98 / 139
Ⅳ オリンピック代表
16 ネクストチャンス
しおりを挟む
予定より1時間も遅れて表彰式が始まった。
月桂冠をかぶせてもらい、台の左に立つ。銀メダルか。あと少しだったな。
この次、どこかで走ることがあるのだろうか。
淳一の名前ががアナウンスで紹介されると予想外に大きな拍手があった。
なぜ金メダリストより、自分への拍手が大きいのか分からない。
金メダリストの国歌演奏。ここで不思議なことが起きた。
金メダル選手の国歌の演奏なのに、会場からイギリス国歌、『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』がかすかに聞こえ出したのだ。会場にいるイギリス人がユニオンジャックを見ながら、自国の国歌を歌っている。金メダリストはというと、顔をゆがめてうつむいていた。
妨害行為への抗議の表現だと気付いた。それで俺への拍手が大きかったのか。
失格になった選手も可哀想だ。普通に走っていれば、少なくとも銀か銅を取れたのに。
3人で肩を組むことなく、金メダリストが一番先に台から降りた。このまま別れてしまうのか?
それはよくないと思った。
こわばった表情で前を歩く金メダリストの前に立った。
彼は驚いた表情で淳一を見た。確か33才で、何度も優勝経験のあるベテラン選手だ。
今大会で引退するというニュースを読んだことがある。
握手を求めて右手を差し出すと、怪訝そうな顔をしながらも差し出した手を握ってくれた。
周りをカメラマンに取り囲まれ、フラッシュが一斉に光る。
彼に英語でゆっくり話した。
「おめでとう。君がチャンピオンだ。でも次は負けない。僕には次のチャンスがある」
突然彼が淳一の両肩を強くつかんだので、一瞬怒ったのかと思った。
大きな目が涙で濡れている。もう一度手を出すと彼は両手で握り返してきた。
すごくいい人だと思えてきた。
3位のイギリス人選手が傍らで淳一を待っていた。
やや小柄で肌の色は黒い。早口でまくしたてるので何を言っているのか聞き取れないが、感謝の気持ちを表しているようだ。
話しながら淳一の手を引っ張った。入り口で待っていた大河原コーチがあわてて止めようとしたが、彼や記者、カメラマンに囲まれ、廊下の奥に連れて行かれた。振り向くと、あっけにとられた表情の日本人のテレビ局員が目に入った。助けてほしいのだけれど。
連れて行かれた部屋、つまりイギリス選手の記者会見場には、当然外国人ばかり。
二人がその会場に入るとまたフラッシュの光を浴び、目を閉じてしまった。
拍手や口笛も聞こえる。無理やりイギリス人選手の横に座らされた。
どうしよう。どこにも日本人なんていない。
インタビューが始まった。英国人の選手が早口で話しかけてくるが、部分的にしか理解ができない。言っていることが分からないとは、こんなに心細いものなのか。
そこに渉外の加納さんが現れた。地獄に仏だ。記者の質問を加納さんが通訳してくれた。
「2位になった選手の行為は、妨害と分かったか聞いている」
「それは言えません。もっと早くに勝負をしていたら抜けていたかもしれない。俺の力不足です。そう伝えて下さい」
加納さんが英語で話したが、記者たちは納得した顔ではない。次の質問を受けた。
「金メダリストに何を言った?」
ここは「Congratulation・・・・」と、英語で同じことをもう一度話した。
すると会場から拍手や口笛が聞こえてきた。銅メダリストからも肩を叩かれた。
さらにベスト記録や年齢などいくつかの質問を受けてから、イギリス選手と再び握手。
またフラッシュの嵐と鳴りやまぬ拍手。
ようやく解放され、再度日本のテレビ局の取材を受けた。
ゴール前の気持ちとか、監督や応援してくれた人のおかげです、という話ばかり繰り返す。
早く由佳に会って、メダルを彼女の首に掛けたい。思いっきり抱きしめたい。
その日、とうとう彼女に会えないまま長い一日が終わった。
月桂冠をかぶせてもらい、台の左に立つ。銀メダルか。あと少しだったな。
この次、どこかで走ることがあるのだろうか。
淳一の名前ががアナウンスで紹介されると予想外に大きな拍手があった。
なぜ金メダリストより、自分への拍手が大きいのか分からない。
金メダリストの国歌演奏。ここで不思議なことが起きた。
金メダル選手の国歌の演奏なのに、会場からイギリス国歌、『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』がかすかに聞こえ出したのだ。会場にいるイギリス人がユニオンジャックを見ながら、自国の国歌を歌っている。金メダリストはというと、顔をゆがめてうつむいていた。
妨害行為への抗議の表現だと気付いた。それで俺への拍手が大きかったのか。
失格になった選手も可哀想だ。普通に走っていれば、少なくとも銀か銅を取れたのに。
3人で肩を組むことなく、金メダリストが一番先に台から降りた。このまま別れてしまうのか?
それはよくないと思った。
こわばった表情で前を歩く金メダリストの前に立った。
彼は驚いた表情で淳一を見た。確か33才で、何度も優勝経験のあるベテラン選手だ。
今大会で引退するというニュースを読んだことがある。
握手を求めて右手を差し出すと、怪訝そうな顔をしながらも差し出した手を握ってくれた。
周りをカメラマンに取り囲まれ、フラッシュが一斉に光る。
彼に英語でゆっくり話した。
「おめでとう。君がチャンピオンだ。でも次は負けない。僕には次のチャンスがある」
突然彼が淳一の両肩を強くつかんだので、一瞬怒ったのかと思った。
大きな目が涙で濡れている。もう一度手を出すと彼は両手で握り返してきた。
すごくいい人だと思えてきた。
3位のイギリス人選手が傍らで淳一を待っていた。
やや小柄で肌の色は黒い。早口でまくしたてるので何を言っているのか聞き取れないが、感謝の気持ちを表しているようだ。
話しながら淳一の手を引っ張った。入り口で待っていた大河原コーチがあわてて止めようとしたが、彼や記者、カメラマンに囲まれ、廊下の奥に連れて行かれた。振り向くと、あっけにとられた表情の日本人のテレビ局員が目に入った。助けてほしいのだけれど。
連れて行かれた部屋、つまりイギリス選手の記者会見場には、当然外国人ばかり。
二人がその会場に入るとまたフラッシュの光を浴び、目を閉じてしまった。
拍手や口笛も聞こえる。無理やりイギリス人選手の横に座らされた。
どうしよう。どこにも日本人なんていない。
インタビューが始まった。英国人の選手が早口で話しかけてくるが、部分的にしか理解ができない。言っていることが分からないとは、こんなに心細いものなのか。
そこに渉外の加納さんが現れた。地獄に仏だ。記者の質問を加納さんが通訳してくれた。
「2位になった選手の行為は、妨害と分かったか聞いている」
「それは言えません。もっと早くに勝負をしていたら抜けていたかもしれない。俺の力不足です。そう伝えて下さい」
加納さんが英語で話したが、記者たちは納得した顔ではない。次の質問を受けた。
「金メダリストに何を言った?」
ここは「Congratulation・・・・」と、英語で同じことをもう一度話した。
すると会場から拍手や口笛が聞こえてきた。銅メダリストからも肩を叩かれた。
さらにベスト記録や年齢などいくつかの質問を受けてから、イギリス選手と再び握手。
またフラッシュの嵐と鳴りやまぬ拍手。
ようやく解放され、再度日本のテレビ局の取材を受けた。
ゴール前の気持ちとか、監督や応援してくれた人のおかげです、という話ばかり繰り返す。
早く由佳に会って、メダルを彼女の首に掛けたい。思いっきり抱きしめたい。
その日、とうとう彼女に会えないまま長い一日が終わった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる