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Ⅳ オリンピック代表
23 キス以上の事
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選手村で、朝、食堂に行くと、また厨房の人たちが出迎え、握手を求めてきた。仕方なしに応じていると加納さんから電話がかかってきた。
「昨日はご苦労さん。でも今日も大変なことになっているんだ。イギリスのろう者の会だけでなく、日本人の会からも招待がたくさん来ている。昨日の君たちのスピーチが動画配信されて、世界中で話題になっている」
大げさなことを言っていると思った。
「それより僕たちのプライベートな時間はどうなるんですか?」
今日夜のフライトまで、午前中だけでもロンドンブリッジやロンドンアイに行く予定だった。大英博物館はもうあきらめていた。
「悪いが、さっき日本大使館で君たちの歓迎レセプションを行うと連絡があった。それだけでいいから出席してくれないかな。出発はもう一日延ばし、君たちは同じ便で帰国できるように手配してもらうから」
駐英大使館はバッキンガムの近くで、歴史を感じさせる重厚な建物だった。
レセプションは立食パーティーだと聞いたが、数十人の出席者は正装してきており、ユニフォーム姿は淳一だけだった。もうスピーチは勘弁してもらった。
大使館の人が言うには、淳一のマラソン入賞以来、二人がマスコミで取り上げられる量は激増したらしい。特に由佳の人気が高く、王室の方に膝を曲げて挨拶をしたり、手話でアイ ラブ ロンドンをする動画のアクセスが数百万に達したとのことだ。
「ここ数日だけで、日本に対する好感度が急上昇している。君たちのおかげだ」
そんなあいさつをされたが、大して嬉しくもない。
その日も一日3件のパーティーと日英米のテレビや新聞の取材を受けた。もういくつあったか忘れた。淳一も由佳も母親も疲れ果て、最終日は、空港に行くまでどこにも行かなかった。淳一は利用最終日の選手村でひたすら寝て過ごした。
8月14日。ヒースロー空港から、夕方の便で帰国の途についた。
大使館が手配してくれて、三人とも同じ便の近い席に座ることができた。
座席は行きと同じプレミアムエコノミー。
日本人のキャビンアテンダントさんは、今回も何かと親切だった。
「もし機内でストレッチをしたいときは、声をかけてくださいね」
笑顔でそう言った。なぜか行きの便のことを知っている。もうする気はないよ。
由佳と淳一は隣席にしてもらった。彼女は淳一を窓側に座らせ、さっさと持参したノートパソコンを開いた。のぞくとJUN1から2,3、と順にアプリが並んでいる。
「これは何?」
「あなたのデータ。今からオリンピックの分も入れるから邪魔をしないで」
彼女が、席を外した間に、JUN1をクリックしてみた。何百枚も俺が走っている写真ばかり。
アップや遠景など一画面に何十枚も貼り付けられている。
JUN2は淳一の基本データ。体重や身長と以前吉泉教授から渡されたデータが何ページも表になっていた。そういえば、朝の練習が終わり、寺に帰ったらすぐ体重計にのせられ、体重以外のデータも記録していたな。
彼女が負傷した後の二週間分は空白になっていた。
彼女が帰って来ると叱られた。
「さわらないで。あなたはコンピュータを使えないでしょう」
「それは言い過ぎだよ。でもこんな資料を作れるなんてすごいな。看護師もいいけれど、コンピュータの勉強をする方がいいのじゃないか?」
「私もそう思う」
「でも帰ったら、また看護学校で勉強だよ」
返事をせず考え込んでいた。窓の外は真っ暗で、時折り下に街の光が見える。
「帰ってから、どうするか決める。私、親不孝ばかりしているから」
「親不孝?」
「わがままを言って、たくさんのお金を払ってもらった」
「僕のせいなら、銀メダルの賞金を全部わたすよ」
「そんなことより私はこの国が好き。もっとロンドンにいたかった」
「僕は、君と早く日本に帰りたい。帰ったら約束を守ってもらう」
「約束?」
彼女の体を指さすと、淳一を睨んでたたこうとした。
「ジュンの馬鹿。いやらしいことを考えている」
どこでもいい。早く君と二人きりになりたいよ。
食事が運ばれてきたが、あまりお腹は減っていない。
「少しだけ食べて寝ましょう。今日本は明け方。日本に着いたらお昼過ぎになる。帰ったらたくさんすることがあるでしょう?時差ボケを少なくしないと」
食事をしてから、毛布をもらい目を閉じた。
帰国したらどんな生活になるのだろう。
