夢喰

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第一章 君の声が消えない

君の声が消えない

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第一章 君の声が消えない

雨が、降っていた。
朝なのに薄暗く、重たげな空気が部屋の隅々にまで染み込んでいる。

陽大はベッドから起き上がらず、天井を見つめていた。
時間だけが過ぎていく。
隣にいたはずの彼女の温もりも、もうこの部屋にはない。

忘れたいのに、
頭の奥にこびりついた映像が、何度も繰り返される。
瞬きのたびに、君が笑う。
耳を塞いでも、あの声が聞こえる。

「ずっと一緒にいようね」

それは、まだ2人が未来を信じていた頃の声だった。
彼女は、最後まで笑っていた。
別れを決めたその夜でさえ。

もしかしたら、最初から全部、わかっていたのかもしれない。
それでも陽大は気づかないふりをしていた。
気づきたくなかったのだ。
あの笑顔の奥に、静かに積もっていた哀しみに。



部屋は広く感じた。
ひとりでいるには、空間が余る。

リビングの棚に、あの小さな箱がまだある。
赤いベルベットに包まれた指輪。
本当は、あの夜に彼女の指に滑らせるはずだった。
「おかえり」と笑うその手を、そっと包んで。

けれど現実は違った。

あの夜、彼女の背中越しに
「さよなら」と聞こえた。

その言葉が本物になるまでに、数秒の静寂があった。
目を合わせなかった彼女の背中が、ずぶ濡れだった。
玄関の扉が閉まる音が、妙に遠く感じた。

注いだはずの愛が、どこにも行き場を見つけられず、
陽大の胸の中で溢れていった。
それが、あの夜のすべてだった。



重ねた愛も、その温もりも、
彼女はきっと、もう忘れていく。
それでも、どうか幸せになってほしいと願っている。
心のどこかで、まだ願ってしまう。



テレビをつけても、音が頭に入ってこない。
机の上のマグカップ、洗い忘れたままの湯のみ、
彼女が最後に食べたままのジャムの瓶が、まだ冷蔵庫に残っていた。

思い出は、いつも生活の隙間に潜んでいる。
触れないように過ごしていても、
ふとした瞬間に、ひょっこりと顔を出す。



夜になると雨脚が強くなった。
外を見れば、街灯の下に滲んだ水の粒。
葵と並んで歩いたあの帰り道が、ふいに蘇る。

傘の下で肩が触れ合い、
彼女の髪が少し濡れていて、
笑いながら「濡れたくないのにね」と言っていた声。

それらすべてが、
まだここにあるような気がしてならなかった。



雨の音が、まるで君の声みたいに
心の奥にずっと鳴り続けている。
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