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第6話 洋介さんへの疑念
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三郎さんの納骨が済んだ。
だが私たちの心は空洞になったままだった。
私たちはいつものように囲炉裏の前で夕食を囲んでいた。
洋子さんと私、そして真一君はビールを飲み、沙織ちゃんと洋介さんはウーロン茶で私たちと付き合ってくれていた。
少し酔った真一君が沙織ちゃんに訊ねた。
「沙織ちゃんはお酒が飲めないの? それとも飲まないの?」
「私、お酒が嫌いなの」
沙織ちゃんもすっかりみんなに打ち解け、いろんなことを話すようになっていた。
「酒が嫌い? どうして?」
「お酒にはあまりいい思い出がないから」
「ふーん、そうなんだ」
沙織ちゃんのことが好きな真一君は、それ以上沙織ちゃんを追及することはしなかった。
もしも親や彼氏が酒乱だったと告白されても、この場がしらけるだけだと思ったからだ。
私はそれを取り繕うために洋介さんに同じ質問をした。
「洋介さんはどうなんですか? 酒が嫌いなんですか? ここで一番飲みそうに見えますけど」
「私の場合は体質的にダメなんですよ。すぐに頭が痛くなってしまうんです。でもこうしたお酒の場は好きなんですけどね? 楽しいから」
「ごめんなさいね、私たち、仕事の後のこのお酒のために生きているようなものだから。あはははは」
このために生きている? それは洋子さんの生きる希望でもあるのは確かな事だった。
洋子さんが場を和ませてくれた。
私はきんぴらごぼうを口に入れ、それをビールで流し込んだ。
喉越しが気持ちよかった。
私は家では酒を飲まなかった。飲みたいとは思わなかったからだ。
飲みたい時は外で呑んだ。
それはひとりで呑んでもつまらなかったからだ。どうでもいいテレビを見ながら飲む酒ほど不味い酒はない。
女房の圭子は酒を飲まなかったし、大学生の栄太郎も私とは酒を飲もうとはしなかった。
みんなで同じ仕事をして、みんなで同じ物を食べ、酒を飲む。
どうでもいい話で笑い、そしてまた一日が過ぎてゆく。
私は今、至福の中にいた。
今度は洋介さんが私に質問をした。
「誠二さんはここに来る前はどんな仕事をされていたんですか?」
「私ですか? 私は自動車会社で研究職をしていました」
「どんな研究ですか? 差支えなければですが」
「簡単に言うとクルマが安定して走行するための制御プログラミングを開発する仕事でした」
すると意外なことに、洋介さんはそれを深く追求して来た。
「乗り心地を安定させるためのものですか? 例えばスタビリティを制御するコントロール・プログラムとか?」
私は少し驚いた。それが私の長年の研究テーマだったからだ。
「随分お詳しいですね? 実はそればかりを研究していました。クルマの復元力をコントロールすることで優れた走行性を確保する物です。
でも最後はリストラされてしまいました」
その場の雰囲気が少し暗くなった。
私は余計なことを言ってしまったと自分の言動を後悔し、今度は洋介さんに話題を振った。
「洋介さんはどんなお仕事を?」
「私ですか?」
洋介さんは一口ウーロン茶を飲んでこう言った。
「私は自衛官でした。その後は外地を転々としていました。
家族もいないので気楽なものです」
ようやく私の洋介さんへの疑問が解けた。
あの整然とした布団の畳み方も、規則正しい生活も、そしてあの鍛え抜かれた肉体も、洋介さんが自衛隊出身者であれば納得が出来た。
「だからいつも身体を鍛えているんですね? キツイ農作業も平気だし」
真一君はそう言って頷きながら旨そうにビールを飲んだ。
囲炉裏に刺していた味噌田楽を沙織ちゃんが抜き取り、みんなの小皿に取り分けてくれた。
「自衛隊の時に沁み付いた習慣なんですよ。あはははは」
そう陽気に笑う洋介さんだったが、私にはその笑顔がどうしても演技をしているようにしか見えなかった。
それは洋介さんが時折見せる冷徹なまでの瞳にあった。
彼は笑顔でも目が笑ってはいなかったからだ。
私は自衛官だった洋介さんよりも、海外を回っていたという洋介さんの方に興味が湧いた。
そして私の研究についてのあの真剣な眼差し。おそらく洋介さんは将校の階級のはずだ。
(自衛隊の元将校がなぜこの黄昏村に来たのだろう?)
