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Ⅳ オリンピック代表
22 王女様!?
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ホテルに帰ると、すぐ鮫川さんが迎えに来た。40才位だろうか。
予想していた通り、きりっとしたキャリアウーマンだ。
「申し訳ないけれど予定が変わったの。いつものホテルで行なうはずが、参加者がすごく増えてね。おまけに私の会社もあなた方を取材したいって。それで急遽BBCのホールを使わせてもらうことになって、一時間遅れで始めることにしたの。悪いけど倉本選手は、ユニフォームを着て出席してくれませんか?由佳さんは今のままで十分すてきです」
大慌てで選手村に帰り、ユニフォームを着てBBC本社ビルに向かった。
マラソンを走り終えた次の日なのに、何でこんなことになってしまったんだ。
由佳たちと合流してホールの玄関に行くと、すでに身元確認とかで並んでいる人がたくさんいた。
ただの交流会にしては、えらく警備が厳重だ。
淳一たちは、写真入りの選手証を見せるとすぐに中に入れてもらえた。
会場は大学の大教室みたいだった。前のステージにはBDAの旗が立てられている。
部屋には百人以上の人が座っていた。何が少人数だ。加納さんと母親は一番後ろの席に見えた。
由佳と淳一が壇上の席に着き、会が始まった。
会場の真ん中にテレビカメラが用意されライトがまぶしい。
当然ながら進行は全部英語で、横に手話通訳者がいて司会者の話を伝えている。
英語はゆっくりだから何とか理解できた。
司会者が鮫川さんと替わり、部屋が暗くなった。スクリーンに昨日のマラソンのゴール近くの様子が映し出される。
ご丁寧に妨害行為をされている場面から始まった。
フィニッシュしてから1位と2位選手のウィニングラン。次に英国選手のフィニッシュ場面。
そこから淳一がとぼとぼ日の丸を持って由佳を探している様子が映し出された。
一つのカメラが淳一の行動を全部撮っていたようだ。自分が泣いている姿など見たくもない。
二人が手話で話している場面には英語のテロップが入れられていた。
最後に彼女のアイ・ラブ・ロンドンの手話。そこで拍手が聞こえた。
場内が明るくなった時、後ろのドアから背の高い男性に囲まれた女性が入って来た。
客席の人たちが立ち上がったので、淳一も椅子から立った。年配のかなり偉い人のようだ。
彼女が空いていた赤い席に座ると会場の人も座った。
よく分からないまま、その人に頭を深く下げた。鮫川さんも緊張しているようだ。
誰だろう?王室の人なんて誰も知らない。
会は、鮫川さんが由佳に日本手話で質問し、英語とイギリス手話で伝える形でゆっくりと進んだ。
由佳の生い立ちや日本の聾教育の様子。そして淳一との出会い。
彼が競技会に誘ってくれたが、彼女が話せないことに気づかず、しゃべり続けていたので困ったというところで笑い声が起きた。
由佳は笑みを浮かべながら応答している。俺なんかより余程度胸がある。
淳一のコーチとしてトレーニングを計画し、成果を上げたことを伝えてインタビューは終わった。
由佳は鮫川さんのイギリス手話をくいいるように見ていたので聞いてみた。
「イギリス手話、分かるのか?」
「ほとんど知らない。でも見ていたら、何を表しているのか見当がついてきた」
「すごいな君は」
「ろうの人間は大体できる。だから外国人とでもろう者ならすぐ友達になれる。聴者のジュンには分からない世界」
インタビューが終わり、次は二人のスピーチだ。先に淳一がマイクの前に立つ。
メモを見ながらゆっくり話すが、ものすごく緊張する。
「ヘレン・ケラーは、一人で光の中を歩くより、友と闇の中を歩く方がいいと言った。僕も同じだ。僕には両親がいない。何年も一人で生きてきた。いわば闇の中にいたのかもしれない。でもオリンピックに出場するため、素晴らしい友ができた。そのことがメダルを取ったことよりうれしい」
拍手を聞いて座った。涼しい部屋なのに額から汗が流れ出ていた。
次は彼女の番だ。口話で英語を話し、おまけに日本手話もする。混乱しないのかな。
横で鮫川さんがイギリス手話で会場に伝える。
「ヘレンの言葉は、彼から教えてもらった。私は、聞こえない。話すのも苦手だ。私も闇の中にいたのかもしれない。でも彼を知り、共にオリンピックを目指して幸せだった。今日は光に包まれている。その機会を与えてくれたこの国とこの街に感謝したい。私はロンドンを愛している。ありがとうみなさん」
最後の二文はイギリス手話で締めくくった。
終わった途端会場全体からゆっくりした拍手が始まった。次に全員が立ち上がり、大きな拍手に変わっていった。スタンディングオベレーションか。拍手は延々と続いた。
結局その日も彼女と二人だけの時間は取れなかった。
