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Ⅱ 君とオリンピックに行きたい
2 陸上競技部
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大学の入学式は、ポートアイランドの巨大なホールで行われた。
新入生は大学院生も含める三千人もいるらしい。式は東日本大震災で亡くなった人への黙祷から始まった。物凄い数のフラッシュが一斉に光り、落ち着かない。遠くにしか見えない学長の話が始まった。
今日は、母の写真を胸ポケットに入れてきた。生きていたら多分来ていただろう。
母の『おめでとう』と言う声はもう一生聞けない。
母さん。俺はまだ一人で生きていくのはしんどいよ。今までだれかに助けてもらってばかりだ。
だれか愛する人と一緒に乗り越えていきたいけれど、そんな女性が現れるのだろうか。
学長の話はまだ続いている。震災復興のため出来る事をしていこうという話だ。
津波で親を失った子供は多いはず。その子らにとって本当の試練はこれからだろう。俺なんかより苦労する子供もたくさんいるかもしれない。今の自分に何ができるのだろう?
入学当初は、科目の選択や授業料減免の手続きでバタバタしていたが、4月後半になって、ようやく気持ちや時間にゆとりが出てきた。
サークルは水泳部ではなく陸上競技部に入った。今までの記録を考えたら、泳ぐより走る方が向いている。歓迎会で数十人の先輩の前に立った。今年度の入部は13人いたらしい。
「文学部の倉本です」
そう言っただけでどよめきがあった。部員が60人もいるのに文学部は一人もいないそうだ。教育学部が一番多く、医学部や工学部の学生もいる。簡単に自己紹介をした。
「高校では水泳部にいて陸上は素人です。長距離を希望しています」
練習は平日2回と土日を合わせて4回だけ。必ず出なければいけない、という訳でもなさそうだ。大学の運動部はもっと厳しい所だと思っていた。自主性を尊重した開放的な空気に魅せられた。
練習開始の日、久しぶりにランニングシューズ履いて大学のグラウンドに立った。
うれしくて胸がときめいた。中・長距離希望の学生が集まり、まず千五百のタイムを測る。
中3の時、確か4分台で走った記憶がある。高校では駅伝と五千くらいしか走っていない。
先輩も入れて十数人で走る。体が重く、足の痛みも感じた。
400mトラックを3周もすると汗がしたたり落ちた。みんなのようにランニングシャツがいる。Tシャツで走っているのは俺だけだ。他の部員に負けないようにむきになって走った。
先頭は、はるか先でゴールしていた。
淳一のタイムは4分38秒。
膝から下がだるく、かかとが痛い。初めて、ということで頑張りすぎたかもしれない。
「君は来年くらいインカレに行けそうだな」
2回生の先輩が話しかけてきた。インカレって何だ?
「倉本君だったかな。陸上は本当に初めてなのか。今までレースに出たことないのか?」
「市の駅伝大会に出たくらいです」
「もしかして駅伝で区間新出さなかったかな。それに県大会の五千で、君にぬかされたような気がするけど」
「駅伝は陸上部の応援で走っただけで、あんまり覚えていません」
注目なんかされたくない。
5000m走は土曜日、大学からほど近い王子競技場で走る。
さすがに不安になり、何度か自宅の周りを一時間ほど走った。体重が増えているし、一年間まともに走ってなかったからか、着地の時、足裏に今まで感じたことのない違和感を感じた。
号砲で13人が走り出した。トラックを12周半。
高2の時、14分台で走ったことは誰にも言っていない。あれはまぐれだろう。
先頭集団から離されないようについていった。
8周目は5位。10周目で3位になった。息はそれほど苦しくはないが、右足裏がかなり痛くなってきた。知らない間に他の選手のように、跳ねるように走っていた。
11周を越えた辺りから足の痛みがさらに強くなり、走り方がぎこちなくなってきた。
ラスト1周は、右足を地面につけるだけで痛みが走り、最後はケンケンをするようにして何とか走り終えた。15分44秒で一位と半周遅れの4位。
トップは同じ1回生で、長身で細身、千五百でも1位だった東田君だ。余裕の彼から励まされた。
「君、本当に陸上やってなかったの?これから伸びてくるとしたら脅威だな」
ベンチに座り、足先を手で回すと猛烈に痛い。風呂に入ったくらいで治る感じではない。
翌朝、寝床から立ち上がると右足裏に激痛が走り、布団の上に転んでしまった。やっぱり足を痛めたのか。入部早々故障するなんて情けない。
大学では足を引きずるようにして歩き、教室の移動も苦痛だった。部室へ行き、そこにいた先輩に足の様子を話した。
「久しぶりに走ったから痛めたんだろう。整形の病院に行った方がいいよ」
紹介してくれた病院は、淳一の高校のあった町にあり、柔道や陸上で故障した選手がよく通うそうだ。三田島整形外科というらしい。
新入生は大学院生も含める三千人もいるらしい。式は東日本大震災で亡くなった人への黙祷から始まった。物凄い数のフラッシュが一斉に光り、落ち着かない。遠くにしか見えない学長の話が始まった。
今日は、母の写真を胸ポケットに入れてきた。生きていたら多分来ていただろう。
母の『おめでとう』と言う声はもう一生聞けない。
母さん。俺はまだ一人で生きていくのはしんどいよ。今までだれかに助けてもらってばかりだ。
だれか愛する人と一緒に乗り越えていきたいけれど、そんな女性が現れるのだろうか。
学長の話はまだ続いている。震災復興のため出来る事をしていこうという話だ。
津波で親を失った子供は多いはず。その子らにとって本当の試練はこれからだろう。俺なんかより苦労する子供もたくさんいるかもしれない。今の自分に何ができるのだろう?