それは後日に知ることになるのだが、逆に私の洋介さんに対する疑念はより深まっていった。
だが私たちの心は空洞になったままだった。
私たちはいつものように囲炉裏の前で夕食を囲んでいた。
洋子さんと私、そして真一君はビールを飲み、沙織ちゃんと洋介さんはウーロン茶で私たちと付き合ってくれていた。
少し酔った真一君が沙織ちゃんに訊ねた。
「沙織ちゃんはお酒が飲めないの? それとも飲まないの?」
「私、お酒が嫌いなの」
沙織ちゃんもすっかりみんなに打ち解け、いろんなことを話すようになっていた。
「酒が嫌い? どうして?」
「お酒にはあまりいい思い出がないから」
「ふーん、そうなんだ」
沙織ちゃんのことが好きな真一君は、それ以上沙織ちゃんを追及することはしなかった。
もしも親や彼氏が酒乱だったと告白されても、この場がしらけるだけだと思ったからだ。
私はそれを取り繕うために洋介さんに同じ質問をした。
「洋介さんはどうなんですか? 酒が嫌いなんですか? ここで一番飲みそうに見えますけど」
「私の場合は体質的にダメなんですよ。すぐに頭が痛くなってしまうんです。でもこうしたお酒の場は好きなんですけどね? 楽しいから」
「ごめんなさいね、私たち、仕事の後のこのお酒のために生きているようなものだから。あはははは」
このために生きている? それは洋子さんの生きる希望でもあるのは確かな事だった。
洋子さんが場を和ませてくれた。
私はきんぴらごぼうを口に入れ、それをビールで流し込んだ。
喉越しが気持ちよかった。
私は家では酒を飲まなかった。飲みたいとは思わなかったからだ。
飲みたい時は外で呑んだ。
それはひとりで呑んでもつまらなかったからだ。どうでもいいテレビを見ながら飲む酒ほど不味い酒はない。
女房の圭子は酒を飲まなかったし、大学生の栄太郎も私とは酒を飲もうとはしなかった。
みんなで同じ仕事をして、みんなで同じ物を食べ、酒を飲む。
どうでもいい話で笑い、そしてまた一日が過ぎてゆく。
私は今、至福の中にいた。
今度は洋介さんが私に質問をした。
「誠二さんはここに来る前はどんな仕事をされていたんですか?」
「私ですか? 私は自動車会社で研究職をしていました」
「どんな研究ですか? 差支えなければですが」
「簡単に言うとクルマが安定して走行するための制御プログラミングを開発する仕事でした」
すると意外なことに、洋介さんはそれを深く追求して来た。
「乗り心地を安定させるためのものですか? 例えばスタビリティを制御するコントロール・プログラムとか?」
私は少し驚いた。それが私の長年の研究テーマだったからだ。
「随分お詳しいですね? 実はそればかりを研究していました。クルマの復元力をコントロールすることで優れた走行性を確保する物です。
でも最後はリストラされてしまいました」
その場の雰囲気が少し暗くなった。
私は余計なことを言ってしまったと自分の言動を後悔し、今度は洋介さんに話題を振った。
「洋介さんはどんなお仕事を?」
「私ですか?」
洋介さんは一口ウーロン茶を飲んでこう言った。
「私は自衛官でした。その後は外地を転々としていました。
家族もいないので気楽なものです」
ようやく私の洋介さんへの疑問が解けた。
あの整然とした布団の畳み方も、規則正しい生活も、そしてあの鍛え抜かれた肉体も、洋介さんが自衛隊出身者であれば納得が出来た。
「だからいつも身体を鍛えているんですね? キツイ農作業も平気だし」
真一君はそう言って頷きながら旨そうにビールを飲んだ。
囲炉裏に刺していた味噌田楽を沙織ちゃんが抜き取り、みんなの小皿に取り分けてくれた。
「自衛隊の時に沁み付いた習慣なんですよ。あはははは」
そう陽気に笑う洋介さんだったが、私にはその笑顔がどうしても演技をしているようにしか見えなかった。
それは洋介さんが時折見せる冷徹なまでの瞳にあった。
彼は笑顔でも目が笑ってはいなかったからだ。
私は自衛官だった洋介さんよりも、海外を回っていたという洋介さんの方に興味が湧いた。
そして私の研究についてのあの真剣な眼差し。おそらく洋介さんは将校の階級のはずだ。
(自衛隊の元将校がなぜこの黄昏村に来たのだろう?)
それは後日に知ることになるのだが、逆に私の洋介さんに対する疑念はより深まっていった。
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