【完結】命玉(作品230512)

菊池昭仁

文字の大きさ
上 下
1 / 10

第1話 寿命が見える

しおりを挟む
 日曜日の郊外にあるホームセンターは、かなり混雑していた。
 私は親父の仏壇の花が枯れかけていたのを思い出し、出入口脇の花を売るスペースで白菊を買い、レジへ向かった。

 「すみません、この花を下さい」

 と、レジの女性を見た時、私は息を呑んだ。

 その女性の頭上には、薄い茶色のシャボン玉のような物体がふわふわと浮かんでいたからだ。
 そして、そこには数字が書かれていた。

 「38」

 (なんだこれは!)
 
 私は最近、仕事で徹夜続きだったこともあり、夢でも見ているのかと思った。
 そして周りを見渡すと、すべての人の頭の上にも同じように球体が浮いていた。

 大きい玉や小さい玉、赤い玉に白い玉、グレーの玉もあれば、黄土色の汚い玉、そして空色の美しい玉なども浮かんでいて、様々だった。
 そして各々の玉にもやはり数字が書かれていた。

 「18」「29」「58」「1」「35」・・・。

 私はある仮説を立てた。

 (もしかするとこれは、残りの寿命? そして色はその人の心の色? その大きさはその人の人間力? 影響力ではないのだろうか?)


 レジに並ぶ老婆の頭上には「12」と書かれた、橙色のサッカーボールくらいの球体が浮いていた。
 ということはこの老婆の寿命はあと「12年」ということになるのだろうか?
 ではこの小さな子供は・・・。

 「おじちゃん、白いお花、キレイだね?」

 なんとその子の頭上には、小さな虹色の美しい、ピンポン玉くらいの球体が浮いており、数字は、数字は・・・「0」となっている。

 その男の子は若い母親と手を繋ぎ、振り返りながら私に手を振ってホームセンターの出口を出て行った。


 その直後、クルマの急ブレーキの音と鈍い音、そして女の悲鳴が聞こえた。

 私は慌てて外へ出た。
 そこにはさっきの男の子を抱きかかえ、狂人のように子供の名前を叫び続ける母親の姿があった。

 そしてさらに悲惨なことには、その母親の頭上の玉も虹色に輝き、それは直径1メートルもあったが、そこにも「0」と書かれてあったからだ。

 私は急に怖くなり、駐車場に停めて置いた自分のクルマに逃げ込んだ。

 心臓の早い鼓動、身体の震えが止まらない。
 私は猛スピードで自宅に帰ると自分の部屋に駆け込み鍵を掛けた。
 買って来た仏花をダイニングテーブルの上に置き去りのまま。

 私は恐る恐る、鏡に自分の姿を映して見た。
 だが、そこに球体も数字もなかった。
 私は安堵した。
 それは単なる一時的な能力だったのかと思ったからだ。
 だが、窓の外を歩く隣の意地悪なオバさんを見た時、私は思わず声をあげそうになった。

 オバさんの頭上に球体はなく、額に赤く✖️が描かれていたからだ。
 一緒に散歩しているミニチュアダックスには、レモン位の大きさのモスグリーンの球体が浮かんでおり、「2」と数字が書かれてあった。

 隣のオバさんは近所では有名な強欲な人で、嫌われ者で、その犬は誰彼構わずいつも吠えていた。


 その時、部屋のテレビでニュースが流れた。

 「先程、ホームセンター駐車場の事故で亡くなった、幼児の母親が急死しました。
 死因は現在、警察が調査しており・・・」

 私は目の前が闇に包まれるような絶望感と、全身が恐怖に包まれていた。
しおりを挟む

処理中です...