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幕間1
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幕間1
―――時刻は、午後六時を回る。
予想以上に早い到着。
全天には藍色が消えた静かな夜の帳が降りて、か細く響く虫の音が秋の名残を感じさせる。
結論から先に言えば、私の目論見は失敗に終わる。
残念ながら、天文台の予約なしの一般開放は土日だけらしく、事前予約もなしに噂の大望遠鏡を覗くことは出来なかった。逆に、突然の来訪者に係員の人が驚いていたので全く持って申し訳ないことをしたと思う。仕方なく、館内の展示物を一通り見て回ったが、隕石や模型ばかりでは気分の高まりを少しも晴らしてはくれなかった。
取り敢ず、自分の生まれた日の夜空に館内の星座版を合わせ、ああ、こんな星座だったんだと思いながら、天文台を後にするしかない。
そんなわけで未練はタラタラ。
後悔冷めやらぬまま駐車場へ戻ると、存外に、青年はくくくと笑って私の帰りを待ってくれていた。
彼にとっては、私の結末は予想通りだったらしい。
知っていたならば教えてくれても良いだろうと、ぶつくさ文句垂れる私に、彼は今夜の宿が決まってないことを確認すると、よかったらと、自分の訪問先に向かわないかと誘ってくれた。
「一応、小さいけれど、俺も望遠鏡を持ってるからね」
「…………」
彼の提案は、実に魅力的で断る理由はない。
しかし何故、見ず知らずの人間を誘うのか、という疑問に対して、回答は実に単純なものだった。
「これから向かう先での出来事を、出来れば、俺以外の人間にも見たり聞いたりして欲しいからな」
「随分と曖昧な理由ですね」
「どうにもすまん。言って解る理由じゃない。都合が悪いなら駅まで送るよ」
「いえ、折角なのでお願いします」
「ありがとう。きっと先方も喜んでくれるさ」
再び私たちは車内に乗り込んだ。
自動車を道なりに走らせ、軽トラは山を下りて、人工林を抜けて雑木林へと入る山道へとハンドルをきる。窓ガラス越しに山の気配がグッと迫り、カッカッと何度も車道脇から伸びた木々の枝が窓を叩く。
「結構、奥まで入るんですね」
「そうな、ここも昔はバス停が置かれていたんだけど、何年か前に採算が合わなくて撤退してる。手入れのされない人工物はあっという間に老朽化が進むから、毎年、この道を通る度に過疎化の現実を嫌でも感じる」
「…………」
「今回も、下草や伸びた枝が道路の方まで飛び出してるからね。里山の管理は、それなりの地道さと労働力が必要になるんだよ」
日本の田舎の現状は、かなり厳しいものらしい。
先程からのライトに照らされた景色を見ていても、山の草木と、稀に切り開かれた田畑を通り過ぎるが、集落はおろか民家すら見かけない。それでも、かろうじて残るアスファルト敷の道路だけが、かつての賑わいを覚えていた。
「うん、ここの田畑も長い間放置されてる。限界集落の現状はこんな光景ばかりかも。奥に住む人たちは、親戚やらを頼って、どんどん町の方に出てきてるよ」
青年が寂しそうに笑うと、すぐ脇から甲高い鹿らしき動物の鳴き声が聞こえ、突然の出来事に肝が冷えた。思わず息を飲むと、肝心なことを聞いてないことを思い出した。
「そういえば、どこに向かってるんですか?」
「ん、すまん。どうにも説明を端折っていた。これから行く場所は、俺に山の管理を頼んだ人の家だよ」
「なるほど、まだ人が住んでる場所があるんですね」
「何だい? 怪しい宗教の勧誘とか疑ってる?」
突然の質問に、私は言葉をつまらせた。
「いや、あの……」
「あはは、君は接頭語に二字のつく正直者だね」
「…………」
「しかし、昨今の列島情勢を見ていると分からない話じゃない。都会生活では、隣人の顔を知らないのが当たり前だし、基本的にあそこで生きるには、事なかれ主義を貫くことが必須かも知れないからね」
酷い言われようだが、納得出来なくもない。
マスメディアは、『人と人の繋がりを大切にしよう』とは声高に叫ぶけれど、彼らにしても、いざ自宅に帰れば、自分の子どもには『容易に他人を信じるな』と教えている。世の中、漫画やドラマの中の様にはいかない好例だ。なにより、都会人はその人間関係を当然として受け入れているので、田舎の人間関係を煩わしく思うだろうし、逆も然り。
