沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

8 びわ湖大学駅伝

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10月末の関西学生長距離記録会。
一万mで28分38秒。自己ベストを更新した。
二日後の、京阪神三大学陸上競技大会では千五百で3分53秒。
低迷していた五千でもようやく13分49秒でベスト記録達成。
総合得点で六甲大も優勝できた。
三つの自己新はうれしかったが、この程度では世界に通用しない。

11月。いよいよびわ湖大学駅伝が行われる。
六甲大陸上競技部は前日から滋賀県北部の高島町で合宿をしていた。
冷たい雨が降り続きくなか、集団ジョグをする。
終わってからもシャツを着替え、雨に煙るびわ湖畔を湖北まで走る選手がいた。

淳一はジョグが終わると民宿に戻り、さっさと風呂に入ってから読書に没頭した。
持ってきたのは『御堂関白記』。藤原道長の日記で、平安時代の儀式や行事が事細かに書かれてある。毎日何に心配し、何を望んでいたかが見えてくるのが面白い。その日によって、行って良い方角と悪い方角があり、悪い方角に行く必要があれば、遠回りしたらしい。
この時代にマラソンは考えられないな。
4回生まで、こうした史料にいくつ目を通すことができるだろうか。

駅伝当日も雨だった。それも結構強く降っている。
午前8時に琵琶湖西岸の長浜市をスタートし、まっすぐ南下して大津市に至るロングコースだ。
淳一は、最長区間の7区15キロで、琵琶湖大橋を渡り草津市に至るコースを走る。
タスキを手渡すのは東田で8区の13キロ。どちらの方が楽とは言えない。

京大や阪大がシードに残っているのはすごいと思った。
やはり陸上は、苦しいことを耐え抜く忍耐力と考えて走る知力もいるスポーツだ。
今年は東北選抜も招待されている。

雨足は昼を過ぎ、止むどころかひどくなってきた。11月半ばというのにかなり寒い。
待っている間、テントの中でひたすら足をさすり続けた。
連絡係の先輩によると、4区で数人の選手が転び、薮田君が巻き込まれたそうだ。
大事なければいいが心配だ。

学校名を呼ばれ、中継所に立った。ジャージを脱ぐと寒くて震え上がった。
雨が体温をどんどん奪っていく。その場で駆け足をして、体を慣らそうとした。
「すまん。遅れた」と言う先輩からタスキを受け取った。13位か。予想より順位は低い。

雨は少し小降りになったが視界が悪い。しばらく走ると琵琶湖大橋の上りになる。
上りはかなり角度があり、抜いていくバイクの水しぶきが風で湖面に流れていく。
橋の最高部で前の選手がはっきり見えてきた。近畿産業大の選手を追いかける。
下りで一気にスピードを上げ、並ぶことなく抜いた。
橋を下ったら湖東だ。天気が良ければきれいな所だろう。

雨が正面から顔に当たって痛い。帽子をかぶっているが重くなってきた。
時々手を下して緊張を和らげる。給水場があったが利用しない。
甲陽大に追いついた。気付いた選手が急にスピードを上げる。並走しながら二人でRのマークを着けた選手を抜いた。立命館か龍谷大かどちらだろう。

残り半分。後二、三人は抜きたい。
そうか。並走なんかせず、この選手の後ろに付けばいいのか。
引き離そうとスパートをかける選手の後ろにぴったりと着いた。
前に選手がいるとこんなに楽なのか。雨が痛くない。今9位だったな。
またびわ湖が霞んで見えてきた。湖からの風は水をたっぷり含んでいる。シャツもパンツも重い。

残り5キロ。もうこの辺でいいか。目の前の選手を一気に抜き去った。
雨が目に入り痛くなった。前方に3人見える。あそこまでは無理か。
沿道には六甲大の幟が立てられ、部員が手を振ってくれる。

川の手前でラスト1kmの表示が見えた。そこでスピードを上げ中継点手前で一人抜いた。
8区にいる東田が両手を振っている。タスキはぐっしょり濡れて外しにくい。
絞る暇はない。丸めて手渡した。

耳にイヤホンを着けている栄本さんがタオルをかけてくれた。
「倉本君、四人抜いたでしょう。多分区間賞よ」
では10位内に入ったのか。両ひざに手を置き、肩で息をする。
ぬれた道路上に座り込んでいる選手もいた。こんな日もアイシングがいるのかな。
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