71 / 139
Ⅲ ロンドンへの道
17 障害の責任
しおりを挟む
三田島家のリビングで浩輔と美智子が、長時間話し合っていた。
「もちろん資格を取らせるのは大事だと思うが、何も今すぐじゃなくてもいいだろう」
「あなたは由佳が学校を卒業して、家事手伝いでいいと言うの?他の子の進路は決まっているのよ」
「この半年、由佳があれだけ何かに打ち込んだのは、淳一君のおかげだろう。今まで何かしてもらうことばかりで、人のために一生懸命になることは初めてじゃないか?」
「あの子、今まで勉強も運動も何でもできたじゃない。早く看護師の資格を取ってほしいのよ」
「そのために、今やっている淳一君のサポートを止めさせるのか?」
「できる範囲でやればいいでしょ。休みの日に付き合うとか。とにかく試験は受かったんだから、それをみすみす捨てることはないわ」
ここで一息ついた。
「君自身、看護師資格を持っているから、分かっていると思っていた。講義が全く聞こえない中で、三年間、唇だけ見て理解しろというのか」
「あの子ならできると思う。やってきた人知っているし。人工内耳にしたらもっと楽になるかもしれない」
「俺は、これまであの子が少しでも悲しい思いをしないようにしてきたつもりだ。それを君が、将来のことを考えたら甘すぎると思っているのは分かっている。しかし今、あの子は淳君と夢を目指している。それを取り上げて看護学校に放り込むのは酷じゃないか」
「あの子たち姉妹が、障害を持ったのは私たちの責任。それを乗り越えさせることも私たちの責任でしょう?」
二人で部屋に入った時、母親の最後の言葉、「障害を持ったのは私達の責任」という言葉が聞こえた。どういうことだろう?緊張しながらテーブルに着いた。ともかく話を始めなければ。
「あの、僕のせいで、由佳さんやお二人にご心配かけてしまって・・」
全部言う間もなく、父親が口を挟んだ。
「淳一君、もういいよ。私は由佳が幸せでさえあればそれでいい。母さんが看護学校に行けと言うのも由佳のためだ。しかし決めるのは由佳自身だろう?母さん」
「そうね。由香の人生だしね。淳一さんはどうしてほしいの?」
言葉に詰まった。
「3月4日に滋賀県でマラソン大会があります。そこででいい結果が出せれば目標達成です。そしたら8月までサポートを頼みたいと思っていました」
「可能性あるの?入学金の払い込み期限は来週末よ」
「頑張りますとしか言えません」
「入学金の百万円を払い込むかどうかはあなた次第になるわね。もしかしたら一年間、由佳は学校も行かず無職少女よ」
言葉を失い、うなだれてしまった。
由佳は、母親を睨み付けた。雰囲気で分かったようだ。
父親が口を開いた。
「こうしよう。看護学校には入学する。これで母さんの気は晴れるな。もし淳一君の願いがかなったなら、前半は休学するなり、取れる分の授業を受けながら、彼のサポートをする。これでいいだろう?」
3月のマラソンでだめだったら・・・。その可能性の方がはるかに大きい。
彼女は看護学校。俺は大学で陸上と勉強。
もし夢がかなったら彼女は休学してサポートを続ける。やっぱりそんなことはありえないか。三田島先生もオリンピックという言葉は出さなかった。信じているのは由佳だけか。
話し合いの後、彼女の部屋に行った。由佳は先程と違ってうれしそうだ。
「明日から、またジュンと一緒に走れるね。後二か月もないから、頑張ろう」
まだ気持ちがもやもやしている。何のためにオリンピックを目指すのか分からなくなってきた。
彼女が心配そうに淳一を見つめた。
「大丈夫。私がいるから。二人ならできるとあなたが言ったでしょう。ジュンがロンドンで走る姿を見たい。私の夢をかなえてくれる?」
大歓声を浴びながら、由佳の前を走る自分の姿が頭に浮かんだ。
体の中から何か押さえきれない気持ちがあふれて来た。
彼女を思い切り抱きしめ、ベッドに倒れこんだ。キスだけ。キスだけならいいだろう?
彼女は、目を閉じて力を抜いた。いいのか?今、この部屋で本当に?
