沈黙のメダリスト

友清 井吹

文字の大きさ
30 / 139
Ⅰ 未完のアスリート

31 見えない祝福者

しおりを挟む
2月末、伊吹東高校の卒業式があった。

式が始まると最初に卒業証書の授与がある。
担任から名前を呼ばれたら、壇上で校長から一人ずつ証書を受け取る。
背の順なので、淳一はクラスの一番最後に並んだ。
頭を下げ証書を受け取った後、向きを変え、会場を見回した。

近親者はだれも来ていない。だれにも知らせてないから当然だ
中学の卒業式も一人だった。高校の入学式も卒業式も一人か。

その時、知る者がいないはずの会場から、祝福の声が聞こえた・・ような気がした。
次郎が、吾一が、ハリーポッターが、赤毛のアンが、オリバーツィストが、モモが、
バスティアンが、アトレーユが、ホビットのフロドも。スカーフをしたソーニャが。
そしてジャンバルジャンやコゼットも。母の声も聞こえた。みんなが声を上げた。

『おめでとう。よくやったよ』
『つらいこともよく我慢したな』
『偉かったぞ淳一』
『未来を信じるのよ』
階段を降り、自分の席に戻る途中から、涙が出そうになり、顔をゆがめた。唇をかんだ。
それでも涙が押さえきれなかった。

淳一の顔を同級生が不思議そうに見た。確かに泣くには早すぎる時間だ。
座席で卒業証書の筒を握りしめ目をつぶった。
俺を祝福してくれるのは、ここでは見えない亡くなった母と物語の主人公か。

教室では、花束をもらった吉見先生に、全員が「はるか、はるか」、のコール。
先生は感極まって泣き出した。吉見先生を好きなのは俺だけじゃなかったんだな。

教室を出た時、野路の母親が近づいて来た。
「彰人じゃなくて、あなたを見ていたら涙が出たわ。一人で本当によく頑張ったわね」
その言葉でまた泣きそうになった。

運動場では、浅岡先生と木ノ嶋さんが淳一を待っていた。この二人が親子だったのか。
木ノ嶋さんの大きな目が潤んでいた。どうして俺なんかに涙を?優しい子なんだな。
花束をもらって握手すると、本当に涙をぽろぽろこぼしたので戸惑ってしまった。
浅岡先生にも礼を言って頭を下げた。また会えることがあるだろうか。
俺は一人ではなかった。見守ってくれる人は母さんだけではなかった。

卒業生に取り囲まれている吉見先生に、少し離れたところから深く頭を下げた。
淳一に気付いた先生は、何か言いたげにこちらを見つめた。
けれど今日はもういい。

いつかまた会いたい。会ってお礼を言いたい。成長した自分を見てもらいたい。
先生のことが大好きだったということも伝えたい。

踵を返して一人で校門に向かう。思い出がいっぱいの3年間だった。
でももう振り返らない。俺には次のステージが待っている。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...