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第一章・備州騒乱【天文三年~六年頃(1534年~1537年頃)】
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「阿呆が。いつまでこの老いぼれにすがり付いておるか」
能家の穏やかな笑みが、家臣達の反論を押し黙らせた。
「聞こえぬか、奴等が何を叫んで何を求めておるか」
前線が崩壊したらしい。甲高い剣撃の音に混じり、荒々しく能家を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。
彼らは能家の首だけを求めている。酷い恨みを買ったものだ。
「分かるであろう。奴等は儂の命を取らねば気がすむまい」
「…………」
「早う去ね」
格子窓からは、島村兵が門を乗り越えようとするのを、城兵が槍衾で懸命に応戦しているのが見えた。城兵の一人が矢を受けて膝から崩れ落ちると、すぐに脇にいた指揮官が倒れた城兵を運び出し、空いた穴を自らの身体で埋める。指揮系統があちこちで破壊されている。組織だった行動を取る部隊は数えるほどしかない。指揮官となる者の声が届いていない。守勢にもう予備兵力も無いのだ。
「彼らには儂が必要であろう。あの軍勢、恐らく政宗様もこの襲撃の件を御存知なのだろう」
「父上」
「……理由は解らん。だが、政宗様が何の理由もなく島村の暴挙を許すとは思えん。何かしらの理由があって、儂を見限られたのよ」
戦列に再び穴が空いた。今度は駆け寄る者がいない。
一番乗りを叫び、柵を乗り越えた島村の足軽が屋敷内からの射撃で倒れる。館に配置された守備兵達が、最後の抵抗を見せようとしていた。しかしキリがない。攻め手は蟻の如く、次から次へと群がり続ける。
「去ね。将器の無いお前など、この場では案山子ほどの役にも立たんわ」
屋敷の内部から破砕音が聞こえ、女の悲鳴が上がった。何処かの木戸が蹴破られたらしい。
「もう一度言わねば分からぬか」
「…………」
「興家、そなたに将たる器はない」
こうしている間にも襲撃者は迫っている。それでも能家は最後の最後まで、優しい眼差しを止めなかった。
「だがそれ故に、儂には出来ぬことが出来る」
「父上、それは……」
「誰よりも努力を続けた御前自身が一番分かっておろう。それを直家に伝えよ。儂の出来なかったことが出来る子に育とうて」
教唆の才。名将の子が必ずしも名軍師とは限らない。
老いた能家の才は天賦の才。天賦の才は人には譲れぬ。息子の興家にはその欠片すら受け継がれず、常に偉大な父と比べられ続けられ揶揄され続けてきたことを能家は知っていた。非難も罵倒も受け止めて、それでもなお興家は励み続けた。
それで良い、それで良いのだと断じてみせた。
「主の直向きな不器用さ、決して嫌いではなかったぞ」
能家は去り際に、息子を勇気づけるよう彼の胸を一度だけ小突くと、後は振り返ることなく、唯一人戦地へ駆け出した。
「…………」
否、一人だけ続く者がいた。
真壁中務。若い頃は剣術の達人として名を馳せた人物で、能家の古くからの友人であった。
「……なんと、付いて来ずとも良いものを」
「知ろうものか。儂だけ生き延びても、無駄に禄を食い潰して死ぬだけよ。そんな余生、こちらから願い下げさせて貰う」
「小気味良いことを、そこまで言うならば儂と来い。共に地獄を見ようぞ」
「承知した」
屋敷内で動ける者は二十余り。それが最後の戦力。対して相手は無数。まるで話にならない。
それでも二人の老兵は最期まで闘い続けた。
この日、朝を迎えるまでには砥石山城の抵抗は止み、宇喜多能家をはじめ城に留まった将兵は皆討ち死を遂げた。島村盛貫の急襲の理由は諸説あり、赤松や尼子の謀略とも宇喜多一族の内紛に端を発するともいわれるが確たる資料は現存していない。
だが、城守備兵の活躍によって、興家らは脱出し宇喜多の血脈を残すことに成功する。幼き日の宇喜多直家は父興家とともに備後柄浦の商家へと落ち延び、父興家の死後は叔母のいる西大寺に預けられた。
宇喜多氏の名が再び西国で知れ渡るのは、天文十二年。
直家が浦上氏への帰参が許され、祖父譲りの才を磨いていく中での話である。
************************************************
(追記)
