★未完成交響曲

菊池昭仁

文字の大きさ
8 / 59

第8話

しおりを挟む
 子供の頃はヘンな食べ物が好きだった。
 砂糖を大さじ3杯も入れたミルク珈琲に食パンを浸して食べたり、『おしるこ』という和風クッキーが好きだったりした。

 中でも私のお気に入りは、金魚の形をしたスナック菓子だった。
 
 「あの金魚さんのお菓子が食べたいの!」

 と、ベソをかいて母に訴え、母はそんな私を見て大笑いをして、私を連れて近所の雑貨屋でその金魚の菓子を買ってくれた。

 その菓子を偶然、スーパーマーケットで見つけたが、今はそれほど食べたいとは思わない。


 食べることが好きだった。
 それは両親の影響が強いと思う。
 母も父も、自分の食に対するこだわりが強い人だった。

 「私はサントリーの烏龍茶しか飲まないわ」

 とか、

 「アンコは「つぶあん」じゃなきゃダメよ」

 と、母は言っていたものだ。


 母は料理上手だった。
 特に母が得意だったのが「中華そば」だった。

 私が富山の商船高専から帰省すると、母によく中華そばを作って欲しいとねだったものだ。

 母は中学を出て横浜の理髪店で奉公した後。一時、横浜の中華食堂で、住込みで働いていたことがあったそうで、母の作る中華そばは絶品だった。

 「チャーシュウを作る時はね、蒸したら絶対に生醤油だけで煮詰めるのよ」

 母はトウモロコシもサツマイモもよく、蒸し器を使った。
 茹でると旨味もに逃げるからだという。

 昔、家に瞬間湯沸かし器がなく、母は冷たい水道水で洗い物をして、いつも「あー、冷たい」と、手を真っ赤にして洗い物をしていた。

 殆どの家には小さな瞬間湯沸かし器があった。
 私の夢は、母に瞬間湯沸かし器をプレゼントしてあげることだった。


 私たち家族は会津を離れて埼玉県の大宮に引っ越して来たので頼る親戚もなく、母が寝込むと、帰りの遅い父を待っているわけにはいかず、食事は私が作った。

 当時、まだ小学校2年生だった私は、まだ生まれたばかりの妹を背中におんぶしながら、米を研いだ。
 
 その頃からよく母に料理の手ほどきを受けた。

 母はよくそんな私を笑って言った。

 「男は台所に立つもんじゃないわよ。出世しなくなるから」

 母の予言通り、私は出世しなかった。


 子供の時、父によくお酌をした。
 父は子供にビールやウイスキーを注いでもらうのが好きだった。

 小さかった私がビール瓶を両手に抱え、父の三ツ矢サイダーのコップにビールを慎重に注ごうとした時、それを父が制した。

 「コップにまだビールが残っているうちには、継ぎ足してはダメなんだよ。
 ビールが不味くなるからね?」


 蕎麦が好物だった父だが、七味がないと蕎麦を食べない人だった。

 そんな父が私がまだ幼稚園だった頃にゆで卵を作ってくれた。
 そのゆで卵が衝撃だった。

 卵を茹でて、黄身と白身に分けて白身をザク切りにして、その上に黄身をザルで裏ゴシしてその上にふりかけ、そこに砂糖と醤油を掛けて食べさせてくれた時は、父が神に思えた。
 父に何度もそのゆで卵をせがんだものだ。


 そんなある日、父から言われた。
 
 「俺の田舎の岩手にはな? 『わんこそば』というのがあってな?」
 「ワンコそば?」

 幼かった私は、子犬を連想してしまい、

 「かわいいワンコを食べちゃうの?」

 と怯えた。

 
 父は大笑いをして、私に茹でた蕎麦をお椀に入れて出してくれた。

 「お椀で食べるから「わんこそば」なんだよ」


 夢中で食べた。美味かった。
 私はその日から、蕎麦はお椀で食べるようになった。


 「わんこ蕎麦は「もう食べられない」と言ってもダメなんだ。
 隣にお店の女の人がお椀を持って食べるのを待っていて、食べ終わるとすぐにまた蕎麦をそのお椀に入れてしまう。
 「ごちそうさま」をする時には、お店の人が蕎麦を入れる前にすばやくお椀に蓋をする必要がある。
 そうしないとずっと食べ続けなければならない」

 私はその話を聞いて恐ろしくなった。

 「お腹がパンクしちゃうの?」
 「そうかもしれないぞ」


 そして28歳の時、私は勤めていた会社の会長のお供で、ある盛岡の会社の視察に鞄持ちとして同行した際、その盛岡の会社の社長さんから、宮沢賢治もよく食べに来ていたという「わんこ蕎麦」の老舗に招待していただいた。

 (これが親父の言っていた「わんこ蕎麦」か?)


 軽く100杯は食べられると思った。
 お店のベテラン給仕さんの話では、「約11杯分でかけ蕎麦一杯分になります」と説明を受けた。

 お膳には薬味として小鉢に筋子や「なめこおろし」などの具材が用意され、そればっかり先に食べていたらその仲居さんに、

 「それは薬味だからと一緒に食べるんだよ」

 と、岩手弁で叱られた。

 
 本当は何杯まで食べられるか挑戦したかったが、大勢の社長さんたちがいたので24杯で止めた。


 その後、息子が小学校4年生の時、女房が大阪府のトレーニング・シップ、帆船『あこがれ』の夏休みの体験航海に応募したので、息子を八戸港まで送っていく時に、盛岡駅で途中下車して駅前のわんこ蕎麦屋に寄った。
 息子にわんこ蕎麦を体験させてやりたかったのと、私のわんこ蕎麦リベンジのために。

 
 親子で死ぬほど食べた。

 ただそこの店はお盆が空く度にお替りの蕎麦のお盆を取りに戻るので、以前の花巻の本店とはシステムが異なり、多少は不利だった。

 何杯食べたか証明書が発行される。
 私は97杯でダウンした。
 切りのいい100杯までのあと3杯が、どうしても食べられなかった。


 この前、ラジオで「もえあず」という大喰いアイドルの娘がわんこ蕎麦を食べた話をしていた。

 「1,000杯くらいしか食べられませんでした。エヘッ」

 「1,000杯!」 私は足元にも及ばないと思った。

 多分、今なら20杯で白旗だな?
 
 わんこそば、また食べたい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

江戸の夕映え

大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。 「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三) そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。 同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。 しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...