成立困難な机上の空論となる。全ては遠き理想郷。
「残念ながら、俺は普通の人間だからな。クリスマスもバレンタインも好きだし、正月は近くの神社にも御参りに行く。牛や豚だって食うし、般若心経を読みながら座禅も組む」
「…………」
「……でも内心では、自然は凄いという自然崇拝が自分には一番似合ってると思う。全く、日本人で良かったと思うよ」
日本人の宗教観は幅が広い。良く言えば懐が広く、悪く言えば節操がない。それらは生活や文化の面でも多く、自分たちに合う形で受け入れていく。
例えば、茶道。
室町時代、千利休が始めた茶道において、茶器を回して飲む概念は、当時のキリスト教の思想を取り入れたという説があるほどだ。宣教師達の瞳には、つましい島国根性の集団の珍妙なティーセレモニーが、さぞ奇妙な光景に映ったに違いない。
「まあ、熱心な信者もいるらしいけどね。でも、俺には正直そこまでの興味が湧かん。ぶっちゃけると、宗教みたいな曖昧なものに時間を割くと、俺の生活が成り立たない」
聞く人が聞けば、きっと激怒する信仰観。
なにせ、バーミヤンの大仏すら爆破してしまう物騒な時代だ。
「……なんか情緒の欠片も無いような気がしますね」
「ん、京都観光は大好きだよ。古寺巡礼、温故知新。古い名所を訪れるのも良いが、俺は、今も昔もその場所を守り続けてくれる人間がいるのだと感じると、それだけでも結構気分が良い」
「あ、それは同意します」
「おお嬉しいな。我ながら親父譲りの爺臭い趣味だが、こんな山奥で同好の士に出会うとはね」
狭い車内で、私達はクスクスと笑い合う。
文化の継承。多くの街が一番輝いた時代の空気を残している、という内容で青年は話を纏めた。平成後期の古都の変わりようを知る現在の私は、あの時の青年が、今どんな感情でかつての都を訪れているかは分からない。
「さて、あまり面白くない方に話が飛んだな」
そもそも、面白いか面白くないで信仰論を判断してしまうのもどうか。
「と、話を振ろうにも、俺が知る限り、この辺は怪談ぐらいしかない。困った困った」
努めて軽快に喋る青年の口に、意外な言葉が混じった。
「怪談、ですか?」
「ん、この辺は出るみたいだよ」
「……ええと、こんな何もない山奥に?」
すでに対向車線のない一本道。車道の両脇は見通しの利かない森の暗闇に囲まれていた。
確かに、乏しいばかりのヘッドライトに浮かぶ山道は暗い。夜山独特の不気味さが無いとは言えない。だが、心霊スポットと呼ばれる場所にありがちな、肌にじんわり来るような、一種独特の異質な雰囲気は感じられなかった。青年を実に楽しそうに私を見た。
「ああ、謂れも何もないわけじゃない。確か、この近辺には道満塚とかいう遺跡があったはずだ。名前に聞き覚えはないかい?」
「いいえ、さっぱり。道祖神のようなものですか?」
「いんや、確か関係無いはずだよ。しかし、道祖神なんてよく知ってたね」
「? ……そうですか?」
別名、塞の神。
主に、道路に関係する全てを任された神様。道中の交通安全祈願や、地域同士の区切りなどを守護するポピュラーな存在。その重要な役割からか、日本全国、彼らを祀る祠は、その土地土地で親しまれている事例が多い。
地域によっては、地域独自の神様やお地蔵さまと習合され、別の呼び名で親しまれている。
とある学者の説によれば、関西や中国地方では数が少ないとされるが、それも長い歴史の中で合祀された結果らしく、詳しく調べてみれば、実際には道祖神の痕跡のない土地の方が少ないそうだ。
「と、何処かの本の受け売りですけど」
「いやいや、充分褒めて良い知識だと思う。地元の風習を廃れさせたなんて話、今時珍しくもないからな」
青年は、日本各地の幾つかの伝統行事を幾つか挙げてみせた。
地蔵盆や左義長(青年の地方ではとんど焼きと呼ぶ)は私の地元でも行われていたので分かったけれど、庚申講や新嘗祭などはあまり馴染みがない言葉だった。
「それで、お話のドーマン塚というのは何でしょう?」
「平安時代の陰陽師、芦屋道満という人物を奉じた塚らしい。山向かいには晴明塚もあって、対になるように安倍晴明関係の塚もある」
「あ、安倍晴明は聞いたことがありますね」
安倍晴明は、同じく陰陽師。
