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Ⅲ ロンドンへの道
7 シューズの特注
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監督と駅からタクシーで行ったのは、スポーツシューズ工場の一角にある研究所だった。
監督は出迎えた白髪の人と親しげに挨拶をしていた。
玄関を入るとスポーツ選手の大きな写真の下に、選手が使った靴が展示されている。
種目は野球、バレー、サッカー、バスケと多岐にわたっているが、やはり陸上選手が多い。
「この学生さんですな。先生が最近注目されているのは」
「大学に入った途端、五千で13分台、一万で30分を切ったのですが、陸上は全く素人でシューズの選び方も知らない。彼に合うのを見繕って頂きたいのですが、よろしく」
それだけ言うといなくなった。ここにはよく来ているようだ。
「あの先生も忙しい方ですな。ではこちらへ」
奥の明るく広い部屋に入ると、数人がコンピュータに向かっていた。
中の一人を呼び、少し指示をして白髪の人も出て行った。
呼ばれた人は30才位の男性で。会社の制服を着ている。
その人見さんが、淳一に今の状態を聞き、足型を詳しく調べてくれた。
まず素足で白い箱の中に足をいれる。コンピュータで計測するそうだ。
もう一度メジャーで測りながら、足の各所をつまんで柔らかさを入念に調べ記録をとっていく。
「はい、ご苦労さん。これから君の足に合わせた靴を作るけど、できるまで少々時間がかかるよ。二週間後位になるから、また取りに来てください」
前から聞きたかったことを質問した。
「靴ってどれくらい走ったら買い替えるものなんですか?」
「まあプロなら500キロというところかな。一日20キロ走ってひと月くらいだよ」
毎月一足履きつぶすのか。
「それにしても君は背が高いね。よく締まっているし筋肉も柔らかい。マラソンの日本記録保持者も結構背が高いから、君も期待できそうだな」
「そんな選手のシューズも作っているんですか?」
「展示を見ただろう?全部うちの製品だけど、もう以前とは比べ物にならんくらい軽くなっているよ。さてこれからクッションやソールの厚みを変えて四種類作るけど、全部、履いて結果を知らせてください」
靴のオーダーメードか。恐る恐る聞いた。
「あの値段は、どれくらいするんですか」
「研究データとして作製し、サンプルを提供する形だからご心配なく」
要するに無料ということか。
「国立大の学生さんは久しぶりだな。勉強大変でしょうが、がんばってくださいよ」
励まされて会社を出た。靴はいくつか試し履きをして、今日もらえるとものと思っていた。
彼女と久しぶりの買い物デート。
スポーツ量販店を回って靴を二足買ったが、支払いは彼女のカードだ。
俺だってカードは持っているが、ポイントがたまるからという理由で押し切られた。
高校生に出してもらうのは情けないが、バイトの時間が減り、貯金は目減りする一方なので甘えることにした。
夕食は三回目の回転寿司。ここでは周りを気にせず手話ができる。
五皿で帰ろうとすると怒られた。
「ジュンは、いつもお金の心配ばかりするから楽しくない」
君とは生活レベルが違いすぎるよ。
「父からお小遣いをもらっている。お腹いっぱい食べて」
「食べ過ぎたら、明日走れないよ」
「私が、追いかけて走らせる」
急に口をゆがめた。泣く前の顔だ。
「お母さんが、オリンピックなんか忘れて看護学校に行く勉強をしなさいと言った。将来あなたと結婚するのは反対しない。でも今は自分のために時間を使いなさいって」
そうか。そうだろうな。
「でも私、ジュンの走る計画を何か月も一生懸命、勉強した。調べた。頑張ったよ」
もう涙がこぼれかけている。
「明日から、朝も伯父さんのところに行くのはやめなさいと言われた。どうしたらいい?」
唇をかみしめた。何もできない自分がふがいない。
「お母さんの言うことは正しいと思う。君を犠牲にしているのは良くない」
「犠牲なんて思っていない。あなたの夢は、私の夢。一緒のはずでしょう?」
「君がいなくても、僕は君のために走る。君が計画したとおりに走る。11月のマラソンでは必ずいい記録を出す。それから、また考えよう」
二人共、大して食べることもなく店を出た。
夜の繁華街は、驚くほど人通りが多かった。彼女と手をつないで駅まで歩く。
電車の中では、二人並んで窓に映る姿を見ていた。
今までが順調すぎたのだろうか。
陸上のサポートなど頼まず、普通の恋人として付き合っていれば楽だったかもしれない。
それなら今までの彼女の努力はどうなる?
