それを人は愛と呼ぶ

菊池昭仁

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第21話

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 今日の店の営業も終わり、厨房の後片付けをしていると、千秋が店の掃除をしながら私に尋ねた。

 「親方の夢って何ですか?」

 (夢? 俺の夢?)

 「千秋、お前の夢は何だ?」

 私は寸胴鍋を洗いながら千秋の質問に質問で返した。
 適切な回答を導き出す時間を稼ぐために。


 「今、私はその夢を探しているところです」
 「そうか? 夢は見るためにあるんじゃない、叶えるためにあるんだ。
 急ぐ必要はない、ゆっくり探せばいい」

 千秋は賢い娘だ。どうやら私には夢がない事を悟ったようで、俺への夢の追求は諦め、今度は祥子に同じ質問をした。

 「祥子お姉ちゃんの夢は何?」
 「もう夢は叶ったから当分ないわね」
 「夢が叶った?」
 「こうして三人で家族みたいに暮らす夢がね?」
 「それって夢なんですか?」
 「そうよ、立派な夢よ。
 大好きな人たちと一緒に生活をする。これ以上の贅沢はないわ」
 「それもそうですね? 好きな人と一緒に暮らす。最高のしあわせですね?
 私も今、凄くしあわせです!」

 
 私はとっくに夢をなくしていた。
 だが夢がないからと言って不幸ではない。
 中年の私には夢はないが、生き甲斐はある。
 祥子と千秋という生き甲斐がいる。 
 この二人をしあわせにすることが私の生き甲斐だった。

 穏やかな毎日の暮らし。私は絶対にこの二人を守らなければならない。
 
 千秋の日々の成長がうれしかった。
 そして祥子も私に一生懸命尽くしてくれている。
 折角の安定した公務員を辞めてまで、人生を俺に捧げてくれた祥子。
 私はけじめをつける時期に来ていた。



 千秋がフリースクールに行っている日中が、私と祥子の「恋人時間」だった。


 「愛しているわ功作、愛しているの。あ、あ、いい、もっとして・・・」

 千秋がいる時には私に甘えることが出来ない祥子は、私をせがんだ。
 私は行為を続けながら祥子に尋ねた。

 「このまま、今日は中に出してもいいか?」
 「うれしい、このまま中に、ちょうだい。うっ」

 祥子は短くうめき声をあげ、オルガスムスが近づいているようだった。

 「出すぞ」
 「出して!」

 私は動きを加速させ、祥子の中に覚悟を持って射精をした。
 祥子の中がヒクヒクと痙攣し、私の精子を子宮に迎え入れてくれた。

 いつもは祥子がコンドームを嫌うので、主に避妊は膣外射精をしていた。
 それは自分には子供を持つ勇気がなかったからだ。
 祥子をしあわせにする自信がなかったからだった。


 正常モードに戻って、祥子が俺に抱きついて来た。

 「知らないわよ、今日は赤ちゃんが出来る日なのに中にしちゃって。
 赤ちゃんが出来たら産むわよ、私」
 「産めばいい」
 「いいの? 産んでも? 功作の赤ちゃん」
 
 私は祥子にきっぱりと言った。

 「産んで欲しい。俺とお前の子供を。
 として」

 祥子は号泣した。
 
 「私を、私をあなたのお嫁さんにしてくれるの?
 うれしい・・・。凄く嬉しい。
 また私の夢が、叶っちゃった」

 私は隠しておいた婚約指輪を持って来て、祥子にプロボーズをした。


 「祥子、随分待たせたな? いつも俺を支えてくれてありがとう。
 お前の人生、俺に半分分けてくれ」
 
 祥子はベッドから跳ね起きて正座した。
 
 「はい! よろこんで・・・」

 私は祥子の左薬指に指輪をはめた。
 祥子の指が少し震えていた。

 そして私たちは強く抱き合い、熱いキスをした。

 すると千秋が私の耳元で囁いた。

 「あっ、今、中からあなたのが出て来たみたい・・・」
 「出来たかな? 俺たちの子供」
 「ねえ、念のためもう一回して。
 私、一人目は男の子が欲しいから」

 私は祥子のもう一つの夢を叶えてやりたいと思った。

 
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