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第40話
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本当なら久しぶりの日本、寿司や鰻、ラーメンが食べたかった。だが一応、彼女に訊いてみた。
「何が食べたい?」
「トンカツの美味しいお店があるの」
トンカツと聞いて少しがっかりした。
でも彼女がそれを食べたいならそれでいいと思った。
食事は何を食べるかよりも、誰と食べるかが重要だからだ。
何を話したのか覚えてはいない。
私は食事の後の展開だけを考えていた。
長い航海を終えたばかりである。正直に言えば若い私の性欲はMAXだった。私はトンカツより早く彼女を食べたいと思っていた。
恐ろしいほどの執念、彼女はあらゆる手段を使って私に会いに来てくれた。ゆえに既に内諾はあるはずだ。
だが、食事している時に彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「私の部屋には泊めてあげられないからね?」
私は若かったのでそのままその言葉を受け取った。
今なら「自宅は駄目でもラブホとかならいいんだ!」と思ったはずだ。
私は手も握らず、キスもせず、トンカツを食べて日本丸に戻った。
「菊池、コノヤロー! すっきりした顔しやがって!」
「それを言うなよお~」
その日の酒盛りは私が肴にされて盛り上がった。
「お前も馬鹿だなあ。どうしてホテルに誘わなかったんだ? 彼女はおそれくその気だったはずだぞ。
そうじゃなきゃお前に入港してすぐ、会いになんか来ねえよ」
それ以来、彼女とは会っていない。
運輸省航海訓練所の職員は国家公務員のエリートである。中々粋な人たちが多かった。
外出する時には映画俳優のようにダンディーにキメていた。
その中でも一番印象にあるのはカーペンター(船大工)さんだった。
40歳位の口髭をいつもキチンと整え、私たち学生にも丁寧な言葉で話してくれる人だった。
港に入るとデッキチェアを中甲板に置いてウイスキーを飲みながら、アコーディアオンを弾いていた。
「カッコいいなあ」と思った。まさに帆船・日本丸に相応しい船乗りだと思った。
私もこんな船乗りになりたいと思った。ロンドンにアパートメントを借りて一生独身。港港に女がいて、世界中を股(?)に回るキャプテンになろうと夢を見た。
帆船実習の後は大型練習船での実務訓練が開始される。
銀河丸は世界一周航路、青雲丸は環太平洋コース、そして北斗丸は最新鋭のタービン船で船が一番新しかったが、なんと寄港地はサモアのアピア港とオーストラリアのブリスベンの二港のみ。しかもキャプテンは一番恐れられている人だった。
5,000トンクラスの大型船がどれになるかは高専の時の出席番号順で決められる。
みんな世界一周コースに憧れていた。
だが私は北斗丸に乗船することが決まってしまった。がっかりである。
半年間の帆船実習は私たちに海の素晴らしさと恐ろしさを教えてくれた。
商船大学、商船高専の航海学科の卒業生は日本丸、海王丸で訓練を受けたことに誇りを持っている。
本物の船長になるには帆船実習は不可欠なのだ。
そして私たちが実習を終えた帆船・日本丸は1年後、横浜の伊勢佐木町のみなとみらい、日本丸メモリアルパークに今も係留されている。
私は横浜に行くと必ず、日本丸に会いに行くようにしている。
あの時の自信を忘れないために。
春休みが終わればいよいよ大型船実習が始まることになっていた。
「何が食べたい?」
「トンカツの美味しいお店があるの」
トンカツと聞いて少しがっかりした。
でも彼女がそれを食べたいならそれでいいと思った。
食事は何を食べるかよりも、誰と食べるかが重要だからだ。
何を話したのか覚えてはいない。
私は食事の後の展開だけを考えていた。
長い航海を終えたばかりである。正直に言えば若い私の性欲はMAXだった。私はトンカツより早く彼女を食べたいと思っていた。
恐ろしいほどの執念、彼女はあらゆる手段を使って私に会いに来てくれた。ゆえに既に内諾はあるはずだ。
だが、食事している時に彼女の口から出た言葉は意外なものだった。
「私の部屋には泊めてあげられないからね?」
私は若かったのでそのままその言葉を受け取った。
今なら「自宅は駄目でもラブホとかならいいんだ!」と思ったはずだ。
私は手も握らず、キスもせず、トンカツを食べて日本丸に戻った。
「菊池、コノヤロー! すっきりした顔しやがって!」
「それを言うなよお~」
その日の酒盛りは私が肴にされて盛り上がった。
「お前も馬鹿だなあ。どうしてホテルに誘わなかったんだ? 彼女はおそれくその気だったはずだぞ。
そうじゃなきゃお前に入港してすぐ、会いになんか来ねえよ」
それ以来、彼女とは会っていない。
運輸省航海訓練所の職員は国家公務員のエリートである。中々粋な人たちが多かった。
外出する時には映画俳優のようにダンディーにキメていた。
その中でも一番印象にあるのはカーペンター(船大工)さんだった。
40歳位の口髭をいつもキチンと整え、私たち学生にも丁寧な言葉で話してくれる人だった。
港に入るとデッキチェアを中甲板に置いてウイスキーを飲みながら、アコーディアオンを弾いていた。
「カッコいいなあ」と思った。まさに帆船・日本丸に相応しい船乗りだと思った。
私もこんな船乗りになりたいと思った。ロンドンにアパートメントを借りて一生独身。港港に女がいて、世界中を股(?)に回るキャプテンになろうと夢を見た。
帆船実習の後は大型練習船での実務訓練が開始される。
銀河丸は世界一周航路、青雲丸は環太平洋コース、そして北斗丸は最新鋭のタービン船で船が一番新しかったが、なんと寄港地はサモアのアピア港とオーストラリアのブリスベンの二港のみ。しかもキャプテンは一番恐れられている人だった。
5,000トンクラスの大型船がどれになるかは高専の時の出席番号順で決められる。
みんな世界一周コースに憧れていた。
だが私は北斗丸に乗船することが決まってしまった。がっかりである。
半年間の帆船実習は私たちに海の素晴らしさと恐ろしさを教えてくれた。
商船大学、商船高専の航海学科の卒業生は日本丸、海王丸で訓練を受けたことに誇りを持っている。
本物の船長になるには帆船実習は不可欠なのだ。
そして私たちが実習を終えた帆船・日本丸は1年後、横浜の伊勢佐木町のみなとみらい、日本丸メモリアルパークに今も係留されている。
私は横浜に行くと必ず、日本丸に会いに行くようにしている。
あの時の自信を忘れないために。
春休みが終わればいよいよ大型船実習が始まることになっていた。
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