大陸から伝わる占星術をもとに進化した五行陰陽の達人で、式神と呼ばれる鬼や精霊を駆使し、貴族達を狙う悪人や悪鬼怨霊を退治していたとされる話や、得意の術でカエルを潰して周囲の人々を驚かせたという物語を読んだことがある。
「それは、きっと宇治拾遺物語あたりかな? 今なら映画化もされてるし、機会があれば見るといい」
「……ええと道満は、晴明と同じ陰陽師なんですか?」
「ん、少し違うかな。晴明の方は政府お抱えの正規の陰陽師。道満は非正規の陰陽師、外法師なんて呼ばれる身分だったみたいだね」
「外法師、ですか」
「ああ、だが道満は、当時の貴族達の政権争いに関わっていることも多くてね。昔の物語の中では、京都の大貴族を呪い殺す役目を任されていたりするから、かなりの名声や地位はあったのかも知れないね」
「…なるほど」
しかし、道満が施した秘術は、目標の大貴族の飼っていた愛犬に察知されてしまう。
大貴族の玄関先で、狂ったように吠える犬の異変を怪しんだ清明が、地面に仕掛けられた呪法を見破り、大貴族の命を助けることに成功する。やがて、呪いは政敵の仕業だと分かり、さすがは安部清明と陰陽道の凄まじさが知れ渡るようになったのだという。
対して、政敵側に荷担していた道満は京都追放が命じられ、物語はそこで終わりを迎える。
「でも、そんな権力者なら、何故こんな辺鄙な場所に?」
「簡単な話だよ」
青年は、ニヤリと口角を上げた。
「……君は、政治家が、自分を殺そうとした危険人物を、素直にそのまま放置してくれる人間だと思うかい?」
「ああ、追手を放ったと」
「そういうこと。特に、ここ播州は道満側の本拠地だったみたいで、この町以外にも県内を探せば、意外と芦屋道満の墓とか各地にあるみたいだよ」
「………………」
盛者必衰。
この町の伝説では、二人はこの地で互いの秘術を尽くして戦うが、道満側は破れ、多くの者が命を落としたという。清明が槍を投げた場所があるのだとかで、薄暗い軽トラの中は、しばらく古の時代の話題で盛り上がることになった。
「もっとも、その塚が建てられたのは室町時代らしいけどね」
「…………」
青年はしたり顔。
私の中にある何か大切な歴史ロマンが台無しにされたところで、私達の車は、今夜の宿に辿り着いた。
―――時刻は、午後六時を回る。
予想以上に早い到着。
全天には藍色が消えた静かな夜の帳が降りて、か細く響く虫の音が秋の名残を感じさせる。
結論から先に言えば、私の目論見は失敗に終わる。
残念ながら、天文台の予約なしの一般開放は土日だけらしく、事前予約もなしに噂の大望遠鏡を覗くことは出来なかった。逆に、突然の来訪者に係員の人が驚いていたので全く持って申し訳ないことをしたと思う。仕方なく、館内の展示物を一通り見て回ったが、隕石や模型ばかりでは気分の高まりを少しも晴らしてはくれなかった。
取り敢ず、自分の生まれた日の夜空に館内の星座版を合わせ、ああ、こんな星座だったんだと思いながら、天文台を後にするしかない。
そんなわけで未練はタラタラ。
後悔冷めやらぬまま駐車場へ戻ると、存外に、青年はくくくと笑って私の帰りを待ってくれていた。
彼にとっては、私の結末は予想通りだったらしい。
知っていたならば教えてくれても良いだろうと、ぶつくさ文句垂れる私に、彼は今夜の宿が決まってないことを確認すると、よかったらと、自分の訪問先に向かわないかと誘ってくれた。
「一応、小さいけれど、俺も望遠鏡を持ってるからね」
「…………」
彼の提案は、実に魅力的で断る理由はない。
しかし何故、見ず知らずの人間を誘うのか、という疑問に対して、回答は実に単純なものだった。
「これから向かう先での出来事を、出来れば、俺以外の人間にも見たり聞いたりして欲しいからな」
「随分と曖昧な理由ですね」
「どうにもすまん。言って解る理由じゃない。都合が悪いなら駅まで送るよ」
「いえ、折角なのでお願いします」
「ありがとう。きっと先方も喜んでくれるさ」
再び私たちは車内に乗り込んだ。
自動車を道なりに走らせ、軽トラは山を下りて、人工林を抜けて雑木林へと入る山道へとハンドルをきる。窓ガラス越しに山の気配がグッと迫り、カッカッと何度も車道脇から伸びた木々の枝が窓を叩く。
「結構、奥まで入るんですね」
