神様の胃袋は満たされない

叶 青天

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1 ハヤシライス

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 ♢    ♢    ♢

 彼――椎堂 空(しいどう そら)は昴の同居人であり、二人は恋人だ。その関係性を加味するならば、同居人よりも同棲相手という言葉のほうが似合うのかもしれない。
 空と昴は幼少期からの幼なじみで、彼らが高校を卒業すると同時に交際と二人暮しが始まった。
(空くんと暮らし始めて……何年だろう、七年くらいかな)
 昴は帰宅して手を洗い、キッチンへ向かう。米びつからカップ二杯の米をザルに取り、水で軽く洗ってから炊飯釜に移した。目盛りをじぃと睨みながら水の量を測り、炊飯器に釜を戻す。
 昴はリビングに置かれたソファに腰掛けて天を仰ぐように背もたれに身体を預けて少し目を瞑った。
 二人が共に暮らし始めてから、料理を作るのは空が担当している。昴が料理を全く作れないということではないのだが、どんなに忙しくても空が作りたいと言うから、それを拒否する理由もないため頷いている。
 私立高校で教職をしている空は、学生の時分から出来ないことなんてないのでは? と思うほどに何でも完璧に出来ていた。本来なら仕事が忙しいであろう筈だが、その優秀さから殆ど残業をすることなく帰宅している。

 有名大学を卒業し安定した職に就いて、清く正しく働く空。
 片や高校卒業後からずっと本屋のアルバイトとして働く昴。
 
「……人として、差が出てるよなぁ」
「……ただいまー!」
 再び自己嫌悪の海にとぷりと沈み始めた昴の耳に、空が帰宅した声が届いた。重い身体を持ち上げて玄関まで向かうと、スーツ姿の空の顔が嬉しそうに綻んだ。
 昴に駆け寄ると、そのままぎゅうと抱擁する。
「昴くんっただいま!!」
「わっぷ……ちょっと、スーツがシワになるよ!」
「だって昴くんがいるから……いて良かったー」
「そりゃいるよ。一緒に住んでるんだから」
「待たせてごめんね、お腹空いたでしょ? 直ぐに作るね!
 お米炊いてくれてありがとう!」
 空の気の済むまで抱擁されて、ようやく開放された昴は少しよろけた。七年間も一緒に住んでいて、よく毎日毎日抱きついてくるなと少しだけ呆れてしまう。
 ジャケットを脱いで手を洗い、エプロンを身につけた空がキッチンに立つ。そこで炊飯器の保温ランプが光っていないことに気が付いた昴が声をあげた。
「……あ! ご、ごめん!! 炊飯の……スイッチ入れ忘れてた……」
「え? あはは、大丈夫! 直ぐ炊けるよ。むしろ吸水をしっかりしたから美味しいご飯になるね。そうしたら、作るおかずを三十分位かかるやつにしようかな……昴くん、手伝ってくれる?」
「う、うん。もちろん。……空くん、いつも上手く出来なくて……ごめんね……」
「全然! さあ、作ろうか!」
 泣きそうな昴の頭を優しく撫でて、空は炊飯器のスイッチを押してから冷蔵庫の扉を開ける。必要な材料を迷いなく取り出し準備をしていく。
 豚ロース、玉ねぎ、カットのトマト缶……
「トマト缶、KALDIのやつが安くて美味しいんだよね~」
 空は玉ねぎを皮付きのまま縦半分に切る。先端と芯の部分を三角形に切り取って、昴に渡した。剥きやすくなった皮をペロリと取り除き、再び空の元に戻す。皮の剥かれた玉ねぎは繊維と垂直に薄切りにされ、フライパンの中に入れられた。
「こうやって切ると、火を通した後も玉ねぎの食感が残るんだよね」
「空くんっていつから家庭科の先生になったの?」
「なってないなってない! 昴くん、目は痛くなってない? じゃあ玉ねぎを炒めていくよー」
 玉ねぎにオリーブオイルを回しかけ、火にかける。その間に豚肉を食べやすい大きさに切って、時折木べらで混ぜながら玉ねぎの縁が茶色く色付いて来たところで、玉ねぎを端に寄せて空いたところに豚肉を入れ塩コショウを振りかける。サッと炒めたらトマト缶、水一カップ、コンソメひとつを入れて二十分ほど強火で煮込んでいく。
 ――その時、風呂が沸いたことを伝える軽快な音楽が流れた。
「……いつの間にお風呂も準備していたの?」
「ん~手洗った時? じゃあ昴くんはお風呂入ってきてよ。出た時にご飯食べられるように準備しとくから!」
「あ、ありがとう……」
 言われるがままに風呂へと向かった昴は、のろのろと服を脱いで浴室へ入る。鏡に映る、前髪の長くヒョロりと痩せた姿は魅力の欠けらもない男の身体だと思った。髪と身体を洗い流し、温かい風呂にとぷんとつかる。
 じわり、じわりと裸の自分と湯が溶け合う感覚に、息を吐く。こんな時でも考えてしまうのは、空に甘え過ぎている自分への自己嫌悪だった。
「……かっこよくて、優しくて、料理上手で……空くんはなんで自分みたいな人間のそばにいてくれるんだろう」
 昔から何度も何度も考えては分からない答えに頭がぼんやりとする。
 空の隣にいると、いつも胸が温かくなる。
 自分のことを好きだと、愛していると伝えてくれる。
 それでも……その言葉の意味を考えてたどりつく昴なりの結論は『幼なじみだから』というものだ。
「自分は、空くんに、何ができるんだろう」
 空と同じく男の身体の自分が酷く疎ましく……せめて……自分が女性であれば。
 考えても無駄な現実に、腹の奥がきゅうと縮こまる心地になった。
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