夢喰

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第二章 あなたのいない部屋で

あなたのいない部屋で

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第二章 あなたのいない部屋で

新しい部屋のカーテンは、陽大と選んだものによく似ていた。
偶然だったのか、無意識だったのか。
引っ越し業者が取り付けたその日から、胸の奥が妙にざわついた。

葵は、まだ慣れないソファに体を沈める。
窓の外では雨が降っていた。
梅雨の終わりがけにしては少し冷たいその雨が、静かに窓ガラスを叩いている。

「思い出すつもりなんてなかった」

ただ、彼が好きだった映画がテレビで流れていた。
それだけで、時間が巻き戻ってしまう。
ふたりで毛布を半分こして観たあの夜も、
喧嘩したまま無言で観た夜も──全部が、思い出になるにはまだ早すぎた。



「戻れない きっと」

あの日、先に言葉にしたのは私だった。
「ごめんね」と言った後に、「さよなら」が続いた。

でもほんとは、ずっと怖かった。
陽大が自分のことをどう思ってるのか、
自分の愛がちゃんと届いているのか。

彼の優しさが、ときどき遠くに感じた。
一緒にいても、どこか孤独だった。
それを口にすれば、またすれ違う気がして、黙った。

「愛情に縋ってた
分かり合いたいと思ってた」

もしかすると、最初からずっと、彼と私は違う速度で歩いていたのかもしれない。
追いつこうとして、でも追いつけなくて、
何度も立ち止まってしまったのは、私の方だった。



今、見知らぬこの部屋で、
誰かの生活の匂いのする空間で、
私はまた、彼を思い出している。

テレビの中では、映画の主人公が恋人を追いかけている。
脚本通りのハッピーエンド。
だけど、現実はそんなふうにうまくはいかない。

「あなたが好きだった映画を眺めてる」



引き出しを開けると、ふたりで撮った写真が数枚出てきた。
削除しようと思って保存したままのデータ。
見なければいいのに、指が勝手に開いてしまう。

笑っていた。
こんなにも素直な笑顔ができていたのに、
どうして、あの夜は背を向けてしまったんだろう。



「結んだ糸が解けて
私たちは、今が見えなくなっていたんだな」

それでも、彼と過ごした時間は全部、本物だった。
愛していた。
一緒にいたいと、本気で思っていた。

ただ、その想いが重なったまま、すれ違っていった。
重ねた愛も、その温もりも、
いつか自分の中で薄れていく日がくるのだろうか。

「離れた今が正しいって
思えるまでは 少しかかりそうだよ」



葵は立ち上がり、窓をそっと開けた。
湿った風が頬を撫でる。

夜の匂いと雨の匂いが、まるであの頃の部屋のように感じた。
まだ、忘れたくないと思った。
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