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第1話

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 最近、この総合住宅展示場への来場者は激減していた。
 事務所の壁に貼られた営業成績のグラフは、僕が最下位だった。
 次の接客の順番は僕の番だった。
 いつもは万年平社員の田村に順番を横取りされたが、今日は不動産屋回りということで田村はいない。
 おそらくパチンコでもしているのだろう。
 がさつで礼儀知らず、デリカシーの欠片もないこの大阪人が、どうして住宅が売れるのか、不思議だった。

 この展示場のスタッフは大隅おおすみ店長、営業リーダーの小田さん、そして田村と僕。
 現場監督は磯崎さんと寺島君、設計の川久保さんと事務員の陽子さんだった。


 展示場の玄関のセンサーが反応し、僕たちはモニターを注視した。
 店長が言った。

 「30代の子連れかあ? これはいけるな?
 皆藤かいとう、必ずアポを取って来い、いいな?」
 「はい」

 僕は服装を整え、接客に出た。


 「いらっしゃいませ。本日、担当させていただきます皆藤と申します。
 よろしくおね・・・」

 ところがその家族は僕を無視して、そのまま勝手にモデルハウスに上がり込むと、すぐにリビングへと進んで行ってしまった。

 来場アンケート用紙を持って必死に後を追った。

 「お客様、御手数ですがアンケートのご記入をお願いします」
 「そういうのいいから」

 たまにいるのだ、こういう無礼な客が。

 「俺は客だ、どこにやらせるかは俺が決める」


 夫婦というのは似た者夫婦といわれるように、奥さんもまた、酷かった。
 「撮影禁止」と書いているにもかかわらず、スマホでパシャパシャ写真を撮りまくっている。
 そういう親だから子供も同じだった。
 ベッドの上で跳ねまわる、展示場の中を走り回るなど、やりたい放題。

 「喉乾いた! お兄さん、オレンジ・ジュースないの? 100%のやつ」
 「少々お待ち下さい」

 するとモニターを見ていた陽子さんが飲み物を運んで来てくれた。
 絶好のタイミングだった。

 「どうぞこちらでお休み下さい」

 お茶出しのタイミングは極めて重要だ。
 彼女のお茶出しのタイミングは芸術ですらあった。


 家族は商談用のテーブルに就くと、

 「ほら、早く飲んで次に行くぞ。今日は最低5件は回るからな?」
 「もう帰ろうよー、ボク、疲れたー」
 「我慢しなさい克之。ほら、目の前のお家はドラえもんの風船をくれるみたいよ」
 「えーっ、風船なんていらねえよ、この前みたいにミニ四駆がいい!」
 「しょうがない子ね? すみませんけどここの粗品は何かしら?」
 「申し訳ありません、ここには置いてないんです・・・」
 「はあ? 信じらんない。今時何もくれない展示場なんて。お客を馬鹿にしているわ!
 何千万円もする家を売っておいて、何なのその態度?
 何もくれない展示場に用はないわ、もう次に行きましょう」

 その家族はすぐにモデルハウスを出て、向かいの悪名高いモデルハウスへと入って行った。

 
 事務所に戻るとリーダーの小田さんが励ましてくれた。

 「大丈夫、あれはお客じゃないから。
 誰でも彼でもお客にしちゃダメだ、あんな家族に家を建てる資格はないよ。
 住宅セールスは犬じゃない、誰にでも尻尾を振っちゃいけない」
 「リーダーの言う通りだが皆藤、 あの家族もお前と同じなんだよ。
 類は類を呼ぶ。お客の質は営業マンの質だ。
 自分のレベルにあった客しか来ない。
 あの家族が悪いんじゃない、そういうお客を引き寄せるお前に問題がある。
 成績が悪いと焦りが出る。それが顔にも態度にも出てしまうんだよ。
 焦るな皆藤、今、何をするべきかよく考えろ。いいな?」

 僕は崖っぷちだった。
 会社のルールでは3か月、契約がゼロだと本社での地獄の研修が待っている。
 そして半年間受注がないと解雇されてしまうのだ。
 僕は2か月間、受注が無かった。
 今月は何としても契約を上げなければならない。

 
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