トレーニングはもういい。由佳が看護学校に行けるようにサポートしよう。
一緒に行きたいところも山ほどある。キス以上のこともしたい。
毛布のなかで由佳の手を探し、握りしめた。
「昨日はご苦労さん。でも今日も大変なことになっているんだ。イギリスのろう者の会だけでなく、日本人の会からも招待がたくさん来ている。昨日の君たちのスピーチが動画配信されて、世界中で話題になっている」
大げさなことを言っていると思った。
「それより僕たちのプライベートな時間はどうなるんですか?」
今日夜のフライトまで、午前中だけでもロンドンブリッジやロンドンアイに行く予定だった。大英博物館はもうあきらめていた。
「悪いが、さっき日本大使館で君たちの歓迎レセプションを行うと連絡があった。それだけでいいから出席してくれないかな。出発はもう一日延ばし、君たちは同じ便で帰国できるように手配してもらうから」
駐英大使館はバッキンガムの近くで、歴史を感じさせる重厚な建物だった。
レセプションは立食パーティーだと聞いたが、数十人の出席者は正装してきており、ユニフォーム姿は淳一だけだった。もうスピーチは勘弁してもらった。
大使館の人が言うには、淳一のマラソン入賞以来、二人がマスコミで取り上げられる量は激増したらしい。特に由佳の人気が高く、王室の方に膝を曲げて挨拶をしたり、手話でアイ ラブ ロンドンをする動画のアクセスが数百万に達したとのことだ。
「ここ数日だけで、日本に対する好感度が急上昇している。君たちのおかげだ」
そんなあいさつをされたが、大して嬉しくもない。
その日も一日3件のパーティーと日英米のテレビや新聞の取材を受けた。もういくつあったか忘れた。淳一も由佳も母親も疲れ果て、最終日は、空港に行くまでどこにも行かなかった。淳一は利用最終日の選手村でひたすら寝て過ごした。
8月14日。ヒースロー空港から、夕方の便で帰国の途についた。
大使館が手配してくれて、三人とも同じ便の近い席に座ることができた。
座席は行きと同じプレミアムエコノミー。
日本人のキャビンアテンダントさんは、今回も何かと親切だった。
「もし機内でストレッチをしたいときは、声をかけてくださいね」
笑顔でそう言った。なぜか行きの便のことを知っている。もうする気はないよ。
由佳と淳一は隣席にしてもらった。彼女は淳一を窓側に座らせ、さっさと持参したノートパソコンを開いた。のぞくとJUN1から2,3、と順にアプリが並んでいる。
「これは何?」
「あなたのデータ。今からオリンピックの分も入れるから邪魔をしないで」
彼女が、席を外した間に、JUN1をクリックしてみた。何百枚も俺が走っている写真ばかり。
アップや遠景など一画面に何十枚も貼り付けられている。
JUN2は淳一の基本データ。体重や身長と以前吉泉教授から渡されたデータが何ページも表になっていた。そういえば、朝の練習が終わり、寺に帰ったらすぐ体重計にのせられ、体重以外のデータも記録していたな。
彼女が負傷した後の二週間分は空白になっていた。
彼女が帰って来ると叱られた。
「さわらないで。あなたはコンピュータを使えないでしょう」
「それは言い過ぎだよ。でもこんな資料を作れるなんてすごいな。看護師もいいけれど、コンピュータの勉強をする方がいいのじゃないか?」
「私もそう思う」
「でも帰ったら、また看護学校で勉強だよ」
返事をせず考え込んでいた。窓の外は真っ暗で、時折り下に街の光が見える。
「帰ってから、どうするか決める。私、親不孝ばかりしているから」
「親不孝?」
「わがままを言って、たくさんのお金を払ってもらった」
「僕のせいなら、銀メダルの賞金を全部わたすよ」
「そんなことより私はこの国が好き。もっとロンドンにいたかった」
「僕は、君と早く日本に帰りたい。帰ったら約束を守ってもらう」
「約束?」
彼女の体を指さすと、淳一を睨んでたたこうとした。
「ジュンの馬鹿。いやらしいことを考えている」
どこでもいい。早く君と二人きりになりたいよ。
食事が運ばれてきたが、あまりお腹は減っていない。
「少しだけ食べて寝ましょう。今日本は明け方。日本に着いたらお昼過ぎになる。帰ったらたくさんすることがあるでしょう?時差ボケを少なくしないと」
食事をしてから、毛布をもらい目を閉じた。
帰国したらどんな生活になるのだろう。
トレーニングはもういい。由佳が看護学校に行けるようにサポートしよう。
一緒に行きたいところも山ほどある。キス以上のこともしたい。
毛布のなかで由佳の手を探し、握りしめた。
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