現在では砥石城急襲に行ったのは赤松晴政の軍勢ではないかという説が主流となっています。
能家の穏やかな笑みが、家臣達の反論を押し黙らせた。
「聞こえぬか、奴等が何を叫んで何を求めておるか」
前線が崩壊したらしい。甲高い剣撃の音に混じり、荒々しく能家を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた。
彼らは能家の首だけを求めている。酷い恨みを買ったものだ。
「分かるであろう。奴等は儂の命を取らねば気がすむまい」
「…………」
「早う去ね」
格子窓からは、島村兵が門を乗り越えようとするのを、城兵が槍衾で懸命に応戦しているのが見えた。城兵の一人が矢を受けて膝から崩れ落ちると、すぐに脇にいた指揮官が倒れた城兵を運び出し、空いた穴を自らの身体で埋める。指揮系統があちこちで破壊されている。組織だった行動を取る部隊は数えるほどしかない。指揮官となる者の声が届いていない。守勢にもう予備兵力も無いのだ。
「彼らには儂が必要であろう。あの軍勢、恐らく政宗様もこの襲撃の件を御存知なのだろう」
「父上」
「……理由は解らん。だが、政宗様が何の理由もなく島村の暴挙を許すとは思えん。何かしらの理由があって、儂を見限られたのよ」
戦列に再び穴が空いた。今度は駆け寄る者がいない。
一番乗りを叫び、柵を乗り越えた島村の足軽が屋敷内からの射撃で倒れる。館に配置された守備兵達が、最後の抵抗を見せようとしていた。しかしキリがない。攻め手は蟻の如く、次から次へと群がり続ける。
「去ね。将器の無いお前など、この場では案山子ほどの役にも立たんわ」
屋敷の内部から破砕音が聞こえ、女の悲鳴が上がった。何処かの木戸が蹴破られたらしい。
「もう一度言わねば分からぬか」
「…………」
「興家、そなたに将たる器はない」
こうしている間にも襲撃者は迫っている。それでも能家は最後の最後まで、優しい眼差しを止めなかった。
「だがそれ故に、儂には出来ぬことが出来る」
「父上、それは……」
「誰よりも努力を続けた御前自身が一番分かっておろう。それを直家に伝えよ。儂の出来なかったことが出来る子に育とうて」
教唆の才。名将の子が必ずしも名軍師とは限らない。
老いた能家の才は天賦の才。天賦の才は人には譲れぬ。息子の興家にはその欠片すら受け継がれず、常に偉大な父と比べられ続けられ揶揄され続けてきたことを能家は知っていた。非難も罵倒も受け止めて、それでもなお興家は励み続けた。
それで良い、それで良いのだと断じてみせた。
「主の直向きな不器用さ、決して嫌いではなかったぞ」
能家は去り際に、息子を勇気づけるよう彼の胸を一度だけ小突くと、後は振り返ることなく、唯一人戦地へ駆け出した。
「…………」
否、一人だけ続く者がいた。
真壁中務。若い頃は剣術の達人として名を馳せた人物で、能家の古くからの友人であった。
「……なんと、付いて来ずとも良いものを」
「知ろうものか。儂だけ生き延びても、無駄に禄を食い潰して死ぬだけよ。そんな余生、こちらから願い下げさせて貰う」
「小気味良いことを、そこまで言うならば儂と来い。共に地獄を見ようぞ」
「承知した」
屋敷内で動ける者は二十余り。それが最後の戦力。対して相手は無数。まるで話にならない。
それでも二人の老兵は最期まで闘い続けた。
この日、朝を迎えるまでには砥石山城の抵抗は止み、宇喜多能家をはじめ城に留まった将兵は皆討ち死を遂げた。島村盛貫の急襲の理由は諸説あり、赤松や尼子の謀略とも宇喜多一族の内紛に端を発するともいわれるが確たる資料は現存していない。
だが、城守備兵の活躍によって、興家らは脱出し宇喜多の血脈を残すことに成功する。幼き日の宇喜多直家は父興家とともに備後柄浦の商家へと落ち延び、父興家の死後は叔母のいる西大寺に預けられた。
宇喜多氏の名が再び西国で知れ渡るのは、天文十二年。
直家が浦上氏への帰参が許され、祖父譲りの才を磨いていく中での話である。
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(追記)
現在では砥石城急襲に行ったのは赤松晴政の軍勢ではないかという説が主流となっています。
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