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第50話
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乗船命令書には
三等航海士として「ナポリ」にて乗船を命ず
と書かれていた。
航海実習ではハワイ、サモア、オーストラリアの三カ国を訪れたがすべて船での入国であった。
私は国際線どころか国内線の飛行機にも乗ったことがなかった。
それなのにいきなりステーキ、いきなりナポリである。「イタリアに飛行機で行きなさい」というではありませんか!
「成田からナポリかあ。俺もようやく国際ビジネスマンかあ」
とワクワクした。
「国際線の飛行機ではな? 靴を脱いで乗るんだぞ」
先輩からそんなふうにからかわれたことを思い出した。
「穴の空いていない靴下を履いていかないと、スチュワーデスさんに笑われちゃうな?」と思ったほどである。
横浜の本社に交代要員が全世界から集まって来る。
なぜ「全世界から」というと、休暇はロスやパタヤビーチで過ごすクルーもいたからだ。
私もかつて彼女がいない時には休暇はロンドンで過ごす予定であった。
定年前のベテラン・キャプテンと海上自衛隊で潜水艦の士官をしていたというチェンジャー(チーフ・エンジニアの略 機関長)など、5名ほどでの交代であった。
「顔合わせにメシでもどうですか?」
我々は馬車道に食事に出かけることにした。
食事だよ食事。主食がビールの焼肉三昧の食事。
海の男たちは酒が強い。みんな酒豪だった。大ジョッキで生ビールをガブガブ飲んでいた。
ひとり平均大ジョッキ5杯。
でも乱れる人は誰もいない。
(大丈夫なのかなあ? これから黄熱病の予防注射なのに?)
私はいい気分のまま、みんなと横浜の検疫センターへ行った。
担当の女医さんは品の良い昔は美人お婆ちゃん先生だった。
おそらく現役時代はドクターXくらいバリバリだった筈である。
「あの~先生、飲んできちゃったんですけど大丈夫ですかあ?」
その女医さんは笑っていた。
「どれくらい飲んだの?」
「ちょっとだけ。舐める程度です。ヒック」
「しょうがないわねえ? 大丈夫よ、明日出国だもんね?」
無事にイエローフィーバーのバクシネーションのミッションを完了した。
「明日はYCATからですよね?」
「ああ、いつも通りだ」
とみんなが話していた。
(YCATって何? Yの猫?)
それは横浜・シティ・エア・ターミナルの略だった。流石はヨコハマである、おしゃれ。
ちなみに東京はTCAT。そこからリムジンバスで成田へ向かうらしい。
(でもオカシイなあ、みんな普段着だぞ? 国際線の飛行機に乗るというのに)
私だけが成人式の時の背広姿だった。きちんとネクタイまで締めて。
だがなぜそんな服装だったのかと言うと、それは飛行機に乗って初めてわかることになるのであった。
成田でブリティッシュ・エアウェイズの航空券が渡され、そのチケットをボーディング・パスに変えた。
テレビで見た光景である。英語でのゆったりとした搭乗アナウンス、パタパタと変わる英語の掲示板。実にカッチョいい。
そしてまた今度は夕食である。お酒が主食の夕食。空港内にある寿司店に入った。
「サードオフィサー、これから1年、日本ともお別れだ。さあ日本最後の寿司を沢山食べなさい」とご馳走してくれた。
海の男は割り勘なんてしない、上長が払うのはしきたりであった。
出国審査を終え、搭乗ゲートへ。
すでに英国航空機は待機していた。
搭乗時間になり、機内へ。
ウインドウ・シートはキャプテンとチェンジャーで、私はチェンジャーの隣りのエコノミー席であった。
(俺も窓際がよかったなあ。あれれ、スチュワードばっかりじゃねえかコノヤロウ!)
手に朝握る初フライトであった。飛行機はフル・スロットルで離陸するとすぐに機体が45°くらいに大きくバンクして空へ突き抜けて行った。
そして巡航飛行になってシートベルトのサインが消えると、唯一の金髪スチュワーデスであるジュディちゃんが機内食を配り始めた。
「Chicken or Beef ?」
面倒なので隣と同じ物でいいやと思い、隣の外人がビーフを注文したので私も同じ物をと思い、初めてのフライトで緊張していたのか? 私は思いっきり、
「I'm too」と言っちゃったのである。
「?」と怪訝そうなジュディーちゃん。
すると隣りロス在住のプロ並みのアマチュア・ゴルファーであるチェンジャーがニヒルに笑ってこっそりと呟いた。お前の英語はその程度なのか?という具合いに、
「me,too」
あちゃあ、そうだった(笑)
アンカレッジでうどんを食べ、トランジットのロンドン、ヒースロー空港へと飛行した。
およそ8時間のフライトである。
私はスーツで来たことを後悔した。真面目な私はトイレも我慢してエコノミー症候群になる手前であった。
アビナイアビナイ。
ヒースロー空港の税関では戦争経験者のキャプテンがイジワルをされていた。
アイツラ、日本人の老人だと分かると、わざとスーツケースをひっくり返すのである。
船長の話だと世界大戦の時の恨みがまだあるとのことであった。
ヒースローからスペイン航空でイタリアのローマへ。
まるで『紅の豚』の雲の上を飛んでいる、マルコのあのシーンのようだった。
三等航海士として「ナポリ」にて乗船を命ず
と書かれていた。
航海実習ではハワイ、サモア、オーストラリアの三カ国を訪れたがすべて船での入国であった。
私は国際線どころか国内線の飛行機にも乗ったことがなかった。
それなのにいきなりステーキ、いきなりナポリである。「イタリアに飛行機で行きなさい」というではありませんか!