入学当初は、科目の選択や授業料減免の手続きでバタバタしていたが、4月後半になって、ようやく気持ちや時間にゆとりが出てきた。
サークルは水泳部ではなく陸上競技部に入った。今までの記録を考えたら、泳ぐより走る方が向いている。歓迎会で数十人の先輩の前に立った。今年度の入部は13人いたらしい。
「文学部の倉本です」
そう言っただけでどよめきがあった。部員が60人もいるのに文学部は一人もいないそうだ。教育学部が一番多く、医学部や工学部の学生もいる。簡単に自己紹介をした。
「高校では水泳部にいて陸上は素人です。長距離を希望しています」
練習は平日2回と土日を合わせて4回だけ。必ず出なければいけない、という訳でもなさそうだ。大学の運動部はもっと厳しい所だと思っていた。自主性を尊重した開放的な空気に魅せられた。
練習開始の日、久しぶりにランニングシューズ履いて大学のグラウンドに立った。
うれしくて胸がときめいた。中・長距離希望の学生が集まり、まず千五百のタイムを測る。
中3の時、確か4分台で走った記憶がある。高校では駅伝と五千くらいしか走っていない。
先輩も入れて十数人で走る。体が重く、足の痛みも感じた。
400mトラックを3周もすると汗がしたたり落ちた。みんなのようにランニングシャツがいる。Tシャツで走っているのは俺だけだ。他の部員に負けないようにむきになって走った。
先頭は、はるか先でゴールしていた。
淳一のタイムは4分38秒。
膝から下がだるく、かかとが痛い。初めて、ということで頑張りすぎたかもしれない。
「君は来年くらいインカレに行けそうだな」
2回生の先輩が話しかけてきた。インカレって何だ?
「倉本君だったかな。陸上は本当に初めてなのか。今までレースに出たことないのか?」
「市の駅伝大会に出たくらいです」
「もしかして駅伝で区間新出さなかったかな。それに県大会の五千で、君にぬかされたような気がするけど」
「駅伝は陸上部の応援で走っただけで、あんまり覚えていません」
注目なんかされたくない。
5000m走は土曜日、大学からほど近い王子競技場で走る。
さすがに不安になり、何度か自宅の周りを一時間ほど走った。体重が増えているし、一年間まともに走ってなかったからか、着地の時、足裏に今まで感じたことのない違和感を感じた。
号砲で13人が走り出した。トラックを12周半。
高2の時、14分台で走ったことは誰にも言っていない。あれはまぐれだろう。
先頭集団から離されないようについていった。
8周目は5位。10周目で3位になった。息はそれほど苦しくはないが、右足裏がかなり痛くなってきた。知らない間に他の選手のように、跳ねるように走っていた。
11周を越えた辺りから足の痛みがさらに強くなり、走り方がぎこちなくなってきた。
ラスト1周は、右足を地面につけるだけで痛みが走り、最後はケンケンをするようにして何とか走り終えた。15分44秒で一位と半周遅れの4位。
トップは同じ1回生で、長身で細身、千五百でも1位だった東田君だ。余裕の彼から励まされた。
「君、本当に陸上やってなかったの?これから伸びてくるとしたら脅威だな」
ベンチに座り、足先を手で回すと猛烈に痛い。風呂に入ったくらいで治る感じではない。
翌朝、寝床から立ち上がると右足裏に激痛が走り、布団の上に転んでしまった。やっぱり足を痛めたのか。入部早々故障するなんて情けない。
大学では足を引きずるようにして歩き、教室の移動も苦痛だった。部室へ行き、そこにいた先輩に足の様子を話した。
「久しぶりに走ったから痛めたんだろう。整形の病院に行った方がいいよ」
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