「そうな、ここも昔はバス停が置かれていたんだけど、何年か前に採算が合わなくて撤退してる。手入れのされない人工物はあっという間に老朽化が進むから、毎年、この道を通る度に過疎化の現実を嫌でも感じる」
「…………」
「今回も、下草や伸びた枝が道路の方まで飛び出してるからね。里山の管理は、それなりの地道さと労働力が必要になるんだよ」
日本の田舎の現状は、かなり厳しいものらしい。
先程からのライトに照らされた景色を見ていても、山の草木と、稀に切り開かれた田畑を通り過ぎるが、集落はおろか民家すら見かけない。それでも、かろうじて残るアスファルト敷の道路だけが、かつての賑わいを覚えていた。
「うん、ここの田畑も長い間放置されてる。限界集落の現状はこんな光景ばかりかも。奥に住む人たちは、親戚やらを頼って、どんどん町の方に出てきてるよ」
青年が寂しそうに笑うと、すぐ脇から甲高い鹿らしき動物の鳴き声が聞こえ、突然の出来事に肝が冷えた。思わず息を飲むと、肝心なことを聞いてないことを思い出した。
「そういえば、どこに向かってるんですか?」
「ん、すまん。どうにも説明を端折っていた。これから行く場所は、俺に山の管理を頼んだ人の家だよ」
「なるほど、まだ人が住んでる場所があるんですね」
「何だい? 怪しい宗教の勧誘とか疑ってる?」
突然の質問に、私は言葉をつまらせた。
「いや、あの……」
「あはは、君は接頭語に二字のつく正直者だね」
「…………」
「しかし、昨今の列島情勢を見ていると分からない話じゃない。都会生活では、隣人の顔を知らないのが当たり前だし、基本的にあそこで生きるには、事なかれ主義を貫くことが必須かも知れないからね」
酷い言われようだが、納得出来なくもない。
マスメディアは、『人と人の繋がりを大切にしよう』とは声高に叫ぶけれど、彼らにしても、いざ自宅に帰れば、自分の子どもには『容易に他人を信じるな』と教えている。世の中、漫画やドラマの中の様にはいかない好例だ。なにより、都会人はその人間関係を当然として受け入れているので、田舎の人間関係を煩わしく思うだろうし、逆も然り。
成立困難な机上の空論となる。全ては遠き理想郷。
「残念ながら、俺は普通の人間だからな。クリスマスもバレンタインも好きだし、正月は近くの神社にも御参りに行く。牛や豚だって食うし、般若心経を読みながら座禅も組む」
「…………」
「……でも内心では、自然は凄いという自然崇拝が自分には一番似合ってると思う。全く、日本人で良かったと思うよ」
日本人の宗教観は幅が広い。良く言えば懐が広く、悪く言えば節操がない。それらは生活や文化の面でも多く、自分たちに合う形で受け入れていく。
例えば、茶道。
室町時代、千利休が始めた茶道において、茶器を回して飲む概念は、当時のキリスト教の思想を取り入れたという説があるほどだ。宣教師達の瞳には、つましい島国根性の集団の珍妙なティーセレモニーが、さぞ奇妙な光景に映ったに違いない。
「まあ、熱心な信者もいるらしいけどね。でも、俺には正直そこまでの興味が湧かん。ぶっちゃけると、宗教みたいな曖昧なものに時間を割くと、俺の生活が成り立たない」
聞く人が聞けば、きっと激怒する信仰観。
なにせ、バーミヤンの大仏すら爆破してしまう物騒な時代だ。
「……なんか情緒の欠片も無いような気がしますね」
「ん、京都観光は大好きだよ。古寺巡礼、温故知新。古い名所を訪れるのも良いが、俺は、今も昔もその場所を守り続けてくれる人間がいるのだと感じると、それだけでも結構気分が良い」
「あ、それは同意します」
「おお嬉しいな。我ながら親父譲りの爺臭い趣味だが、こんな山奥で同好の士に出会うとはね」
狭い車内で、私達はクスクスと笑い合う。
文化の継承。多くの街が一番輝いた時代の空気を残している、という内容で青年は話を纏めた。平成後期の古都の変わりようを知る現在の私は、あの時の青年が、今どんな感情でかつての都を訪れているかは分からない。
「さて、あまり面白くない方に話が飛んだな」
そもそも、面白いか面白くないで信仰論を判断してしまうのもどうか。
「と、話を振ろうにも、俺が知る限り、この辺は怪談ぐらいしかない。困った困った」
努めて軽快に喋る青年の口に、意外な言葉が混じった。
「怪談、ですか?」
「ん、この辺は出るみたいだよ」
