務めております。今回、リトで事件が起きたのですが代官殿の手に負えず、父に依頼が届きました。わたくしが名代として派遣されたわけです。」
なるほど、とアデラールは思った。
リトの領主ならば大して努力をせずに他人に丸投げしたと聞かされても納得できる。
故郷の村を治めるファイルとは、そういう人間だった。
「それでお嬢さまは、俺に何をお求めでしょう?」
「お恥ずかしいことに人手が足りません。あなたさまはこういった荒事に慣れてもいるご様子ですし、良ければわたくしたちを手伝っていただけませんか?」
用件を聞かされてとりあえず疑う気持ちは晴れる。
だが、冒険者とは名ばかりの雑用でしかなかった自分にこのお嬢さまを助けることなどできるのか?
アデラールはこの申し出を受けるべきか迷ったが、貰いすぎた袋の中身のことを考えると出来る範囲で手伝うことくらいはしようと思った。
なにより故郷で事件が起きているということが気になってしまい、詳しく内容を知りたい気持ちがあった。
「お役に立てるとは思えませんが、行き先も同じですしお手伝いしましょう。」
「ありがとうございます。あなたの馬車はわたくしの方で手配しますので、こちらで出発までゆっくりしててください」
お嬢さまはすっと立ち上がると、軽くお辞儀をしてから更に言葉を続けた。
「申し遅れました、わたくしの名はルミエール・エラ・バルグートと申します。ルミエラと呼んでくださって結構です」
――この辺り一体の領主だと? このお嬢さまは何者だろう。
こんな王都にほど近い土地を治める者といえば、王族か、高位の貴族と言うのが常識で考えると妥当だった。
アデラールは高貴なお方だという認識はあったが、考えていたよりもずっと身分の高い方だったかもしれない。そう思うと身震いした。
――迂闊なことは言えないな。下手をしたら首が飛ぶ、彼女から見たら俺の存在など石ころと大差ない。
つい迂闊に申し出を引き受けてしまったが後の祭りだ。
この上は彼女とも、その護衛たちとも、必要以上には関わらないように気を付けたほうがいいだろう。
アデラールはそう思いながら、表から馬車の出発を告げる声を耳にして故郷の空に想いを馳せた。
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2020/05/27 加筆修正
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※2020/05/27 書き直し
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山の稜線から朝陽が差し込むと眩しさに思わず目を細める。
朝露に濡れた風が冷たく吹くと、夜明けにはまだ目が覚めるほどの寒気が思考をたちまちすっきりさせていく。
アデラールはベッドから起き上がると、心地よい目覚めに身体の疲れがすっかり取れていた。
こんなに満足した気持ちになったのは一体いつぶりだろうか。
柔らかいベッドに清潔なシーツ、こんなに行き届いた寝床はずいぶんと久しぶりかもしれない。
ぼーっとした頭で、なんとなしにそんなことを考えていた。
或いはこのままどこへなりと好きな場所まで旅をして、勝手気ままに生きるのも悪くはない。
昨日の昼間の出来事が、彼にそのような自由な行動を選択する余裕を与えた。
――自由に生きる? そんなこと考えたこともなかった。
自由を為す代価…
そう思ってアデラールは懐から例の革の袋を取り出し中身を確かめる。
ぎっしり詰まった中身をテーブルの上に空けてみると、"ざらら"と硬貨が広がった。そして最後に赤色と緑色の宝石が転がり落ちてくる。
広がった硬貨を種類別に分け、硬貨の山の隣に宝石を2つ並べてみる。
――これでは多すぎるな…
大して物の役にも立っていない自分に渡されたお礼の品物が、金貨8枚に銀貨38枚。加えて宝石にも価値がありそうに見える。中身の多さにアデラールは困惑してしまった。
しかし、何の理由もなく贈り物を突っ返されたとあっては、相手の機嫌を損ねかねない。
不本意ではあるが運が良かったと思って受け取っておこう。アデラールはそう思うことにしてテーブルの上の財貨を戻してから、袋の口をそっと閉じた。
あの馬車の少女も昨夜はこの町で宿を取った様子だった。
もしかしたら出発の時にでもまた会えるかもしれない。護衛の者たちには嫌な顔をされるだろうけど、もう一度きちんと礼をしておかないといけない。そして出来れば彼女の名を尋ねたい。
―――――
朝食にはまだ時間があるな。
ちょうどいい、散歩でもして気分を入れ換えてみるか。
宿場の朝は早い。
何かしらの作業をしている町の人々に、街道を行く旅人たち。馬車に荷物を詰め替える商人たち。
アデラールの他にもちらほらと人影が見受けられる。
夜の間にはよくわからなかったこの町の風景をただ眺めながら目的もなく歩き回る。これほどゆったりとした朝の時間を過ごすなど何年ぶりだろう。
今日はこの町でリトを通る辻馬車に乗らねばならない。
馬車ならアデラールの故郷までは、ほんの一日程度の距離だった。4年前に離れた故郷がいよいよ近づいてくると、懐かしさと入り混じって寂しい想いも沸いてきて複雑な気持ちになっている。
『ぐうう』と彼の腹が悲鳴をあげた。
――散歩はこの辺で切り上げて戻るか。
「お客さま、お帰りなさい!」
「このあたりは景色がきれいだな、こんな気持ちは久しぶりだ。」
「そうですか、それは良かったですね!」