「成田からナポリかあ。俺もようやく国際ビジネスマンかあ」
とワクワクした。
「国際線の飛行機ではな? 靴を脱いで乗るんだぞ」
先輩からそんなふうにからかわれたことを思い出した。
「穴の空いていない靴下を履いていかないと、スチュワーデスさんに笑われちゃうな?」と思ったほどである。
横浜の本社に交代要員が全世界から集まって来る。
なぜ「全世界から」というと、休暇はロスやパタヤビーチで過ごすクルーもいたからだ。
私もかつて彼女がいない時には休暇はロンドンで過ごす予定であった。
定年前のベテラン・キャプテンと海上自衛隊で潜水艦の士官をしていたというチェンジャー(チーフ・エンジニアの略 機関長)など、5名ほどでの交代であった。
「顔合わせにメシでもどうですか?」
我々は馬車道に食事に出かけることにした。
食事だよ食事。主食がビールの焼肉三昧の食事。
海の男たちは酒が強い。みんな酒豪だった。大ジョッキで生ビールをガブガブ飲んでいた。
ひとり平均大ジョッキ5杯。
でも乱れる人は誰もいない。
(大丈夫なのかなあ? これから黄熱病の予防注射なのに?)
私はいい気分のまま、みんなと横浜の検疫センターへ行った。
担当の女医さんは品の良い昔は美人お婆ちゃん先生だった。
おそらく現役時代はドクターXくらいバリバリだった筈である。
「あの~先生、飲んできちゃったんですけど大丈夫ですかあ?」
その女医さんは笑っていた。
「どれくらい飲んだの?」
「ちょっとだけ。舐める程度です。ヒック」
「しょうがないわねえ? 大丈夫よ、明日出国だもんね?」
無事にイエローフィーバーのバクシネーションのミッションを完了した。
「明日はYCATからですよね?」
「ああ、いつも通りだ」
とみんなが話していた。
(YCATって何? Yの猫?)
それは横浜・シティ・エア・ターミナルの略だった。流石はヨコハマである、おしゃれ。
ちなみに東京はTCAT。そこからリムジンバスで成田へ向かうらしい。
(でもオカシイなあ、みんな普段着だぞ? 国際線の飛行機に乗るというのに)
私だけが成人式の時の背広姿だった。きちんとネクタイまで締めて。
だがなぜそんな服装だったのかと言うと、それは飛行機に乗って初めてわかることになるのであった。
成田でブリティッシュ・エアウェイズの航空券が渡され、そのチケットをボーディング・パスに変えた。
テレビで見た光景である。英語でのゆったりとした搭乗アナウンス、パタパタと変わる英語の掲示板。実にカッチョいい。
そしてまた今度は夕食である。お酒が主食の夕食。空港内にある寿司店に入った。
「サードオフィサー、これから1年、日本ともお別れだ。さあ日本最後の寿司を沢山食べなさい」とご馳走してくれた。
海の男は割り勘なんてしない、上長が払うのはしきたりであった。
出国審査を終え、搭乗ゲートへ。
すでに英国航空機は待機していた。
搭乗時間になり、機内へ。
ウインドウ・シートはキャプテンとチェンジャーで、私はチェンジャーの隣りのエコノミー席であった。
(俺も窓際がよかったなあ。あれれ、スチュワードばっかりじゃねえかコノヤロウ!)
手に朝握る初フライトであった。飛行機はフル・スロットルで離陸するとすぐに機体が45°くらいに大きくバンクして空へ突き抜けて行った。
そして巡航飛行になってシートベルトのサインが消えると、唯一の金髪スチュワーデスであるジュディちゃんが機内食を配り始めた。
「Chicken or Beef ?」
面倒なので隣と同じ物でいいやと思い、隣の外人がビーフを注文したので私も同じ物をと思い、初めてのフライトで緊張していたのか? 私は思いっきり、
「I'm too」と言っちゃったのである。
「?」と怪訝そうなジュディーちゃん。
すると隣りロス在住のプロ並みのアマチュア・ゴルファーであるチェンジャーがニヒルに笑ってこっそりと呟いた。お前の英語はその程度なのか?という具合いに、
「me,too」
あちゃあ、そうだった(笑)
アンカレッジでうどんを食べ、トランジットのロンドン、ヒースロー空港へと飛行した。
およそ8時間のフライトである。
私はスーツで来たことを後悔した。真面目な私はトイレも我慢してエコノミー症候群になる手前であった。
アビナイアビナイ。
ヒースロー空港の税関では戦争経験者のキャプテンがイジワルをされていた。
アイツラ、日本人の老人だと分かると、わざとスーツケースをひっくり返すのである。
船長の話だと世界大戦の時の恨みがまだあるとのことであった。
ヒースローからスペイン航空でイタリアのローマへ。
まるで『紅の豚』の雲の上を飛んでいる、マルコのあのシーンのようだった。
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