沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅳ オリンピック代表

7 モチベーションは恋心

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最後に教授が、淳一がオリンピックに出場できた理由を説明した。
結論は三つに集約されるそうだ。

1.パターン化した効率的なトレーニング。
2.コーチによるサポート。とりわけストレッチとマッサージによる故障のない体つくり。
3.選手とコーチの精神的な結びつき。

「近年、世界の中長距離界は、アフリカ選手に席巻されています。彼らが地元で練習する時、日本のように競技場や練習に適したフラットな道路が手近にあるとは限りません。おそらく幼少時から山野を駆け巡り、足腰を鍛えることが多かったことでしょう。三田島さんが彼を走らせたコースはまさに、アフリカ選手が日々走りこんだ風景と非常に似通っていると言えるのではないでしょうか」

ここまで手話で要点を由佳に知らせていたが、追いつかなくなってきた。
「もう一点は、選手のモチベーションの問題です。アフリカ選手の走る最大の動機は、賞金を得て、貧しい暮らしから抜け出したいという強い気持ちだと聞いたことがあります。さて倉本君の走るモチベーションは何でしょうか?」
多くの人が由佳と淳一の方を見た。

「コーチと選手との人間関係は非常に重要です。かつて皆さんもご存知の女子マラソン選手と監督との関わりが話題になったことがありますが、それは男子選手にも当てはまると思われます。倉本君の走る原動力は言うまでも三田島由佳さんであることは疑いないと思われますが、それが彼女への信頼であるのか、はたまた恋心なのかは分かりません」
会場全体に笑い声が響いた。
由佳は説明を催促するが、やりにくいよ。

「そのおかげで彼は周りのペースに乱されることなく、好不調の波がほとんどなく、なおかつ故障もしないまま結果を出し続けています。もちろんこのセオリーが一般化できるかどうかはまだまだ検証が必要です」
ようやく吉泉教授のプレゼンが終わった。何とも複雑でうれしい気分ではない。

質疑応答では、ポイント練習や体調管理などについて、淳一に質問が集中した。
しかしこの練習法の意図は、などと聞かれても、由佳に従っただけとしか言いようがない。
何度も立往生してしまった。彼女は淳一を心配そうに見ているが、もう帰りたくなった。

所長さんから聞かれた。
「今現在、困っていることは?」
「オリンピックの担当者が、コーチとして彼女を認めてくれなかったことです。その人から教えられたのは、走り終わったら道路に頭を下げろという事だけです。お前は未成年だから、もっと大人になれと言われました」
また会場から笑い声が起こった。所長さんがマイクを握った。

「今回のオリンピックでは、選手が三百名弱。役員コーチ陣が二百三十名だったかな。メダルを取るため、最良の選択をしていると信じたいが、あと少しで判明するだろう。では我が社として倉本君に何ができるだろうか」
人見さんが立ち上がった。

「三田島さんがロンドンに行くことは、今日の発表から不可欠と感じました。丸抱えというのは無理ですが、向うに行く飛行機やホテルの手配などはさせてもらいます。今後のことですが、もし倉本君が当社と複数年の専属契約をしてくれたら、金銭面での心配はなくなると思います。何なら今からボルダーに行って高地トレーニングをすることも可能です」

頭が混乱して答えようがない。吉泉教授が割って入ってきた。
「その件につきましては、後日、三田島コーチを交えて検討したいと存じます。では、これで今日の臨時のスポーツ生理学会を終了します」
強引に閉会を宣言し、会は幕を閉じた。
その後多くの人から激励や称賛を受けた。彼女も数人の学者さんに囲まれ筆談をしていた。

帰りの電車で、やっと二人だけになれた。
「君はすごいな。あんなプレゼンの内容をいつ作ったの?」
「データは、会社のサーバーを使わせてもらってまとめた。それをグラフにするのは簡単だった。ジュンに手話で伝えて、話してもらう予定だったけど、あなたも忙しいから、先生に一人でやれと言われた」
「教授と連絡を取り合っていたの?」
「最近はメールを毎日何回も」

俺抜きか。由佳は理系女子だから、この先うまくやっていけるのか心配だ。
でもこの学会が終わってから、彼女は見違えるほど優しくなった。
やはり彼女なりにプレッシャーはあったんだな。


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