ため息をついて体を離した。もう少しだけ我慢しよう。今でなくてもいい。
これからいくらでもチャンスはあるはずだ。
「もちろん資格を取らせるのは大事だと思うが、何も今すぐじゃなくてもいいだろう」
「あなたは由佳が学校を卒業して、家事手伝いでいいと言うの?他の子の進路は決まっているのよ」
「この半年、由佳があれだけ何かに打ち込んだのは、淳一君のおかげだろう。今まで何かしてもらうことばかりで、人のために一生懸命になることは初めてじゃないか?」
「あの子、今まで勉強も運動も何でもできたじゃない。早く看護師の資格を取ってほしいのよ」
「そのために、今やっている淳一君のサポートを止めさせるのか?」
「できる範囲でやればいいでしょ。休みの日に付き合うとか。とにかく試験は受かったんだから、それをみすみす捨てることはないわ」
ここで一息ついた。
「君自身、看護師資格を持っているから、分かっていると思っていた。講義が全く聞こえない中で、三年間、唇だけ見て理解しろというのか」
「あの子ならできると思う。やってきた人知っているし。人工内耳にしたらもっと楽になるかもしれない」
「俺は、これまであの子が少しでも悲しい思いをしないようにしてきたつもりだ。それを君が、将来のことを考えたら甘すぎると思っているのは分かっている。しかし今、あの子は淳君と夢を目指している。それを取り上げて看護学校に放り込むのは酷じゃないか」
「あの子たち姉妹が、障害を持ったのは私たちの責任。それを乗り越えさせることも私たちの責任でしょう?」
二人で部屋に入った時、母親の最後の言葉、「障害を持ったのは私達の責任」という言葉が聞こえた。どういうことだろう?緊張しながらテーブルに着いた。ともかく話を始めなければ。
「あの、僕のせいで、由佳さんやお二人にご心配かけてしまって・・」
全部言う間もなく、父親が口を挟んだ。
「淳一君、もういいよ。私は由佳が幸せでさえあればそれでいい。母さんが看護学校に行けと言うのも由佳のためだ。しかし決めるのは由佳自身だろう?母さん」
「そうね。由香の人生だしね。淳一さんはどうしてほしいの?」
言葉に詰まった。
「3月4日に滋賀県でマラソン大会があります。そこででいい結果が出せれば目標達成です。そしたら8月までサポートを頼みたいと思っていました」
「可能性あるの?入学金の払い込み期限は来週末よ」
「頑張りますとしか言えません」
「入学金の百万円を払い込むかどうかはあなた次第になるわね。もしかしたら一年間、由佳は学校も行かず無職少女よ」
言葉を失い、うなだれてしまった。
由佳は、母親を睨み付けた。雰囲気で分かったようだ。
父親が口を開いた。
「こうしよう。看護学校には入学する。これで母さんの気は晴れるな。もし淳一君の願いがかなったなら、前半は休学するなり、取れる分の授業を受けながら、彼のサポートをする。これでいいだろう?」
3月のマラソンでだめだったら・・・。その可能性の方がはるかに大きい。
彼女は看護学校。俺は大学で陸上と勉強。
もし夢がかなったら彼女は休学してサポートを続ける。やっぱりそんなことはありえないか。三田島先生もオリンピックという言葉は出さなかった。信じているのは由佳だけか。
話し合いの後、彼女の部屋に行った。由佳は先程と違ってうれしそうだ。
「明日から、またジュンと一緒に走れるね。後二か月もないから、頑張ろう」
まだ気持ちがもやもやしている。何のためにオリンピックを目指すのか分からなくなってきた。
彼女が心配そうに淳一を見つめた。
「大丈夫。私がいるから。二人ならできるとあなたが言ったでしょう。ジュンがロンドンで走る姿を見たい。私の夢をかなえてくれる?」
大歓声を浴びながら、由佳の前を走る自分の姿が頭に浮かんだ。
体の中から何か押さえきれない気持ちがあふれて来た。
彼女を思い切り抱きしめ、ベッドに倒れこんだ。キスだけ。キスだけならいいだろう?
彼女は、目を閉じて力を抜いた。いいのか?今、この部屋で本当に?
ため息をついて体を離した。もう少しだけ我慢しよう。今でなくてもいい。
これからいくらでもチャンスはあるはずだ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる