1 / 11
第1話
しおりを挟む
最近、この総合住宅展示場への来場者は激減していた。
事務所の壁に貼られた営業成績のグラフは、僕が最下位だった。
次の接客の順番は僕の番だった。
いつもは万年平社員の田村に順番を横取りされたが、今日は不動産屋回りということで田村はいない。
おそらくパチンコでもしているのだろう。
がさつで礼儀知らず、デリカシーの欠片もないこの大阪人が、どうして住宅が売れるのか、不思議だった。
この展示場のスタッフは大隅店長、営業リーダーの小田さん、そして田村と僕。
現場監督は磯崎さんと寺島君、設計の川久保さんと事務員の陽子さんだった。
展示場の玄関のセンサーが反応し、僕たちはモニターを注視した。
店長が言った。
「30代の子連れかあ? これはいけるな?
皆藤、必ずアポを取って来い、いいな?」
「はい」
僕は服装を整え、接客に出た。
「いらっしゃいませ。本日、担当させていただきます皆藤と申します。
よろしくおね・・・」
ところがその家族は僕を無視して、そのまま勝手にモデルハウスに上がり込むと、すぐにリビングへと進んで行ってしまった。
来場アンケート用紙を持って必死に後を追った。
「お客様、御手数ですがアンケートのご記入をお願いします」
「そういうのいいから」
たまにいるのだ、こういう無礼な客が。
「俺は客だ、どこにやらせるかは俺が決める」
夫婦というのは似た者夫婦といわれるように、奥さんもまた、酷かった。
「撮影禁止」と書いているにもかかわらず、スマホでパシャパシャ写真を撮りまくっている。
そういう親だから子供も同じだった。
ベッドの上で跳ねまわる、展示場の中を走り回るなど、やりたい放題。
「喉乾いた! お兄さん、オレンジ・ジュースないの? 100%のやつ」
「少々お待ち下さい」
するとモニターを見ていた陽子さんが飲み物を運んで来てくれた。
絶好のタイミングだった。
「どうぞこちらでお休み下さい」
お茶出しのタイミングは極めて重要だ。
彼女のお茶出しのタイミングは芸術ですらあった。
家族は商談用のテーブルに就くと、
「ほら、早く飲んで次に行くぞ。今日は最低5件は回るからな?」
「もう帰ろうよー、ボク、疲れたー」
「我慢しなさい克之。ほら、目の前のお家はドラえもんの風船をくれるみたいよ」
「えーっ、風船なんていらねえよ、この前みたいにミニ四駆がいい!」
「しょうがない子ね? すみませんけどここの粗品は何かしら?」
「申し訳ありません、ここには置いてないんです・・・」
「はあ? 信じらんない。今時何もくれない展示場なんて。お客を馬鹿にしているわ!
何千万円もする家を売っておいて、何なのその態度?
何もくれない展示場に用はないわ、もう次に行きましょう」
その家族はすぐにモデルハウスを出て、向かいの悪名高いモデルハウスへと入って行った。
事務所に戻るとリーダーの小田さんが励ましてくれた。
「大丈夫、あれはお客じゃないから。
誰でも彼でもお客にしちゃダメだ、あんな家族に家を建てる資格はないよ。
住宅セールスは犬じゃない、誰にでも尻尾を振っちゃいけない」
「リーダーの言う通りだが皆藤、 あの家族もお前と同じなんだよ。
類は類を呼ぶ。お客の質は営業マンの質だ。
自分のレベルにあった客しか来ない。
あの家族が悪いんじゃない、そういうお客を引き寄せるお前に問題がある。
成績が悪いと焦りが出る。それが顔にも態度にも出てしまうんだよ。
焦るな皆藤、今、何をするべきかよく考えろ。いいな?」
僕は崖っぷちだった。
会社のルールでは3か月、契約がゼロだと本社での地獄の研修が待っている。
そして半年間受注がないと解雇されてしまうのだ。
僕は2か月間、受注が無かった。
今月は何としても契約を上げなければならない。
事務所の壁に貼られた営業成績のグラフは、僕が最下位だった。
次の接客の順番は僕の番だった。
いつもは万年平社員の田村に順番を横取りされたが、今日は不動産屋回りということで田村はいない。
おそらくパチンコでもしているのだろう。
がさつで礼儀知らず、デリカシーの欠片もないこの大阪人が、どうして住宅が売れるのか、不思議だった。
この展示場のスタッフは大隅店長、営業リーダーの小田さん、そして田村と僕。
現場監督は磯崎さんと寺島君、設計の川久保さんと事務員の陽子さんだった。
展示場の玄関のセンサーが反応し、僕たちはモニターを注視した。
店長が言った。
「30代の子連れかあ? これはいけるな?
皆藤、必ずアポを取って来い、いいな?」
「はい」
僕は服装を整え、接客に出た。
「いらっしゃいませ。本日、担当させていただきます皆藤と申します。
よろしくおね・・・」
ところがその家族は僕を無視して、そのまま勝手にモデルハウスに上がり込むと、すぐにリビングへと進んで行ってしまった。
来場アンケート用紙を持って必死に後を追った。
「お客様、御手数ですがアンケートのご記入をお願いします」
「そういうのいいから」
たまにいるのだ、こういう無礼な客が。
「俺は客だ、どこにやらせるかは俺が決める」
夫婦というのは似た者夫婦といわれるように、奥さんもまた、酷かった。
「撮影禁止」と書いているにもかかわらず、スマホでパシャパシャ写真を撮りまくっている。
そういう親だから子供も同じだった。
ベッドの上で跳ねまわる、展示場の中を走り回るなど、やりたい放題。
「喉乾いた! お兄さん、オレンジ・ジュースないの? 100%のやつ」
「少々お待ち下さい」
するとモニターを見ていた陽子さんが飲み物を運んで来てくれた。
絶好のタイミングだった。
「どうぞこちらでお休み下さい」
お茶出しのタイミングは極めて重要だ。
彼女のお茶出しのタイミングは芸術ですらあった。
家族は商談用のテーブルに就くと、
「ほら、早く飲んで次に行くぞ。今日は最低5件は回るからな?」
「もう帰ろうよー、ボク、疲れたー」
「我慢しなさい克之。ほら、目の前のお家はドラえもんの風船をくれるみたいよ」
「えーっ、風船なんていらねえよ、この前みたいにミニ四駆がいい!」
「しょうがない子ね? すみませんけどここの粗品は何かしら?」
「申し訳ありません、ここには置いてないんです・・・」
「はあ? 信じらんない。今時何もくれない展示場なんて。お客を馬鹿にしているわ!
何千万円もする家を売っておいて、何なのその態度?
何もくれない展示場に用はないわ、もう次に行きましょう」
その家族はすぐにモデルハウスを出て、向かいの悪名高いモデルハウスへと入って行った。
事務所に戻るとリーダーの小田さんが励ましてくれた。
「大丈夫、あれはお客じゃないから。
誰でも彼でもお客にしちゃダメだ、あんな家族に家を建てる資格はないよ。
住宅セールスは犬じゃない、誰にでも尻尾を振っちゃいけない」
「リーダーの言う通りだが皆藤、 あの家族もお前と同じなんだよ。
類は類を呼ぶ。お客の質は営業マンの質だ。
自分のレベルにあった客しか来ない。
あの家族が悪いんじゃない、そういうお客を引き寄せるお前に問題がある。
成績が悪いと焦りが出る。それが顔にも態度にも出てしまうんだよ。
焦るな皆藤、今、何をするべきかよく考えろ。いいな?」
僕は崖っぷちだった。
会社のルールでは3か月、契約がゼロだと本社での地獄の研修が待っている。
そして半年間受注がないと解雇されてしまうのだ。
僕は2か月間、受注が無かった。
今月は何としても契約を上げなければならない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる