沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅳ オリンピック代表

16 ネクストチャンス

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予定より1時間も遅れて表彰式が始まった。

月桂冠をかぶせてもらい、台の左に立つ。銀メダルか。あと少しだったな。
この次、どこかで走ることがあるのだろうか。
淳一の名前ががアナウンスで紹介されると予想外に大きな拍手があった。
なぜ金メダリストより、自分への拍手が大きいのか分からない。

金メダリストの国歌演奏。ここで不思議なことが起きた。
金メダル選手の国歌の演奏なのに、会場からイギリス国歌、『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』がかすかに聞こえ出したのだ。会場にいるイギリス人がユニオンジャックを見ながら、自国の国歌を歌っている。金メダリストはというと、顔をゆがめてうつむいていた。

妨害行為への抗議の表現だと気付いた。それで俺への拍手が大きかったのか。
失格になった選手も可哀想だ。普通に走っていれば、少なくとも銀か銅を取れたのに。

3人で肩を組むことなく、金メダリストが一番先に台から降りた。このまま別れてしまうのか?
それはよくないと思った。
こわばった表情で前を歩く金メダリストの前に立った。

彼は驚いた表情で淳一を見た。確か33才で、何度も優勝経験のあるベテラン選手だ。
今大会で引退するというニュースを読んだことがある。
握手を求めて右手を差し出すと、怪訝そうな顔をしながらも差し出した手を握ってくれた。
周りをカメラマンに取り囲まれ、フラッシュが一斉に光る。
彼に英語でゆっくり話した。

「おめでとう。君がチャンピオンだ。でも次は負けない。僕には次のチャンスがある」
突然彼が淳一の両肩を強くつかんだので、一瞬怒ったのかと思った。
大きな目が涙で濡れている。もう一度手を出すと彼は両手で握り返してきた。
すごくいい人だと思えてきた。

3位のイギリス人選手が傍らで淳一を待っていた。
やや小柄で肌の色は黒い。早口でまくしたてるので何を言っているのか聞き取れないが、感謝の気持ちを表しているようだ。
話しながら淳一の手を引っ張った。入り口で待っていた大河原コーチがあわてて止めようとしたが、彼や記者、カメラマンに囲まれ、廊下の奥に連れて行かれた。振り向くと、あっけにとられた表情の日本人のテレビ局員が目に入った。助けてほしいのだけれど。

連れて行かれた部屋、つまりイギリス選手の記者会見場には、当然外国人ばかり。
二人がその会場に入るとまたフラッシュの光を浴び、目を閉じてしまった。
拍手や口笛も聞こえる。無理やりイギリス人選手の横に座らされた。
どうしよう。どこにも日本人なんていない。

インタビューが始まった。英国人の選手が早口で話しかけてくるが、部分的にしか理解ができない。言っていることが分からないとは、こんなに心細いものなのか。
そこに渉外の加納さんが現れた。地獄に仏だ。記者の質問を加納さんが通訳してくれた。

「2位になった選手の行為は、妨害と分かったか聞いている」
「それは言えません。もっと早くに勝負をしていたら抜けていたかもしれない。俺の力不足です。そう伝えて下さい」
加納さんが英語で話したが、記者たちは納得した顔ではない。次の質問を受けた。

「金メダリストに何を言った?」
ここは「Congratulation・・・・」と、英語で同じことをもう一度話した。
すると会場から拍手や口笛が聞こえてきた。銅メダリストからも肩を叩かれた。
さらにベスト記録や年齢などいくつかの質問を受けてから、イギリス選手と再び握手。
またフラッシュの嵐と鳴りやまぬ拍手。

ようやく解放され、再度日本のテレビ局の取材を受けた。
ゴール前の気持ちとか、監督や応援してくれた人のおかげです、という話ばかり繰り返す。
早く由佳に会って、メダルを彼女の首に掛けたい。思いっきり抱きしめたい。

その日、とうとう彼女に会えないまま長い一日が終わった。

 

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