沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

15 人工内耳

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年末は、家庭教師をしている大輔が中学受験をするので、最後の学習指導に追われた。
忙しくて、週二回の約束が全然守れていない。申し訳なくて塾の冬期講習を勧めたが、彼が週一回でも、倉本先生がいいと言ったそうなのでそのままだ。

ケンカの仕方以外まともに教えていない気がする。
元々できる子なので、競争主義の塾ではない方がいいのかもしれない。
入試は1月の第二土曜。由佳の受験日と同じ日だ。

年末に四日、受験前は三日教える予定だ。3時間も大輔と付き合うと、さすがに疲れる。
国語は新聞の社説やコラムを読ませたり、漢文の手ほどきをしたりした。
理科や算数の問題は難しくて、下調べをしていないと手に余る。
家庭教師が終わるとこたつで寝込んでしまった。

目が覚めると、由佳が目の前で勉強をしていた。
夢か?
彼女は、午後から淳一に教えてもらうと言って寺に来たそうだ。
受験科目は英語、国語、数学だけだ。
ポイントを教えるとぐんぐん理解が進み、呑み込みの早さに驚かされた。
数学に関しては、明らかに追い越されている。本当に頭のいい人間っているんだなと思った。

困ったのは、二人だけの濃密な時間だ。
顔を寄せ合った時、指がふれ合ったり、彼女の髪が淳一の頬にかかったりする。
むらむらしてくるので、何度も顔を洗って気持ちを静めた。これでは体に悪い。
それに伯母さんが急にふすまを開けて、茶菓子など持ってくるから何かできるはずがない。
試験が終わるまでは我慢だな。

家に送る時は、どちらかが自転車を押しながら手話の会話。
話は進まないが、表情で会話を補うこともできるようになってきた。
手話の検定試験があるそうで、彼女の予想では二級レベルで、母親と同じ位の能力になったそうだ。来年受けてみようか。
 
大みそかは寺中の掃除の後、除夜の鐘の係を任された。
檀家さんが順に鐘を打つのだが、数を間違えないかと緊張した。
後で聞くと、別に百八より多くて少なくても構わないということだ。
最後に淳一と由佳が一緒に鐘をつき、手を合わせた。
今年が正念場だ。彼女も目をつぶって長いこと手を合わせていた。

年が明けると、本堂で初めて転読をやった。何十巻ものお経の一部だけを読んで、手で全部ぱらぱら開いては閉じ、読んだことにするのだ。
今まで伯父さん一人でやっていたそうだ。昨年、やり方を教えてもらい何度も練習をしたが、落としてしまうこともよくあった。
今年は多少スムーズになったが、流れるように進めるのはやはり難しい。

「来年はもっとうまくなるよ」
伯父さんに励まされたが、まさかこれから毎年やるのか?

由佳は笑いながら、経を読む淳一の頭を指さした。
「来年は丸坊主になればいい」

正月は、彼女とどこかへ初詣と思っていたが、そんな暇はなかった。
檀家さんがたくさん参りに来られ、その接待で忙しい。
彼女もよく働き、淳一にあれこれ指示をした。

三日から大輔が寺に来た。午前中勉強を教え、午後は由佳の受験勉強に付き合う。
郵便局で年賀状の配達をするより大変だった。
受験の前日、彼女を家に送ると、母親に呼び止められた。

「遅くまで勉強を手伝ってくれてありがとう。お茶飲んでいってね」
父親は医師会の新年会で出かけているそうだ。

「淳一さんのおかげで、筆記試験は自信があるそうよ」
「でも面接はどうするんですか?」
「姉さんが手話通訳をすることになったの。私もあの子がここまで伸びるとは思わなかった。国語なんかさっぱりだったのに、淳一さんのおかげで言葉の理解が進んだみたい。でも合格できても勉強や実習は大変だから、小さい時に人工内耳の手術をしとけばよかったと思うわ」
初めて聞く言葉に首をかしげた。

「人工内耳って何ですか?」
「由佳は感音性の難聴だから、補聴器はあまり役に立たないの。人工内耳をしたら多少聞こえるらしいけど、運動が制限されるってパパが反対してね。あの子、手話ばかりで苦労知らずに育ったからこれからが大変」
「手術は難しいのですか?」
「そうでもないみたい。補助も出るしね。私の声で由佳が振り向いてくれるのが夢だったけれど、今更ね。今後手術をするかどうかは、あなたたち二人で相談して決めたらいいわ」

大輔は地域で二番目にレベルの高い私立中学に合格した。
親子で淳一に合格報告をしに来て謝礼までもらった。
母親によると、合格した以上に気持ちが強くなったことがうれしいそうだ。
もう算数や理科を教えなくてもいいのでほっとしたが、来月から家庭教師代が入らなくなる。
当分貯金を取り崩して生活をせざるを得ない。

ともかく後二か月か。

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