恋人たちの旅路

菊池昭仁

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夫婦茶碗(めおとちゃわん)

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 月之新つきのしんは太刀を差し、登城の支度を整えた。

 「お絹。それでは行って参るぞ」
 「お役目、ご苦労様です」
 「うむ」

 月之新はお絹の腹にそっと手を置いた。

 「トトはこれからお勤めを果たして参るゆえ、あんじょうしておるのだぞ」
 「トト様、お気をつけて。うふっ」
 「ではくれぐれも無理はするでないぞ。
 腹の子にさわるでの」
 「はい旦那様。言ってらっしゃいませ」

 お絹は月之新を笑顔で見送った。


 夕刻となり、月之新はお勤めを終え、家路を急いでいた。

 城下の瀬戸物屋を通りかかると、月之新は美しい夫婦茶碗めおとちゃわんを見留た。

 (そういえばお絹の茶碗が少し欠けておったはず。これを買ってまいるとするか?)

 「主人、この茶碗をいただこう」
 「ヘイ、ありがとう存じます」

 店主は月之新に茶碗を渡した。
 月之新はうれしそうにそれを携えた。


 日の落ちた川辺りを歩いていると、三人の侍が行く手を阻んだ。

 「中村月之新でござるな?」
 「いかにも」
 「訳あってそこもとの命、頂戴する。覚悟されたし」

 三人の侍が刀を抜いた。

 「示現流か? 生憎ワシはまだ死ぬわけには参らぬ」
 
 月之新は夫婦茶碗を静かに置き、太刀を抜いた。

 月之新は人を斬ったことがない。
 相手は相当の手練てだれの者たちであった。
 二人の武士は左右から月之新に同時に斬りかかり、そしてそのかしららしき男は月之新の心の臓を突いた。

 「うぐっつ お絹、我が子よ・・・」

 無念の死であった。
 薄れゆく意識の中で、月之新は夫婦茶碗に手を伸ばした。


 「許せ。これもお役目なのじゃ」

 三人の侍は、血糊の付いた刀を川で濯ぎ、去って行った。 




 その頃、お絹はお腹の子に話し掛けていた。

 「今宵はトト様、お帰りが遅いわねえ」

 パリン

 突然、月之新の茶碗が割れた。

 お絹はそれですべてを悟った。

 「月之新様・・・」

 それは武士の妻として覚悟であった。

 
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