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第7話

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 日曜日は住宅総合展示場のイベントがあり、来展者も多く、この日2回目の接客だった。
 
 「いらっしゃいませ、ご来場ありがとうございます。
 イベントには参加されましたか?」
 「はい。もうクタクタです、人が多くて」
 「今日はセーラームーン・ショーもありましたからね?
 よろしければ少しお休みになってから、ゆっくりとご覧下さい。
 今、お飲み物をお持ちします、何がよろしいですか?」

 すると事務所でモニターを見ていた陽子さんが、また絶妙なタイミングで来てくれた。

 「いらっしゃいませこんにちは。
 どうぞ、こちらからお好きな物をお選び下さい」
 「あら、いいの? じゃあ私はアイスコーヒーで。
 あんたたちはどうするの?」
 「じゃあ私は温かいお茶で。ノンちゃんは?」
 「オレンジジュース」

 はにかむように幼稚園くらいの女の子が言った。

 「かわいいお嬢さんですね?」

 と言うと、その若い女性は言った。

 「うふっ 妹なんです、この子」
 「えっ、これは大変失礼しました」
 「いいんですよ、いつものことですから」
 「あはははは ふたりとも私の子供よ」

 体格のよい、がっしりとしたその女性は豪快に笑った。

 「うちは大家族なの。この子が長女で一番下がこの紀子。
 9人家族なのよ」
 「凄いじゃないですか。テレビの「ビッグ・ダディ」みたいですね?」
 「そうね? でもダディはもういないけどね・・・」


 陽子さんが飲み物を運んで来た。

 「ごゆっくりどうぞ。
 ノンちゃんはお姉ちゃんと一緒に遊ぼうか?」

 女の子は頷き、陽子さんとキッズコーナーで折り紙を折りながらジュースを飲んだ。


 「申し遅れましたが、皆藤健一と申します」
 「野上です、皆藤君、イケメンね? 何歳?」
 「来月の誕生日で26歳になります」
 「そう、じゃあアンタより2つ年下かあ。
 どう? 皆藤君、うちの五月さつき、中々の美人でしょ? あたしに似て? あはははは」

 また野上さんは楽しそうに笑った。

 「ごめんなさいね皆藤さん、お母さんたらいつもこんな感じなんですよ。
 気にしないで下さいね?」
 「いえ、とても光栄です」

 悪い気はしなかった。
 すると野上さんは急にまじめな顔になった。

 「旦那が三か月前に亡くなって、それで主人の残してくれた保険金で家を作ろうと思ったの。
 お金なんてすぐになくなるでしょう?
 だから残る物に変えようって家族みんなで相談して決めたのよ。
 予算は土地建物込みで3,000万円なんだけど、皆藤君のところで出来る?」
 「土地からですね? 場所はどのあたりをご希望ですか?」
 「子供たちの学校もあるから、転校はさせたくないの、かわいそうだしね?
 だから天神町で探しているんだけど、あまりいい土地がなくて、それに予算も合わなくてねえ」
 「そうですね、天神辺りだとあまり物件情報の出ない場所ですからね?」
 「そうなのよ、そしてこの子たちには各々部屋をあげたいの。
 今まで6帖2間の借家の1件家だったからさあ、自分の部屋を持つのがこの子たちの夢なのよ」
 「すると9部屋が必要になりますね?」
 「そうなんです。この予算では無理ですよね?
 私の部屋はいりませんから、8部屋でも構いません」

 五月が言った。

 「他にご要望はいかがですか?」
 「要望はそれだけ。あとは予算だけね? あはははは」

 野上さんはまた、大きな声で笑った。

 「ではこれから展示場をご案内しますので、ご参考にしてみて下さい」



 一通り展示場を案内して、来週のアポイントをいただき、野上さんたちは帰って行った。
 陽子さんと一緒に、ノンちゃんの散らかしたオモチャを片付けていると、

 「何とかしてあげたいですね? 野上さんたちのお家」
 「喜んでもらいたいなあ、ご主人の形見になる家ですからね?」

 僕はまず、土地情報の収集から始めることにした。
 
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