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第1話

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 都内の女子大に通う、真由美と早苗、そして彩の三人は、出会いを求めて湘南のビーチへとやって来た。

 ギラつく残酷な真夏の太陽と、焼けた砂浜。ビーチパラソルを広げて娘たちはナンパ待ちをしていた。
 ただひとり、早苗だけを除いて。
 早苗も恋愛には興味はあったが、海でナンパして来る男にロクな男はいないと思っていた。
 
 
 平日だというのに、ビーチは人で溢れていた。

 「声を掛けてくるのはみんなヤリチンばっかり。
 脳味噌が蕩けたようなブサイクな男ばかりでもうガッカりよ。
 わざわざ電車賃を掛けて来た甲斐がないわ」

 彩が不満げに溜息を吐いた。
 それを慰めるように、リーダー的存在の真由美が言った。

 「は待つのが基本よ。素敵な男性が現れるまで、じっと待つの。
 だって私たち、美しいマーメイドなんだから。
 ねっ? そうでしょ?」
 「う、うん」
 「でも中々現れないわよね~、イケメン君」

 私はナンパされようがされまいが、そんなことはどうでも良かった。
 早く帰って部屋の掃除をしたかった。洗濯物も溜っている。それに読みたい本もあった。
 真由美と彩から仲間外れにされるのがイヤで、ここまで付いて来ただけだったのだ。
 ただの「付き合い」としか考えていなかった。

 (ああ、早く帰りたい)

 いつも私は真由美と彩の引き立て役だった。
 銀縁メガネを掛けたオカッパ頭の地味な私。
 いつもスッピンで、リップしか付けたことがない。
 真由美と彩は大胆なビキニ姿だったが、私は色気のない、高校生の時のスクール水着しか持っていなかった。


 「ねえ、ここは熱いから海の家で何か飲まない? ここに居たら干からびちゃう」
 「そうね? かき氷でも食べようか?」
 「賛成!」

 私たちは海の家へ移動することにした。


 かき氷を食べていると男の子がひとりでやって来た。

 「どうしてイチゴなの? かき氷は普通、練乳掛けの宇治金時でしょ?」

 その男子はいつの間にか、私たちのテーブルに就いていた。

 「ダサーっ、それってオバサンが好きなやつじゃない? 宇治金時だなんて」

 彩が笑った。まんざらでもなさそうだった。
 その男子は知的で爽やかなイケメン君だった。

 「そうかなあー? 小豆と練乳、そして宇治抹茶のトリプル攻撃だぜ? 最高じゃん!
 かき氷は宇治金時の練乳掛けに限るよ。なあ次郎、功作。お前らもそう思うだろ?」

 少し遅れてふたりの男子がやって来た。こちらも中々のハンサム・ボーイだった。


 「いや、俺は断然メロンだな? あのグリーンの色が好きだ」

 次郎はテーブルに頬杖をつくと、彩のイチゴのかき氷をじっと眺めていた。

 「俺はやっぱりイチゴがいいなあ。
 知っているか? イチゴもレモンも、そしてメロンもみんな同じ味だって事」
 「へえー、そうなんだ? でもシロップが赤いと、何となくイチゴみたいな味がするわよ」

 彩は嬉しそうだった。彩の好みの男は知っている。
 ジャニーズ系のキレイ男子が好みだった。

 「そもそも、あれってイチゴの味なのか?
 ただ甘いだけじゃん」
 「それじゃあ俺たちが各々自分たちの好きなかき氷を買って来て、功作の話が本当かどうか実験してみようぜ?」
 「うん、それ、いいかも」

 彩はかなり乗り気だった。
 リーダーの真由美が絶好のタイミングで男子たちに訊ねた。

 「あなたたち、大学生?」
 「そうだけど。君たちも大学生かい?」
 「私たちは令和女子大」
 「お嬢様大学じゃないか! 凄いね! 俺、お嬢様大好き!
 じゃあ同じ東京ってわけだ」
 「何処の大学?」
 「一応、東京六大学だけど」

 真由美と彩の口元がほころんだのを私は見逃さなかった。

 (これで話が進めば帰る口実が出来た)

 どうせ私は居ても居なくてもいい存在なのだから。



 かき氷を買って、三人が戻って来た。

 「どれどれ、それではお味見を」

 彩がかき氷を試食しようとした時、真由美がそれを制した。

 「ちょっと待って彩、その前に目隠しをしないと。
 そうじゃないと先入観があるから実験にはならないわ」
 「なるほど、そっか?」

 真由美がバンダナで彩に軽く目隠しをした。
 真由美はメロンのかき氷をスプーンで掬い、彩に食べさせた。

 「さあ、これは何味でしょう?」
 「イチゴ! だってさっき私が食べていたイチゴと同じ味がするもん」

 真由美は彩の目からバンダナを外した。
 彩の目の前にあったのは、メロンだった。

 「うそ! メロンだったの?」
 「そうだよ。そしてこれが人間の持つ先入観の恐ろしさでもある。
 赤いシロップを見て、イチゴと書かれているからこれはイチゴ味のかき氷だと思ってしまうんだ。
 勝手にイチゴの味をイメージしてしまうんだね?」
 「そうかー、先入観で物を判断してはダメね?」


 私たちはすぐに打ち解けた。
 三人はそれぞれ個性的だったが、インテリのイケメンだったので、真由美も彩も安心して会話を楽しんでいた。
 会話は弾んでいた。
 
 そして一緒に海に浸かったり、ゲームをして過ごした。

 「自己紹介がまだだったよね? 俺は後藤健太。
 啓明大学の文学部の2年生で出身は広島。
 高校までは陸上をしていたんだ。400mハードルが専門で、一応インターハイにも出たんだぜ。
 6位だけどね? あはははは
 趣味はカラオケ。持ち歌は2,000曲以上、ミスチルのファンです!」
 「僕は木村次郎。健太と同じ大学の英文学科。
 趣味は食べ歩きと料理。出身は群馬の前橋」
 「幸村功作。同じく文学部の2年。熊本出身」

 幸村君は山ピーのような好青年だった。
 真由美は幸村君に照準を合わせているようだった。

 「磯村真由美です。家政学部の2年生です。
 高校時代は吹奏楽部でフルートを吹いていました。
 今は何もしていませーん。現在、彼氏募集中でーす!」
 「おお! 俺立ちも全員、絶賛彼女募集中! どう? 俺たちの誰かと付き合わない?」

 真由美はちらりと幸村君を見たが、彼は海を見ていた。

 「私は河原彩。アヤって呼んでいいよ。
 真由美と早苗と同じ、令和女子大。
 趣味はビリヤードとピアノ。これでも結構上手のよ、自分で言うのもなんだけど。うふっ」

 彩はそう言ってはにかむように笑ってみせた。極めて効果的にそれをやってのけた。
 彼女は女のどんな仕草に男がグッと来るのかを熟知していた。
 次郎君と彩はお互いを熱く見つめ合っていた。
 どうやらカップル成立のようだった。

 ついに私の番になった。
 私は人前で話すのが苦手だった。
 小さな声で呟くように言った。

 「園田早苗です。彼女たちと同じ大学の2年生です。出身は福島県です」

 雄太君が気を利かせてくれた。

 「園田さんって福島なんだ? うちの親父の実家も福島なんだよ。
 小さい頃、夏休みにはいつも福島のお爺ちゃんの家で遊んだなあ。
 いいところだよね? 福島」

 そして次郎君が言った。

 「自己紹介も済んだことだし、どうだろう? 東京に戻って新橋で一緒に飲まないか?」
 「どうする?」

 真由美が彩に尋ねるフリをした。既に答えは決まっている。

 「私は別に構わないけど」
 「早苗は?」
 「私はレポートがまだ終わっていないから、みんなで楽しんで来て」
 「それじゃあ3対3にならないよー」
 「だったら俺も帰るかな?」

 幸村君がそう言った時、真由美の顔色が変わった。

 「何も今日やらなくてもいいじゃない? レポートなんて。私なんかまだ全然やってないわよ。
 水曜日までに出せばいいし」
 「それじゃあ・・・」

 私は仕方なく、参加することに同意した。
 自分が参加しないと、合コンのバランスが取れなくなると思ったからだ。
 私のせいで幸村君が帰ってしまったら、あとで真由美たちから何を言われるか分かったものではない。
 渋々私は合コンに参加することにした。

 日焼けして火照った体に夕暮れの潮風が心地良かった。
 私たち6人は、着替えて電車で新橋へと向かった。
 
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