獣人の少女が声を掛けてくる。
落ち着かない様子で彼女の耳は”ピン”と上を向き聞き耳を立てているようだった。
「お客様を訪ねてこられた方が、奥でお待ちですよ。」
「俺にか? そうか。」
心当たりは…無くはない。
というよりも、昨日のあの少女以外には有り得なかった。
「昨日はあなたさまのおかげで命拾いしました」
アデラールを待っていたのは、昨日見かけた白髪の従者だった。
用件の察しはついている。
高貴なお方が自分の従者を何の用事もなく差し向けたりはしない。
昨日のことで何か聞きたいことでもあるのだろう。
なにしろずいぶんと腑に落ちない様子だった。戯れにその疑問を解決しようとでも思ったのかもしれない。
「いえ、それより何かご用でしょうか?」
「お嬢さまが御用があると仰ってお呼びですが、少々お時間を頂けますか」
この従者とてアデラールよりは身分は上のはずだが、主人に似たのか懇切丁寧な物言いだ。
アデラールはあの少女の用事ならば、恐らく面倒なことにはならないと思い、白髪の従者の申し出を受けてみることにした。
アデラールとしても少女に興味を持ち始めていた。
「わかりました。朝食後で良ければ伺います」
「ありがとうございます。ご存知かもしれませんが、私共は町長の屋敷に逗留しておりますので」
白髪の従者は軽く頭を下げて宿屋を出て行った。
―――
昨夜のあの建物は町長の屋敷だったのか。
こう言ってはなんだがこの素朴で小さな田舎の町には不釣り合いだと思う。
「お嬢さま、アデラールさまがお見えになりました。」
白髪の従者が俺を中に通してくれた。
部屋には中年の小太りの男性と昨日の少女が居た。
小太りの男性は恐らく町長なのだろうが俺の身なりを見て、たちまち顔を顰める。
高貴なお嬢さまがなぜ、このようなみすぼらしい男に用があるのかと言わんばかりに呆れた顔をしている。
「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
凛とした涼やかなよく通る声で優しく微笑む。
まるで絹糸のように艶のある銀髪をひとつに束ねて肩にかけている。差し込む陽の光が反射してその白く美しい顔を際立たせていた。
「はい、久しぶりにゆっくり休めました。それよりお嬢さま改めて俺に何かお話しがあるとか?」
「ええ、アデラールさま、あなたさまはどちらまで参られるご予定ですか?」
予想外の質問内容にアデラールは彼女を不審に思ったが、答えないわけにも行かず当たり障りのない返答を返した。
「リトまで参ります。あの村は俺の故郷なので…」
彼の返事を聞いて少女は少し表情を明るくした。
「それはちょうど良いです。実はわたくしたちの旅の目的地もリトなのです。ある依頼を受けてその任務を達成するために旅をしています」
少女はにこやかに話を続けたが、それが却ってアデラールの心に猜疑心を植え付けた。
「なるほど、依頼というと領主さまのでしょうか。」
「ええ、わたくしの父がこのあたり一帯を治める領主で、リトはファイル殿が父の代わりに代官を務めております。今回、リトで事件が起きたのですが代官殿の手に負えず、父に依頼が届きました。わたくしが名代として派遣されたわけです。」
なるほど、とアデラールは思った。
リトの領主ならば大して努力をせずに他人に丸投げしたと聞かされても納得できる。
故郷の村を治めるファイルとは、そういう人間だった。
「それでお嬢さまは、俺に何をお求めでしょう?」
「お恥ずかしいことに人手が足りません。あなたさまはこういった荒事に慣れてもいるご様子ですし、良ければわたくしたちを手伝っていただけませんか?」
用件を聞かされてとりあえず疑う気持ちは晴れる。
だが、冒険者とは名ばかりの雑用でしかなかった自分にこのお嬢さまを助けることなどできるのか?
アデラールはこの申し出を受けるべきか迷ったが、貰いすぎた袋の中身のことを考えると出来る範囲で手伝うことくらいはしようと思った。
なにより故郷で事件が起きているということが気になってしまい、詳しく内容を知りたい気持ちがあった。
「お役に立てるとは思えませんが、行き先も同じですしお手伝いしましょう。」
「ありがとうございます。あなたの馬車はわたくしの方で手配しますので、こちらで出発までゆっくりしててください」
お嬢さまはすっと立ち上がると、軽くお辞儀をしてから更に言葉を続けた。
「申し遅れました、わたくしの名はルミエール・エラ・バルグートと申します。ルミエラと呼んでくださって結構です」
――この辺り一体の領主だと? このお嬢さまは何者だろう。
こんな王都にほど近い土地を治める者といえば、王族か、高位の貴族と言うのが常識で考えると妥当だった。
アデラールは高貴なお方だという認識はあったが、考えていたよりもずっと身分の高い方だったかもしれない。そう思うと身震いした。
――迂闊なことは言えないな。下手をしたら首が飛ぶ、彼女から見たら俺の存在など石ころと大差ない。
つい迂闊に申し出を引き受けてしまったが後の祭りだ。
この上は彼女とも、その護衛たちとも、必要以上には関わらないように気を付けたほうがいいだろう。
アデラールはそう思いながら、表から馬車の出発を告げる声を耳にして故郷の空に想いを馳せた。
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2020/05/27 加筆修正
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