沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅲ ロンドンへの道

18 長居陸上競技場

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由佳は早朝練習に、合格祝いとして新しく買ってもらったスポーツタイプの電動自転車で伴走してくれることになった。
本当は運転免許を取りたかったのに、両親が許してくれないそうだ。

目の前を自転車で走る姿を見ながら走るのはうれしいし、同じスピードで走ってくれるので、ペースが以前よりつかみやすくなった。走り終わればストレッチとマッサージ。
夏場は、彼女の胸の隙間や膨らみに目が行ってしまい落ち着かなかったが、今は着こんでいるから、助かるような残念なような。

朝食後は、淳一の部屋でミーティング。
まず今日の走りの反省。フォームと体や足の動き、呼吸の仕方、手の振りやストライドの回数など彼女がチェックした項目を検討する。

1キロごとのタイムチェックが厳しい。全コース10キロの地図に1km6箇所。2km2か所のポイントがある。キロ3分のコースが3か所、キロ2分30のコースが3か所。2kmはジョグでよいが、早くても歩くことも許されない。できなくてもペナルティがあるわけではないが、由佳のきつい目で見られると辛い思いをする。

優しい時もある。疲れ果て、荒い息をしながら座り込んでしまった時、後ろから抱きしめてくれたことがある。由佳の胸の膨らみを背中で感じながら、走るエネルギーをもらった気がした。

今のところ、3月のびわ湖マラソンと6月の日本選手権を視野に入れてトレーニングを重ねている。最大の難問はマラソンに絞るのか、五千か一万に挑戦するかだ。
マラソンは、まだ一回しか走っていない未知の領域と言ってもいい。
とにかく3月のびわ湖毎日マラソンで決まる。

大学では後期の試験が始まった。さすがに一週間、夕方の練習を休み、図書館で勉強をした。
多分単位を落とすことはないと思うが、今回の成績で2回生からの専門コースが決められる。
第一希望は日本史で、次が東洋史、西洋史にした。
2月で講義は終わり、4月まで春休みに入る。同じ文学部の学生は海外旅行の話で持ち切りだ。

本来なら二か月あればバイトをしなければならないが、もうそんなことは言っておれない。
びわ湖毎日まで後一か月弱。由佳の指示で早朝トレーニングの距離を延ばすことにした。
コースは彼女がネットで距離を調べて下見もしてくれている。
外周道路から出たり入ったりしてややこしい。

夕方の競技場練習は、1000mのインターバルを10本。
東田にびわ湖マラソンにエントリーしていることを打ち明けてから、同期の薮田君などが居残って並走してくれるようになった。前半は大体3分半、後半は3分前半をキープするのが目標だ。
きついが何とか目標タイムに近づいてきている。朝のトレーニング効果が確実に出てきた。

2月。長居競技場の関西長距離記録会で、六甲大学の4人とハーフマラソンに参加することになった。びわ湖毎日のためのラストチャレンジだ。

この日は由佳と二人で競技場に行った。
彼女はダウンジャケットにニットの帽子をかぶり、いつもより大人びて見える。
化粧っ気のない顔に木漏れ日が当たった時、改めてきれいだなと思った。

早目に着いて、コースを歩きながら彼女の応援場所を探すつもりだった。
ところが競技場に着くなり東田に見つけられた。彼は由佳に向かって手話を始めた。

「おはよう。彼の友達の東田です。これから僕と仲良くしましょう」
東田が手を差し出すと、彼女は困ったような顔をして淳一を見た。
仕方なくうなずくと、軽く握手をした。いい気分ではない。

「この子が君の走るエネルギー源か。こんな女の子がいたら僕も14分切りできたかもしれんな」
三人で歩いていると吉泉監督とばったり出会った。

「丁度良かった。このお嬢さんが君のパートナーだな。いろいろ聞きたいことがある。確か東田君は手話ができるんだったな。倉本君はもういいから、早く召集場所に行きなさい」
由佳は不安そうに淳一を見た。彼女が心配だ。こんな気持ちで走れるかな?


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