やはり彼女の頑張りには応える必要がある。彼女は俺の夢をかなえるために頑張っている。
君さえいるなら、どんな条件でも走ってやる。
でもこれから一人か。
明日は20キロの日。彼女抜きの練習が始まる。
監督は出迎えた白髪の人と親しげに挨拶をしていた。
玄関を入るとスポーツ選手の大きな写真の下に、選手が使った靴が展示されている。
種目は野球、バレー、サッカー、バスケと多岐にわたっているが、やはり陸上選手が多い。
「この学生さんですな。先生が最近注目されているのは」
「大学に入った途端、五千で13分台、一万で30分を切ったのですが、陸上は全く素人でシューズの選び方も知らない。彼に合うのを見繕って頂きたいのですが、よろしく」
それだけ言うといなくなった。ここにはよく来ているようだ。
「あの先生も忙しい方ですな。ではこちらへ」
奥の明るく広い部屋に入ると、数人がコンピュータに向かっていた。
中の一人を呼び、少し指示をして白髪の人も出て行った。
呼ばれた人は30才位の男性で。会社の制服を着ている。
その人見さんが、淳一に今の状態を聞き、足型を詳しく調べてくれた。
まず素足で白い箱の中に足をいれる。コンピュータで計測するそうだ。
もう一度メジャーで測りながら、足の各所をつまんで柔らかさを入念に調べ記録をとっていく。
「はい、ご苦労さん。これから君の足に合わせた靴を作るけど、できるまで少々時間がかかるよ。二週間後位になるから、また取りに来てください」
前から聞きたかったことを質問した。
「靴ってどれくらい走ったら買い替えるものなんですか?」
「まあプロなら500キロというところかな。一日20キロ走ってひと月くらいだよ」
毎月一足履きつぶすのか。
「それにしても君は背が高いね。よく締まっているし筋肉も柔らかい。マラソンの日本記録保持者も結構背が高いから、君も期待できそうだな」
「そんな選手のシューズも作っているんですか?」
「展示を見ただろう?全部うちの製品だけど、もう以前とは比べ物にならんくらい軽くなっているよ。さてこれからクッションやソールの厚みを変えて四種類作るけど、全部、履いて結果を知らせてください」
靴のオーダーメードか。恐る恐る聞いた。
「あの値段は、どれくらいするんですか」
「研究データとして作製し、サンプルを提供する形だからご心配なく」
要するに無料ということか。
「国立大の学生さんは久しぶりだな。勉強大変でしょうが、がんばってくださいよ」
励まされて会社を出た。靴はいくつか試し履きをして、今日もらえるとものと思っていた。
彼女と久しぶりの買い物デート。
スポーツ量販店を回って靴を二足買ったが、支払いは彼女のカードだ。
俺だってカードは持っているが、ポイントがたまるからという理由で押し切られた。
高校生に出してもらうのは情けないが、バイトの時間が減り、貯金は目減りする一方なので甘えることにした。
夕食は三回目の回転寿司。ここでは周りを気にせず手話ができる。
五皿で帰ろうとすると怒られた。
「ジュンは、いつもお金の心配ばかりするから楽しくない」
君とは生活レベルが違いすぎるよ。
「父からお小遣いをもらっている。お腹いっぱい食べて」
「食べ過ぎたら、明日走れないよ」
「私が、追いかけて走らせる」
急に口をゆがめた。泣く前の顔だ。
「お母さんが、オリンピックなんか忘れて看護学校に行く勉強をしなさいと言った。将来あなたと結婚するのは反対しない。でも今は自分のために時間を使いなさいって」
そうか。そうだろうな。
「でも私、ジュンの走る計画を何か月も一生懸命、勉強した。調べた。頑張ったよ」
もう涙がこぼれかけている。
「明日から、朝も伯父さんのところに行くのはやめなさいと言われた。どうしたらいい?」
唇をかみしめた。何もできない自分がふがいない。
「お母さんの言うことは正しいと思う。君を犠牲にしているのは良くない」
「犠牲なんて思っていない。あなたの夢は、私の夢。一緒のはずでしょう?」
「君がいなくても、僕は君のために走る。君が計画したとおりに走る。11月のマラソンでは必ずいい記録を出す。それから、また考えよう」
二人共、大して食べることもなく店を出た。
夜の繁華街は、驚くほど人通りが多かった。彼女と手をつないで駅まで歩く。
電車の中では、二人並んで窓に映る姿を見ていた。
今までが順調すぎたのだろうか。
陸上のサポートなど頼まず、普通の恋人として付き合っていれば楽だったかもしれない。
それなら今までの彼女の努力はどうなる?
やはり彼女の頑張りには応える必要がある。彼女は俺の夢をかなえるために頑張っている。
君さえいるなら、どんな条件でも走ってやる。
でもこれから一人か。
明日は20キロの日。彼女抜きの練習が始まる。
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