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第3話
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ブルーム・スベリーにある大英博物館を訪れることにした。入館は無料である。大盤振る舞いの英国王室を世界に誇示したいのだろう。
だがここに展示、収蔵されている殆どの美術品や文化財は植民地にした国からの戦利品であり、その略奪品の数々を集めた博物館は別名、『泥棒博物館』や『強盗博物館』とも揶揄されていた。
British Museum
これを日本人の馬鹿者は『英国博物館』とは訳さず、『大英博物館』と訳したのである。
他国を侵略して持ち帰った800万点以上にも及ぶ金銀財宝や美術品や文化財を褒め称えて。
大英博物館は世界最初の博物館である。
ビートルズの曲をチープな邦題曲に変えて悦に入っている、下手くそなバイオリニストの娘の父親。
原題『I want to hold your hand』がなぜ『抱きしめたい』になるのだろう。実にアホらしい話だ。
日本人は英語に馴染みがないから何でもかんでも和訳したがる。
だがショパンの曲の日本語名だけは的を得ていると思う。
『別れの曲』『雨だれ』『子犬のワルツ』『幻想即興曲』
どれもショパンの曲のイメージを伝えるには妥当な物だ。それは印象派の芸術家、ショパンにとって相応しい物であると俺は思う。
初めて大英博物館を訪れたのは音大生として欧州に留学している頃だった。その当時はまだ図書館が併設されており、ここでマルクスが資本論を書いていたのかと思うと感慨深いものがあった。
エジプトで発見された『ロゼッタ・ストーン』や猫のミイラ。ギリシャ、ローマ、インドにアフリカ。そしてアジアなど、世界征服をした英国の栄華を見せつけられている気がした。
私の今回の目的はただひとつ。それはベートーベンとモーツァルトの手書きの楽譜を見ることだった。
それは当時、ふたつ並べて博物館の出口に置かれていた。
重厚な和音が並ぶいかにもベートーベンらしい楽譜と、まるで神がモーツァルトに憑依して書かせたようなミスのない、流れるように書かれたオリジナルの楽譜。
この偉大な音楽家たちと同じ時代を生きたショパン。
ショパンの『バラード 第一番 ト短調』が頭の中で聴こえて来た。
俺はまた陽子のことを思い出していた。
陽子は私の虫垂炎の執刀医だった。高校の友人がその大学病院の脳外科医をしていたので俺はそこに入院することにしたのである。
通常なら新米の医師の練習代わりに執刀させるようなオペであり、大学病院の消化器外科の准教授が切るような手術ではなかった。
それはある程度、知名度のあるピアニストの俺への大学病院側の配慮でもあった。
「今回、執刀します折原陽子です。手術はお腹を切らずにおヘソから内視鏡で行いますのでご安心下さい」
「そうですか? よろしくお願いします」
「光栄ですわ、先生の盲腸を切れるだなんて。私、先生の大ファンなんです。先日のサントリーホールでのショパン、最高でした!」
すると陽子は白衣のポケットから俺のCDを取り出し、サインを求めて来た。
「サイン、いただいてもよろしいですか?」
「ええ」
俺は「折原陽子さんへ」と付け加えることを忘れなかった。
聡明で美しい女だと思った。
「先生、やはり剃毛はするんでしょうね?」
「そうなります、後で看護師が参りますのでご協力下さい。
これから手術前の検査のために採血をさせていただきます」
「午前中もやりましたが」
「これから行う採血は動脈血になります。ではちょっと失礼します。アルコールかぶれはありませんか?」
「大丈夫です」
陽子は私のパジャマとパンツを下ろし、ゴム手袋をして鼠径部を丹念に消毒した。
「チクッとしますねえ~」
俺は初めての体験に戸惑った。
それが陽子との出会いだった。
だがここに展示、収蔵されている殆どの美術品や文化財は植民地にした国からの戦利品であり、その略奪品の数々を集めた博物館は別名、『泥棒博物館』や『強盗博物館』とも揶揄されていた。
British Museum
これを日本人の馬鹿者は『英国博物館』とは訳さず、『大英博物館』と訳したのである。
他国を侵略して持ち帰った800万点以上にも及ぶ金銀財宝や美術品や文化財を褒め称えて。
大英博物館は世界最初の博物館である。
ビートルズの曲をチープな邦題曲に変えて悦に入っている、下手くそなバイオリニストの娘の父親。
原題『I want to hold your hand』がなぜ『抱きしめたい』になるのだろう。実にアホらしい話だ。
日本人は英語に馴染みがないから何でもかんでも和訳したがる。
だがショパンの曲の日本語名だけは的を得ていると思う。
『別れの曲』『雨だれ』『子犬のワルツ』『幻想即興曲』
どれもショパンの曲のイメージを伝えるには妥当な物だ。それは印象派の芸術家、ショパンにとって相応しい物であると俺は思う。
初めて大英博物館を訪れたのは音大生として欧州に留学している頃だった。その当時はまだ図書館が併設されており、ここでマルクスが資本論を書いていたのかと思うと感慨深いものがあった。
エジプトで発見された『ロゼッタ・ストーン』や猫のミイラ。ギリシャ、ローマ、インドにアフリカ。そしてアジアなど、世界征服をした英国の栄華を見せつけられている気がした。
私の今回の目的はただひとつ。それはベートーベンとモーツァルトの手書きの楽譜を見ることだった。
それは当時、ふたつ並べて博物館の出口に置かれていた。
重厚な和音が並ぶいかにもベートーベンらしい楽譜と、まるで神がモーツァルトに憑依して書かせたようなミスのない、流れるように書かれたオリジナルの楽譜。
この偉大な音楽家たちと同じ時代を生きたショパン。
ショパンの『バラード 第一番 ト短調』が頭の中で聴こえて来た。
俺はまた陽子のことを思い出していた。
陽子は私の虫垂炎の執刀医だった。高校の友人がその大学病院の脳外科医をしていたので俺はそこに入院することにしたのである。
通常なら新米の医師の練習代わりに執刀させるようなオペであり、大学病院の消化器外科の准教授が切るような手術ではなかった。
それはある程度、知名度のあるピアニストの俺への大学病院側の配慮でもあった。
「今回、執刀します折原陽子です。手術はお腹を切らずにおヘソから内視鏡で行いますのでご安心下さい」
「そうですか? よろしくお願いします」
「光栄ですわ、先生の盲腸を切れるだなんて。私、先生の大ファンなんです。先日のサントリーホールでのショパン、最高でした!」
すると陽子は白衣のポケットから俺のCDを取り出し、サインを求めて来た。
「サイン、いただいてもよろしいですか?」
「ええ」
俺は「折原陽子さんへ」と付け加えることを忘れなかった。
聡明で美しい女だと思った。
「先生、やはり剃毛はするんでしょうね?」
「そうなります、後で看護師が参りますのでご協力下さい。
これから手術前の検査のために採血をさせていただきます」
「午前中もやりましたが」
「これから行う採血は動脈血になります。ではちょっと失礼します。アルコールかぶれはありませんか?」
「大丈夫です」
陽子は私のパジャマとパンツを下ろし、ゴム手袋をして鼠径部を丹念に消毒した。
「チクッとしますねえ~」
俺は初めての体験に戸惑った。
それが陽子との出会いだった。
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