「……ええと、こんな何もない山奥に?」
すでに対向車線のない一本道。車道の両脇は見通しの利かない森の暗闇に囲まれていた。
確かに、乏しいばかりのヘッドライトに浮かぶ山道は暗い。夜山独特の不気味さが無いとは言えない。だが、心霊スポットと呼ばれる場所にありがちな、肌にじんわり来るような、一種独特の異質な雰囲気は感じられなかった。青年を実に楽しそうに私を見た。
「ああ、謂れも何もないわけじゃない。確か、この近辺には道満塚とかいう遺跡があったはずだ。名前に聞き覚えはないかい?」
「いいえ、さっぱり。道祖神のようなものですか?」
「いんや、確か関係無いはずだよ。しかし、道祖神なんてよく知ってたね」
「? ……そうですか?」
別名、塞の神。
主に、道路に関係する全てを任された神様。道中の交通安全祈願や、地域同士の区切りなどを守護するポピュラーな存在。その重要な役割からか、日本全国、彼らを祀る祠は、その土地土地で親しまれている事例が多い。
地域によっては、地域独自の神様やお地蔵さまと習合され、別の呼び名で親しまれている。
とある学者の説によれば、関西や中国地方では数が少ないとされるが、それも長い歴史の中で合祀された結果らしく、詳しく調べてみれば、実際には道祖神の痕跡のない土地の方が少ないそうだ。
「と、何処かの本の受け売りですけど」
「いやいや、充分褒めて良い知識だと思う。地元の風習を廃れさせたなんて話、今時珍しくもないからな」
青年は、日本各地の幾つかの伝統行事を幾つか挙げてみせた。
地蔵盆や左義長(青年の地方ではとんど焼きと呼ぶ)は私の地元でも行われていたので分かったけれど、庚申講や新嘗祭などはあまり馴染みがない言葉だった。
「それで、お話のドーマン塚というのは何でしょう?」
「平安時代の陰陽師、芦屋道満という人物を奉じた塚らしい。山向かいには晴明塚もあって、対になるように安倍晴明関係の塚もある」
「あ、安倍晴明は聞いたことがありますね」
安倍晴明は、同じく陰陽師。
大陸から伝わる占星術をもとに進化した五行陰陽の達人で、式神と呼ばれる鬼や精霊を駆使し、貴族達を狙う悪人や悪鬼怨霊を退治していたとされる話や、得意の術でカエルを潰して周囲の人々を驚かせたという物語を読んだことがある。
「それは、きっと宇治拾遺物語あたりかな? 今なら映画化もされてるし、機会があれば見るといい」
「……ええと道満は、晴明と同じ陰陽師なんですか?」
「ん、少し違うかな。晴明の方は政府お抱えの正規の陰陽師。道満は非正規の陰陽師、外法師なんて呼ばれる身分だったみたいだね」
「外法師、ですか」
「ああ、だが道満は、当時の貴族達の政権争いに関わっていることも多くてね。昔の物語の中では、京都の大貴族を呪い殺す役目を任されていたりするから、かなりの名声や地位はあったのかも知れないね」
「…なるほど」
しかし、道満が施した秘術は、目標の大貴族の飼っていた愛犬に察知されてしまう。
大貴族の玄関先で、狂ったように吠える犬の異変を怪しんだ清明が、地面に仕掛けられた呪法を見破り、大貴族の命を助けることに成功する。やがて、呪いは政敵の仕業だと分かり、さすがは安部清明と陰陽道の凄まじさが知れ渡るようになったのだという。
対して、政敵側に荷担していた道満は京都追放が命じられ、物語はそこで終わりを迎える。
「でも、そんな権力者なら、何故こんな辺鄙な場所に?」
「簡単な話だよ」
青年は、ニヤリと口角を上げた。
「……君は、政治家が、自分を殺そうとした危険人物を、素直にそのまま放置してくれる人間だと思うかい?」
「ああ、追手を放ったと」
「そういうこと。特に、ここ播州は道満側の本拠地だったみたいで、この町以外にも県内を探せば、意外と芦屋道満の墓とか各地にあるみたいだよ」
「………………」
盛者必衰。
この町の伝説では、二人はこの地で互いの秘術を尽くして戦うが、道満側は破れ、多くの者が命を落としたという。清明が槍を投げた場所があるのだとかで、薄暗い軽トラの中は、しばらく古の時代の話題で盛り上がることになった。
「もっとも、その塚が建てられたのは室町時代らしいけどね」
「…………」
青年はしたり顔。
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