61 / 139
Ⅲ ロンドンへの道
7 シューズの特注
しおりを挟む
監督と駅からタクシーで行ったのは、スポーツシューズ工場の一角にある研究所だった。
監督は出迎えた白髪の人と親しげに挨拶をしていた。
玄関を入るとスポーツ選手の大きな写真の下に、選手が使った靴が展示されている。
種目は野球、バレー、サッカー、バスケと多岐にわたっているが、やはり陸上選手が多い。
「この学生さんですな。先生が最近注目されているのは」
「大学に入った途端、五千で13分台、一万で30分を切ったのですが、陸上は全く素人でシューズの選び方も知らない。彼に合うのを見繕って頂きたいのですが、よろしく」
それだけ言うといなくなった。ここにはよく来ているようだ。
「あの先生も忙しい方ですな。ではこちらへ」
奥の明るく広い部屋に入ると、数人がコンピュータに向かっていた。
中の一人を呼び、少し指示をして白髪の人も出て行った。
呼ばれた人は30才位の男性で。会社の制服を着ている。
その人見さんが、淳一に今の状態を聞き、足型を詳しく調べてくれた。
まず素足で白い箱の中に足をいれる。コンピュータで計測するそうだ。
もう一度メジャーで測りながら、足の各所をつまんで柔らかさを入念に調べ記録をとっていく。
「はい、ご苦労さん。これから君の足に合わせた靴を作るけど、できるまで少々時間がかかるよ。二週間後位になるから、また取りに来てください」
前から聞きたかったことを質問した。
「靴ってどれくらい走ったら買い替えるものなんですか?」
「まあプロなら500キロというところかな。一日20キロ走ってひと月くらいだよ」
毎月一足履きつぶすのか。
「それにしても君は背が高いね。よく締まっているし筋肉も柔らかい。マラソンの日本記録保持者も結構背が高いから、君も期待できそうだな」
「そんな選手のシューズも作っているんですか?」
「展示を見ただろう?全部うちの製品だけど、もう以前とは比べ物にならんくらい軽くなっているよ。さてこれからクッションやソールの厚みを変えて四種類作るけど、全部、履いて結果を知らせてください」
靴のオーダーメードか。恐る恐る聞いた。
「あの値段は、どれくらいするんですか」
「研究データとして作製し、サンプルを提供する形だからご心配なく」
要するに無料ということか。
「国立大の学生さんは久しぶりだな。勉強大変でしょうが、がんばってくださいよ」
励まされて会社を出た。靴はいくつか試し履きをして、今日もらえるとものと思っていた。
彼女と久しぶりの買い物デート。
スポーツ量販店を回って靴を二足買ったが、支払いは彼女のカードだ。
俺だってカードは持っているが、ポイントがたまるからという理由で押し切られた。
高校生に出してもらうのは情けないが、バイトの時間が減り、貯金は目減りする一方なので甘えることにした。
夕食は三回目の回転寿司。ここでは周りを気にせず手話ができる。
五皿で帰ろうとすると怒られた。
「ジュンは、いつもお金の心配ばかりするから楽しくない」
君とは生活レベルが違いすぎるよ。
「父からお小遣いをもらっている。お腹いっぱい食べて」
「食べ過ぎたら、明日走れないよ」
「私が、追いかけて走らせる」
急に口をゆがめた。泣く前の顔だ。
「お母さんが、オリンピックなんか忘れて看護学校に行く勉強をしなさいと言った。将来あなたと結婚するのは反対しない。でも今は自分のために時間を使いなさいって」
そうか。そうだろうな。
「でも私、ジュンの走る計画を何か月も一生懸命、勉強した。調べた。頑張ったよ」
もう涙がこぼれかけている。
「明日から、朝も伯父さんのところに行くのはやめなさいと言われた。どうしたらいい?」
唇をかみしめた。何もできない自分がふがいない。
「お母さんの言うことは正しいと思う。君を犠牲にしているのは良くない」
「犠牲なんて思っていない。あなたの夢は、私の夢。一緒のはずでしょう?」
「君がいなくても、僕は君のために走る。君が計画したとおりに走る。11月のマラソンでは必ずいい記録を出す。それから、また考えよう」
二人共、大して食べることもなく店を出た。
夜の繁華街は、驚くほど人通りが多かった。彼女と手をつないで駅まで歩く。
電車の中では、二人並んで窓に映る姿を見ていた。
今までが順調すぎたのだろうか。
陸上のサポートなど頼まず、普通の恋人として付き合っていれば楽だったかもしれない。
それなら今までの彼女の努力はどうなる?
やはり彼女の頑張りには応える必要がある。彼女は俺の夢をかなえるために頑張っている。
君さえいるなら、どんな条件でも走ってやる。
でもこれから一人か。
明日は20キロの日。彼女抜きの練習が始まる。
監督は出迎えた白髪の人と親しげに挨拶をしていた。
玄関を入るとスポーツ選手の大きな写真の下に、選手が使った靴が展示されている。
種目は野球、バレー、サッカー、バスケと多岐にわたっているが、やはり陸上選手が多い。
「この学生さんですな。先生が最近注目されているのは」
「大学に入った途端、五千で13分台、一万で30分を切ったのですが、陸上は全く素人でシューズの選び方も知らない。彼に合うのを見繕って頂きたいのですが、よろしく」
それだけ言うといなくなった。ここにはよく来ているようだ。
「あの先生も忙しい方ですな。ではこちらへ」
奥の明るく広い部屋に入ると、数人がコンピュータに向かっていた。
中の一人を呼び、少し指示をして白髪の人も出て行った。
呼ばれた人は30才位の男性で。会社の制服を着ている。
その人見さんが、淳一に今の状態を聞き、足型を詳しく調べてくれた。
まず素足で白い箱の中に足をいれる。コンピュータで計測するそうだ。
もう一度メジャーで測りながら、足の各所をつまんで柔らかさを入念に調べ記録をとっていく。
「はい、ご苦労さん。これから君の足に合わせた靴を作るけど、できるまで少々時間がかかるよ。二週間後位になるから、また取りに来てください」
前から聞きたかったことを質問した。
「靴ってどれくらい走ったら買い替えるものなんですか?」
「まあプロなら500キロというところかな。一日20キロ走ってひと月くらいだよ」
毎月一足履きつぶすのか。
「それにしても君は背が高いね。よく締まっているし筋肉も柔らかい。マラソンの日本記録保持者も結構背が高いから、君も期待できそうだな」
「そんな選手のシューズも作っているんですか?」
「展示を見ただろう?全部うちの製品だけど、もう以前とは比べ物にならんくらい軽くなっているよ。さてこれからクッションやソールの厚みを変えて四種類作るけど、全部、履いて結果を知らせてください」
靴のオーダーメードか。恐る恐る聞いた。
「あの値段は、どれくらいするんですか」
「研究データとして作製し、サンプルを提供する形だからご心配なく」
要するに無料ということか。
「国立大の学生さんは久しぶりだな。勉強大変でしょうが、がんばってくださいよ」
励まされて会社を出た。靴はいくつか試し履きをして、今日もらえるとものと思っていた。
彼女と久しぶりの買い物デート。
スポーツ量販店を回って靴を二足買ったが、支払いは彼女のカードだ。
俺だってカードは持っているが、ポイントがたまるからという理由で押し切られた。
高校生に出してもらうのは情けないが、バイトの時間が減り、貯金は目減りする一方なので甘えることにした。
夕食は三回目の回転寿司。ここでは周りを気にせず手話ができる。
五皿で帰ろうとすると怒られた。
「ジュンは、いつもお金の心配ばかりするから楽しくない」
君とは生活レベルが違いすぎるよ。
「父からお小遣いをもらっている。お腹いっぱい食べて」
「食べ過ぎたら、明日走れないよ」
「私が、追いかけて走らせる」
急に口をゆがめた。泣く前の顔だ。
「お母さんが、オリンピックなんか忘れて看護学校に行く勉強をしなさいと言った。将来あなたと結婚するのは反対しない。でも今は自分のために時間を使いなさいって」
そうか。そうだろうな。
「でも私、ジュンの走る計画を何か月も一生懸命、勉強した。調べた。頑張ったよ」
もう涙がこぼれかけている。
「明日から、朝も伯父さんのところに行くのはやめなさいと言われた。どうしたらいい?」
唇をかみしめた。何もできない自分がふがいない。
「お母さんの言うことは正しいと思う。君を犠牲にしているのは良くない」
「犠牲なんて思っていない。あなたの夢は、私の夢。一緒のはずでしょう?」
「君がいなくても、僕は君のために走る。君が計画したとおりに走る。11月のマラソンでは必ずいい記録を出す。それから、また考えよう」
二人共、大して食べることもなく店を出た。
夜の繁華街は、驚くほど人通りが多かった。彼女と手をつないで駅まで歩く。
電車の中では、二人並んで窓に映る姿を見ていた。
今までが順調すぎたのだろうか。
陸上のサポートなど頼まず、普通の恋人として付き合っていれば楽だったかもしれない。
それなら今までの彼女の努力はどうなる?
やはり彼女の頑張りには応える必要がある。彼女は俺の夢をかなえるために頑張っている。
君さえいるなら、どんな条件でも走ってやる。
でもこれから一人か。
明日は20キロの日。彼女抜きの練習が始まる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。
カレンと晴人はその後、どうなる?
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる