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第9話
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恋愛とは音楽に似ている。
序曲に期待し、起承転結の流れで進んでゆくからだ。
そして途中で演奏が中断することもある。
コンサートが突然、何の前触れもなく終わるのだ。
私は恋愛から意識的に遠ざかっていた。
女を愛することから逃げていた。
感動がなくなっていたのだ。人を愛することに。
初恋は「恋に恋すること」だった。
今思えば、それは「誰でも良かった」のかもしれない。
人を愛する自分に酔っていた
それが正直なところだったのかもしれない。
その時の私は、恋愛の本質をよく理解していなかった。
幾度かの出会いと別れを繰り返し、結婚を考え始める頃になると、「この女と一緒に人生を歩いていけるのだろうか?」と、冷静に思う自分がいた。
恋から愛、そして現実へと変わって行った。
「この女をしあわせに出来るのか?」
そこには責任と信頼、自信が必要だ。
単なる好き嫌いだけでは結婚は出来ない。
セックスに対する考えもかなり変わった。
若い頃の性に対する旺盛な好奇心は、ただの性処理としての行為になっていった。
ただ女の「穴」にペニスを出し入れし、射精するだけの虚しい行為。
ある人妻は私にこう言った。
「夫婦のセックスなんて、お互いのカラダを使ったマスターベーションみたいなものよ」
そこに愛は存在しないと言う。
セックスが目的だけの結婚なら、結婚の意味はない。
風俗にでも行った方が経済的だ。
面倒な気遣いも不要だ。
女房のご機嫌を伺うことも、取ることもない。
でななぜ結婚をするのだろう?
「寂しいから。家族が欲しいから」
それではあまりに相手に対して思い遣りがなさすぎる。
愛してもいない女に、年老いた自分の下の世話までさせるというのか?
そんな馬鹿げた話はない。
だったらカネを貯めて、いい老人ホームへでも行けばいい。
その女に対して、愛情があるかないかは射精した後にあると思っている。
それは射精後、すぐに女から体を離そうとするかどうかではないかと。
つまり自分の欲望が満たされたら、相手の事はもう知らないという自分勝手な行為だからだ。
その妻は愛されてはいない。
もちろん女にも打算はある。
「この人と一緒に暮らして、私はしあわせになれるのかしら?」
結婚とは「しあわせの確約」を目指すものではない。
結婚とは呉越同舟。同じ船に乗って人生航路を進む「戦友」なのだ。
スキャンダルを起こして失脚する有名人のように、権力も財力も、かならずしも不変なものではない。
一寸先は闇なのだ。
ゆえに結婚は「豊かなる時」ではなく、「病める時」でも相手を支える勇気と決意が必要なのだ。
フランスでは事実婚が多いという。
西洋に憧れる日本人なら、夫婦別姓を唱える前に、「お試し期間」を永く設ける男女関係を構築することも、悪くはないのではないだろうか?
私はそんなどうでもいいことを考えながら、千秋を前に千秋の履歴書を見ていた。
「随分簡単な履歴書だな?」
「しょうがないでしょー? 高校中退なんだから」
私は少し意地悪な質問をした。
「ウチの店で働きたいと思った動機は?」
「大好きな功作と一緒に働きたいと思ったから」
「そんな理由じゃダメだな?」
「功作を助けてあげたいと思ったから。それじゃダメ?」
「千秋、お前はまだ若い。人生に目標を持て。
そんなくだらないことではなく」
「功作と結婚してしあわせになりたい! それが目標だよ」
「真面目に答えろ」
「十分真面目だよ」
「男で自分の人生が変わってもいいのか?
それでは千秋の人生は男次第ということになってしまうじゃないか?
ましてや俺では最悪の人生になってしまう」
「それじゃダメなの?」
「駄目じゃない。だがそれでは人生が安っぽいギャンブルになってしまう。
千秋、「類は友を呼ぶ」って知ってるか?」
「知らない」
「わかりやすく言えば、自分の周りには自分と同じ「レベル」の仲間しか寄って来ないということだ。
金持ちには金持ちの仲間が、ヤクザにはヤクザの仲間が。そして・・・」
「そしてキャバ嬢にはキャバ嬢とスケベなお客とロクデナシのホストが集まって来るというわけでしょ?
そんな話、聞きたくない」
私と千秋はタバコに火を点けた。
「千秋、人は相手を変えることは出来ないんだ。
ではどうすればいいか? それは自分が変わることなんだよ。
お前はあのホストと別れた。でもな千秋、お前が変わらなければまた同じ男を好きになってしまう。
お前はまだ若い。これからなんだ、千秋の人生は。
お前を採用するにはひとつ条件がある」
「どんな条件? 功作の愛人になること? それなら喜んでなってあげる! 功作のセフレに」
「学校に通うことだ。昼間の学校に通って高校の卒業資格を取れ。
そして大学に行け」
「そんなお金ないよ」
「そのカネは俺が出してやるから心配するな。
出世払いで返してくれればいい」
「出世しなかったら?」
「その時はその時だ。俺に人を見る目がなかったということだから諦めるよ」
「私、勉強は嫌い」
「苦手だと思っているから苦手なんだ。
千秋はたまたま勉強が出来る環境になかっただけだ。
そして勉強はいくつになっても出来る。
どうする千秋? 学校に行ってみないか?」
千秋は少し照れながら言った。
「わかったよ、功作の言う通りにするよ」
「それじゃあお前を採用してやる。仕事は楽じゃないぞ。
いつから働ける? 店の方は大丈夫なのか?」
「うん、今日、店長に話してみる」
「そうか? うちはいつでもいいからな?
円満退社して来いよ。面倒はことにはするなよ」
だがそれは無理だろうと私は予想していた。
稼ぎ頭の千秋を、そう簡単に店が離すとは思えなかったからだ。
次の日、『王様と私』の店長が店にやって来た。
「千秋のことで話ががある」
私の予想は的中した。
序曲に期待し、起承転結の流れで進んでゆくからだ。
そして途中で演奏が中断することもある。
コンサートが突然、何の前触れもなく終わるのだ。
私は恋愛から意識的に遠ざかっていた。
女を愛することから逃げていた。
感動がなくなっていたのだ。人を愛することに。
初恋は「恋に恋すること」だった。
今思えば、それは「誰でも良かった」のかもしれない。
人を愛する自分に酔っていた
それが正直なところだったのかもしれない。
その時の私は、恋愛の本質をよく理解していなかった。
幾度かの出会いと別れを繰り返し、結婚を考え始める頃になると、「この女と一緒に人生を歩いていけるのだろうか?」と、冷静に思う自分がいた。
恋から愛、そして現実へと変わって行った。
「この女をしあわせに出来るのか?」
そこには責任と信頼、自信が必要だ。
単なる好き嫌いだけでは結婚は出来ない。
セックスに対する考えもかなり変わった。
若い頃の性に対する旺盛な好奇心は、ただの性処理としての行為になっていった。
ただ女の「穴」にペニスを出し入れし、射精するだけの虚しい行為。
ある人妻は私にこう言った。
「夫婦のセックスなんて、お互いのカラダを使ったマスターベーションみたいなものよ」
そこに愛は存在しないと言う。
セックスが目的だけの結婚なら、結婚の意味はない。
風俗にでも行った方が経済的だ。
面倒な気遣いも不要だ。
女房のご機嫌を伺うことも、取ることもない。
でななぜ結婚をするのだろう?
「寂しいから。家族が欲しいから」
それではあまりに相手に対して思い遣りがなさすぎる。
愛してもいない女に、年老いた自分の下の世話までさせるというのか?
そんな馬鹿げた話はない。
だったらカネを貯めて、いい老人ホームへでも行けばいい。
その女に対して、愛情があるかないかは射精した後にあると思っている。
それは射精後、すぐに女から体を離そうとするかどうかではないかと。
つまり自分の欲望が満たされたら、相手の事はもう知らないという自分勝手な行為だからだ。
その妻は愛されてはいない。
もちろん女にも打算はある。
「この人と一緒に暮らして、私はしあわせになれるのかしら?」
結婚とは「しあわせの確約」を目指すものではない。
結婚とは呉越同舟。同じ船に乗って人生航路を進む「戦友」なのだ。
スキャンダルを起こして失脚する有名人のように、権力も財力も、かならずしも不変なものではない。
一寸先は闇なのだ。
ゆえに結婚は「豊かなる時」ではなく、「病める時」でも相手を支える勇気と決意が必要なのだ。
フランスでは事実婚が多いという。
西洋に憧れる日本人なら、夫婦別姓を唱える前に、「お試し期間」を永く設ける男女関係を構築することも、悪くはないのではないだろうか?
私はそんなどうでもいいことを考えながら、千秋を前に千秋の履歴書を見ていた。
「随分簡単な履歴書だな?」
「しょうがないでしょー? 高校中退なんだから」
私は少し意地悪な質問をした。
「ウチの店で働きたいと思った動機は?」
「大好きな功作と一緒に働きたいと思ったから」
「そんな理由じゃダメだな?」
「功作を助けてあげたいと思ったから。それじゃダメ?」
「千秋、お前はまだ若い。人生に目標を持て。
そんなくだらないことではなく」
「功作と結婚してしあわせになりたい! それが目標だよ」
「真面目に答えろ」
「十分真面目だよ」
「男で自分の人生が変わってもいいのか?
それでは千秋の人生は男次第ということになってしまうじゃないか?
ましてや俺では最悪の人生になってしまう」
「それじゃダメなの?」
「駄目じゃない。だがそれでは人生が安っぽいギャンブルになってしまう。
千秋、「類は友を呼ぶ」って知ってるか?」
「知らない」
「わかりやすく言えば、自分の周りには自分と同じ「レベル」の仲間しか寄って来ないということだ。
金持ちには金持ちの仲間が、ヤクザにはヤクザの仲間が。そして・・・」
「そしてキャバ嬢にはキャバ嬢とスケベなお客とロクデナシのホストが集まって来るというわけでしょ?
そんな話、聞きたくない」
私と千秋はタバコに火を点けた。
「千秋、人は相手を変えることは出来ないんだ。
ではどうすればいいか? それは自分が変わることなんだよ。
お前はあのホストと別れた。でもな千秋、お前が変わらなければまた同じ男を好きになってしまう。
お前はまだ若い。これからなんだ、千秋の人生は。
お前を採用するにはひとつ条件がある」
「どんな条件? 功作の愛人になること? それなら喜んでなってあげる! 功作のセフレに」
「学校に通うことだ。昼間の学校に通って高校の卒業資格を取れ。
そして大学に行け」
「そんなお金ないよ」
「そのカネは俺が出してやるから心配するな。
出世払いで返してくれればいい」
「出世しなかったら?」
「その時はその時だ。俺に人を見る目がなかったということだから諦めるよ」
「私、勉強は嫌い」
「苦手だと思っているから苦手なんだ。
千秋はたまたま勉強が出来る環境になかっただけだ。
そして勉強はいくつになっても出来る。
どうする千秋? 学校に行ってみないか?」
千秋は少し照れながら言った。
「わかったよ、功作の言う通りにするよ」
「それじゃあお前を採用してやる。仕事は楽じゃないぞ。
いつから働ける? 店の方は大丈夫なのか?」
「うん、今日、店長に話してみる」
「そうか? うちはいつでもいいからな?
円満退社して来いよ。面倒はことにはするなよ」
だがそれは無理だろうと私は予想していた。
稼ぎ頭の千秋を、そう簡単に店が離すとは思えなかったからだ。
次の日、『王様と私』の店長が店にやって来た。
「千秋のことで話ががある」
私の予想は的中した。
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