沈黙のメダリスト

友清 井吹

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Ⅴ 由佳の選択

29 エピローグ

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由佳の手紙を、母親が持って来てくれた。

『ジュンへ』と表書きのある封を開けた。

ジュン。あなたと別れて二年になる。ジュンが私の選択を知った時、驚き戸惑ったと思う。
何度も連絡することを考えたがしなかった。
あなたのメールを読むのがつらくてアドレスまで変えた。
それがもっとあなたを苦しませることは分かっているのに。

私はアメリカの生活を始めたころ、帰国したらジュンと結婚するものと疑いもしていなかった。
それなのにたった半年で、彼と関係を持ってしまった。
理由は私の油断と不注意。彼の部屋でマッサージをするというミスを犯してしまった。
だれもがジュンのように我慢強くないことを忘れていた。

望んでもいない妊娠が分かり、あなたに知らせるか迷った。
もし知らせたら、必ず会いに来て、私を連れて帰ろうとするだろう。
あなたに過ちを責められず、帰国を促されたら私には拒むすべはない。
子供を堕ろし、何もなかったように、あなたに守られながら日本で暮らすことはできないと思った。私は大学で勉強を続けたかった。

ジュンに会いたい。でも会えない。体が引き裂かれるような思いだった。
彼は私を追いつめたことを謝り、責任を取ると言った。
考え抜いた末、私はここで彼と生きていく道を選んだ。

今、彼と同じ医学系のコースで学んでいる。
最難関の道を選んだのは、自分勝手な私が自分に課したジュンへの償い。
それがあなたには、何の慰めにもならないことは分かっているけれど。

医師になる道は日本より開かれているが、実際に仕事をするまで、今後、長い年月と努力が必要になる。しかし夫と息子、ジュンとの思い出が支えてくれると思う。

母からみどりさんのことを知らされ、ようやく手紙を書こうと思った。
彼女は、周りを明るくするひまわりのような人で、父もあなた方が訪ねてくるのを楽しみにしているそうだ。
ジュンが素晴らしい女性と巡り合えて本当によかった。

彼のマラソンの記録は2時間30分台で、去年のデフリンピックに出場した。
オリンピックよりボストンやシカゴマラソンで入賞し、生活のために賞金を得ることに熱意を燃やしている。
いつかジュンと一緒に走りたいと言っているが、私はまだあなたと冷静に会える自信がない。

もうすぐロスの夜が開ける。今日も私にとってハードな一日が始まる。
でもそれはあなたを苦しめた当然の報い。私は甘んじてそれを受け入れる。

私の願いは一つだけ。それはみどりさんと幸せになってくれること。
ジュンは、私の言うことは何でも聞くと約束したでしょう? 

同じ夢を持ち、二人で過ごした二年間はあまりにも大きな思い出。
あなたが私に夢と自信を与えてくれた。学ぶことの楽しさや人を愛する喜びも教えてくれた。
全部が私のタカラモノ。

あなたに心からの愛を込めて。
               ユカ・ロサリオ・マエストリ



手紙を読んで少し泣いた。
でも由佳のことで泣くのは、これで終わりにしようと思った。

由佳が淳一の次に、聞こえない彼を選んだのは、正しい選択だろう。
デフファミリーの彼らが、静寂の中で手話を交わしている姿が想像できる。
温かな言葉が満ち溢れている風景。何と豊かで安心感に満ちた世界だろう。
俺が由佳に与えられる何倍もの幸せが、そこにはあるはずだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

由佳
君からの手紙がどれだけうれしかったか、想像できないだろう。
由佳
君は何も悪くない。僕は君と出会うことができた。
それこそが、僕のかけがえのないタカラモノだ。
君の判断にはいつも間違いはなかった。君の選択を僕は受け入れなければならない。
君の成長についていけなかった未熟さが、僕の悲しみの全てだ。君が幸せならそれでいい。
やっとそう思えるようになった。僕の小さな成長だ。

由佳
僕は前も今も十分幸せだよ。
君の方が心配だ。無理をせず、君の夢を追いかけてほしい。心からそう願っている。

今、僕は君の部屋に一人でいる。
君の姉さん夫婦も来ていて、2才になったまひろちゃんとみどりの笑い声が聞こえてくる。
何で集まったと思う?全員で写真を撮ってメッセージを君に送ることになっている。
でも僕の思いを届けるには一言では足りない。だから今、君の部屋でメールをしている。

由佳
いつになるか分からないが、君に会いに行くつもりだ。君の家族にも会ってみたい。
みどりにも会ってほしい。だって君と僕はいとこ同士なんだから。 

                                        the end             
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