鮫川さんや由佳たちと別れて地下鉄で選手村に帰った。一人は慣れているけれどやっぱりさみしい。
光の中で一人か。
予想していた通り、きりっとしたキャリアウーマンだ。
「申し訳ないけれど予定が変わったの。いつものホテルで行なうはずが、参加者がすごく増えてね。おまけに私の会社もあなた方を取材したいって。それで急遽BBCのホールを使わせてもらうことになって、一時間遅れで始めることにしたの。悪いけど倉本選手は、ユニフォームを着て出席してくれませんか?由佳さんは今のままで十分すてきです」
大慌てで選手村に帰り、ユニフォームを着てBBC本社ビルに向かった。
マラソンを走り終えた次の日なのに、何でこんなことになってしまったんだ。
由佳たちと合流してホールの玄関に行くと、すでに身元確認とかで並んでいる人がたくさんいた。
ただの交流会にしては、えらく警備が厳重だ。
淳一たちは、写真入りの選手証を見せるとすぐに中に入れてもらえた。
会場は大学の大教室みたいだった。前のステージにはBDAの旗が立てられている。
部屋には百人以上の人が座っていた。何が少人数だ。加納さんと母親は一番後ろの席に見えた。
由佳と淳一が壇上の席に着き、会が始まった。
会場の真ん中にテレビカメラが用意されライトがまぶしい。
当然ながら進行は全部英語で、横に手話通訳者がいて司会者の話を伝えている。
英語はゆっくりだから何とか理解できた。
司会者が鮫川さんと替わり、部屋が暗くなった。スクリーンに昨日のマラソンのゴール近くの様子が映し出される。
ご丁寧に妨害行為をされている場面から始まった。
フィニッシュしてから1位と2位選手のウィニングラン。次に英国選手のフィニッシュ場面。
そこから淳一がとぼとぼ日の丸を持って由佳を探している様子が映し出された。
一つのカメラが淳一の行動を全部撮っていたようだ。自分が泣いている姿など見たくもない。
二人が手話で話している場面には英語のテロップが入れられていた。
最後に彼女のアイ・ラブ・ロンドンの手話。そこで拍手が聞こえた。
場内が明るくなった時、後ろのドアから背の高い男性に囲まれた女性が入って来た。
客席の人たちが立ち上がったので、淳一も椅子から立った。年配のかなり偉い人のようだ。
彼女が空いていた赤い席に座ると会場の人も座った。
よく分からないまま、その人に頭を深く下げた。鮫川さんも緊張しているようだ。
誰だろう?王室の人なんて誰も知らない。
会は、鮫川さんが由佳に日本手話で質問し、英語とイギリス手話で伝える形でゆっくりと進んだ。
由佳の生い立ちや日本の聾教育の様子。そして淳一との出会い。
彼が競技会に誘ってくれたが、彼女が話せないことに気づかず、しゃべり続けていたので困ったというところで笑い声が起きた。
由佳は笑みを浮かべながら応答している。俺なんかより余程度胸がある。
淳一のコーチとしてトレーニングを計画し、成果を上げたことを伝えてインタビューは終わった。
由佳は鮫川さんのイギリス手話をくいいるように見ていたので聞いてみた。
「イギリス手話、分かるのか?」
「ほとんど知らない。でも見ていたら、何を表しているのか見当がついてきた」
「すごいな君は」
「ろうの人間は大体できる。だから外国人とでもろう者ならすぐ友達になれる。聴者のジュンには分からない世界」
インタビューが終わり、次は二人のスピーチだ。先に淳一がマイクの前に立つ。
メモを見ながらゆっくり話すが、ものすごく緊張する。
「ヘレン・ケラーは、一人で光の中を歩くより、友と闇の中を歩く方がいいと言った。僕も同じだ。僕には両親がいない。何年も一人で生きてきた。いわば闇の中にいたのかもしれない。でもオリンピックに出場するため、素晴らしい友ができた。そのことがメダルを取ったことよりうれしい」
拍手を聞いて座った。涼しい部屋なのに額から汗が流れ出ていた。
次は彼女の番だ。口話で英語を話し、おまけに日本手話もする。混乱しないのかな。
横で鮫川さんがイギリス手話で会場に伝える。
「ヘレンの言葉は、彼から教えてもらった。私は、聞こえない。話すのも苦手だ。私も闇の中にいたのかもしれない。でも彼を知り、共にオリンピックを目指して幸せだった。今日は光に包まれている。その機会を与えてくれたこの国とこの街に感謝したい。私はロンドンを愛している。ありがとうみなさん」
最後の二文はイギリス手話で締めくくった。
終わった途端会場全体からゆっくりした拍手が始まった。次に全員が立ち上がり、大きな拍手に変わっていった。スタンディングオベレーションか。拍手は延々と続いた。
結局その日も彼女と二人だけの時間は取れなかった。
鮫川さんや由佳たちと別れて地下鉄で選手村に帰った。一人は慣れているけれどやっぱりさみしい。
光の中で一人か。
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