3 / 20
1 ハヤシライス
⑵
しおりを挟む
♢ ♢ ♢
彼――椎堂 空(しいどう そら)は昴の同居人であり、二人は恋人だ。その関係性を加味するならば、同居人よりも同棲相手という言葉のほうが似合うのかもしれない。
空と昴は幼少期からの幼なじみで、彼らが高校を卒業すると同時に交際と二人暮しが始まった。
(空くんと暮らし始めて……何年だろう、七年くらいかな)
昴は帰宅して手を洗い、キッチンへ向かう。米びつからカップ二杯の米をザルに取り、水で軽く洗ってから炊飯釜に移した。目盛りをじぃと睨みながら水の量を測り、炊飯器に釜を戻す。
昴はリビングに置かれたソファに腰掛けて天を仰ぐように背もたれに身体を預けて少し目を瞑った。
二人が共に暮らし始めてから、料理を作るのは空が担当している。昴が料理を全く作れないということではないのだが、どんなに忙しくても空が作りたいと言うから、それを拒否する理由もないため頷いている。
私立高校で教職をしている空は、学生の時分から出来ないことなんてないのでは? と思うほどに何でも完璧に出来ていた。本来なら仕事が忙しいであろう筈だが、その優秀さから殆ど残業をすることなく帰宅している。
有名大学を卒業し安定した職に就いて、清く正しく働く空。
片や高校卒業後からずっと本屋のアルバイトとして働く昴。
「……人として、差が出てるよなぁ」
「……ただいまー!」
再び自己嫌悪の海にとぷりと沈み始めた昴の耳に、空が帰宅した声が届いた。重い身体を持ち上げて玄関まで向かうと、スーツ姿の空の顔が嬉しそうに綻んだ。
昴に駆け寄ると、そのままぎゅうと抱擁する。
「昴くんっただいま!!」
「わっぷ……ちょっと、スーツがシワになるよ!」
「だって昴くんがいるから……いて良かったー」
「そりゃいるよ。一緒に住んでるんだから」
「待たせてごめんね、お腹空いたでしょ? 直ぐに作るね!
お米炊いてくれてありがとう!」
空の気の済むまで抱擁されて、ようやく開放された昴は少しよろけた。七年間も一緒に住んでいて、よく毎日毎日抱きついてくるなと少しだけ呆れてしまう。
ジャケットを脱いで手を洗い、エプロンを身につけた空がキッチンに立つ。そこで炊飯器の保温ランプが光っていないことに気が付いた昴が声をあげた。
「……あ! ご、ごめん!! 炊飯の……スイッチ入れ忘れてた……」
「え? あはは、大丈夫! 直ぐ炊けるよ。むしろ吸水をしっかりしたから美味しいご飯になるね。そうしたら、作るおかずを三十分位かかるやつにしようかな……昴くん、手伝ってくれる?」
「う、うん。もちろん。……空くん、いつも上手く出来なくて……ごめんね……」
「全然! さあ、作ろうか!」
泣きそうな昴の頭を優しく撫でて、空は炊飯器のスイッチを押してから冷蔵庫の扉を開ける。必要な材料を迷いなく取り出し準備をしていく。
豚ロース、玉ねぎ、カットのトマト缶……
「トマト缶、KALDIのやつが安くて美味しいんだよね~」
空は玉ねぎを皮付きのまま縦半分に切る。先端と芯の部分を三角形に切り取って、昴に渡した。剥きやすくなった皮をペロリと取り除き、再び空の元に戻す。皮の剥かれた玉ねぎは繊維と垂直に薄切りにされ、フライパンの中に入れられた。
「こうやって切ると、火を通した後も玉ねぎの食感が残るんだよね」
「空くんっていつから家庭科の先生になったの?」
「なってないなってない! 昴くん、目は痛くなってない? じゃあ玉ねぎを炒めていくよー」
玉ねぎにオリーブオイルを回しかけ、火にかける。その間に豚肉を食べやすい大きさに切って、時折木べらで混ぜながら玉ねぎの縁が茶色く色付いて来たところで、玉ねぎを端に寄せて空いたところに豚肉を入れ塩コショウを振りかける。サッと炒めたらトマト缶、水一カップ、コンソメひとつを入れて二十分ほど強火で煮込んでいく。
――その時、風呂が沸いたことを伝える軽快な音楽が流れた。
「……いつの間にお風呂も準備していたの?」
「ん~手洗った時? じゃあ昴くんはお風呂入ってきてよ。出た時にご飯食べられるように準備しとくから!」
「あ、ありがとう……」
言われるがままに風呂へと向かった昴は、のろのろと服を脱いで浴室へ入る。鏡に映る、前髪の長くヒョロりと痩せた姿は魅力の欠けらもない男の身体だと思った。髪と身体を洗い流し、温かい風呂にとぷんとつかる。
じわり、じわりと裸の自分と湯が溶け合う感覚に、息を吐く。こんな時でも考えてしまうのは、空に甘え過ぎている自分への自己嫌悪だった。
「……かっこよくて、優しくて、料理上手で……空くんはなんで自分みたいな人間のそばにいてくれるんだろう」
昔から何度も何度も考えては分からない答えに頭がぼんやりとする。
空の隣にいると、いつも胸が温かくなる。
自分のことを好きだと、愛していると伝えてくれる。
それでも……その言葉の意味を考えてたどりつく昴なりの結論は『幼なじみだから』というものだ。
「自分は、空くんに、何ができるんだろう」
空と同じく男の身体の自分が酷く疎ましく……せめて……自分が女性であれば。
考えても無駄な現実に、腹の奥がきゅうと縮こまる心地になった。
彼――椎堂 空(しいどう そら)は昴の同居人であり、二人は恋人だ。その関係性を加味するならば、同居人よりも同棲相手という言葉のほうが似合うのかもしれない。
空と昴は幼少期からの幼なじみで、彼らが高校を卒業すると同時に交際と二人暮しが始まった。
(空くんと暮らし始めて……何年だろう、七年くらいかな)
昴は帰宅して手を洗い、キッチンへ向かう。米びつからカップ二杯の米をザルに取り、水で軽く洗ってから炊飯釜に移した。目盛りをじぃと睨みながら水の量を測り、炊飯器に釜を戻す。
昴はリビングに置かれたソファに腰掛けて天を仰ぐように背もたれに身体を預けて少し目を瞑った。
二人が共に暮らし始めてから、料理を作るのは空が担当している。昴が料理を全く作れないということではないのだが、どんなに忙しくても空が作りたいと言うから、それを拒否する理由もないため頷いている。
私立高校で教職をしている空は、学生の時分から出来ないことなんてないのでは? と思うほどに何でも完璧に出来ていた。本来なら仕事が忙しいであろう筈だが、その優秀さから殆ど残業をすることなく帰宅している。
有名大学を卒業し安定した職に就いて、清く正しく働く空。
片や高校卒業後からずっと本屋のアルバイトとして働く昴。
「……人として、差が出てるよなぁ」
「……ただいまー!」
再び自己嫌悪の海にとぷりと沈み始めた昴の耳に、空が帰宅した声が届いた。重い身体を持ち上げて玄関まで向かうと、スーツ姿の空の顔が嬉しそうに綻んだ。
昴に駆け寄ると、そのままぎゅうと抱擁する。
「昴くんっただいま!!」
「わっぷ……ちょっと、スーツがシワになるよ!」
「だって昴くんがいるから……いて良かったー」
「そりゃいるよ。一緒に住んでるんだから」
「待たせてごめんね、お腹空いたでしょ? 直ぐに作るね!
お米炊いてくれてありがとう!」
空の気の済むまで抱擁されて、ようやく開放された昴は少しよろけた。七年間も一緒に住んでいて、よく毎日毎日抱きついてくるなと少しだけ呆れてしまう。
ジャケットを脱いで手を洗い、エプロンを身につけた空がキッチンに立つ。そこで炊飯器の保温ランプが光っていないことに気が付いた昴が声をあげた。
「……あ! ご、ごめん!! 炊飯の……スイッチ入れ忘れてた……」
「え? あはは、大丈夫! 直ぐ炊けるよ。むしろ吸水をしっかりしたから美味しいご飯になるね。そうしたら、作るおかずを三十分位かかるやつにしようかな……昴くん、手伝ってくれる?」
「う、うん。もちろん。……空くん、いつも上手く出来なくて……ごめんね……」
「全然! さあ、作ろうか!」
泣きそうな昴の頭を優しく撫でて、空は炊飯器のスイッチを押してから冷蔵庫の扉を開ける。必要な材料を迷いなく取り出し準備をしていく。
豚ロース、玉ねぎ、カットのトマト缶……
「トマト缶、KALDIのやつが安くて美味しいんだよね~」
空は玉ねぎを皮付きのまま縦半分に切る。先端と芯の部分を三角形に切り取って、昴に渡した。剥きやすくなった皮をペロリと取り除き、再び空の元に戻す。皮の剥かれた玉ねぎは繊維と垂直に薄切りにされ、フライパンの中に入れられた。
「こうやって切ると、火を通した後も玉ねぎの食感が残るんだよね」
「空くんっていつから家庭科の先生になったの?」
「なってないなってない! 昴くん、目は痛くなってない? じゃあ玉ねぎを炒めていくよー」
玉ねぎにオリーブオイルを回しかけ、火にかける。その間に豚肉を食べやすい大きさに切って、時折木べらで混ぜながら玉ねぎの縁が茶色く色付いて来たところで、玉ねぎを端に寄せて空いたところに豚肉を入れ塩コショウを振りかける。サッと炒めたらトマト缶、水一カップ、コンソメひとつを入れて二十分ほど強火で煮込んでいく。
――その時、風呂が沸いたことを伝える軽快な音楽が流れた。
「……いつの間にお風呂も準備していたの?」
「ん~手洗った時? じゃあ昴くんはお風呂入ってきてよ。出た時にご飯食べられるように準備しとくから!」
「あ、ありがとう……」
言われるがままに風呂へと向かった昴は、のろのろと服を脱いで浴室へ入る。鏡に映る、前髪の長くヒョロりと痩せた姿は魅力の欠けらもない男の身体だと思った。髪と身体を洗い流し、温かい風呂にとぷんとつかる。
じわり、じわりと裸の自分と湯が溶け合う感覚に、息を吐く。こんな時でも考えてしまうのは、空に甘え過ぎている自分への自己嫌悪だった。
「……かっこよくて、優しくて、料理上手で……空くんはなんで自分みたいな人間のそばにいてくれるんだろう」
昔から何度も何度も考えては分からない答えに頭がぼんやりとする。
空の隣にいると、いつも胸が温かくなる。
自分のことを好きだと、愛していると伝えてくれる。
それでも……その言葉の意味を考えてたどりつく昴なりの結論は『幼なじみだから』というものだ。
「自分は、空くんに、何ができるんだろう」
空と同じく男の身体の自分が酷く疎ましく……せめて……自分が女性であれば。
考えても無駄な現実に、腹の奥がきゅうと縮こまる心地になった。
0
あなたにおすすめの小説
【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?
キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。
知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。
今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど——
「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」
幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。
しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。
これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。
全8話。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
【第二章開始】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する
とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。
「隣国以外でお願いします!」
死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。
彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。
いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。
転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。
小説家になろう様にも掲載しております。
※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる