30 / 30
10月5日(月)晴れ 入院30日目 退院
しおりを挟む
退院の日。
長いようで短い1ヶ月だった。
佐藤先生は忙しいようだったので、病院のアンケート箱に先生宛の礼状を投函した。
お世話になった看護士のみなさんにも挨拶をした。
退院の手続きと支払いを済ませ、病室を後にした。
迎えに来てくれる家族も女もいない。
だが気分は爽快だった。
大学病院のイチョウ並木が色づき始めていた。
山岡鉄舟は言った。
晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
左目は厚い曇ガラスから見ているようだったが、ある日、朝起きると真っ暗になっていた。
毎朝、病院へ行き、診察が終わるのはいつも午後の1時を過ぎていた。
レーザー治療の日はクルマは使えなかったので、電車で通院した。
そんなある日、待合室で瞳孔を散大して診察を待っていると、20代くらいの精神薄弱らしい娘さんと、付き添いの母親がやって来た。
「なあ、私の目が見えなくなったのはお母ちゃんのせいだからね?
どう思う?」
「・・・ごめんね」
「どうしてくれるの? 私の目?」
みんなの前でそう詰られ、おそらく母親は「死んでしまいたい」と思ったはずだ。
私を含め、200人近くの待合室にいた人たちが、耳を欹てて、その母子の会話を聞いていた。
みんないたたまれない思いだった。
目が見えなくなるという残酷な現実を、突きつけられた気がした。
その娘さんに悪気はない。ただ感じるままを母親にぶつけたにすぎない。
どうして私を産んだの?
極めてやさしそうなお母さんだった。
おそらく、彼女は今までの一度たりとも怒ったことはないだろう。そんな控えめなお母さんだった。
それから1年半が過ぎ、血糖値も下がり、安定した頃、クリニックの院長から腎臓透析の病院を紹介された。
「菊池さん、今すぐどうこうということではありませんが、一度知り合いの腎臓の専門医に診察をしてもらったらいかがですか?」
私は腎臓の検査を受けに行った。
幸い、腎臓透析が今すぐに必要というわけではなかったが、その医師は心電図の検査も行った。
心電図を見た医師は、少し悲しそうな顔をして私に言った。
「来週の木曜日、医大から心臓エコーの専門医が来るので、一度、心エコーの検査をされてはいかがでしょう?」
そして指定された木曜日、心臓エコーの検査を受けた。
「菊池さん、心筋梗塞です。紹介状を書きますからすぐに大学病院で精密検査を受けて下さい!
今、菊池さんの心臓は30%しか機能していません」
私は誰が心筋梗塞なのか、他人事のように聞いていた。
「そうですか? でも壊死した心筋が再生することはありませんよね?」
「・・・。せめてこの閉塞しかけている冠状動脈にカテーテルだけでも早く入れないと」
「もう何もしたくありません。心臓の治療によって右目が見えなくなってしまう可能性があるなら、失明して全盲になって生きる意味はありませんから。
折角ですが治療は結構です」
するとその医師は熱心に私に語りかけてくれた。まるで長年の友人のように。
「私も菊池さんと年齢が近い。とても他人事とは思えないんです」
「ありがとうございます、ご心配をいただいて。私は1秒でも長く、目が見えていて欲しいのです」
私はお客様の住宅ローンの手続きをする際、心筋梗塞と告知された時点で住宅ローンの支払いが免除される保険の説明をイヤというほど聞かされていた。
つまり、心筋梗塞は「死」を意味するのだと。不治の病。
ドラマでの死因はくも膜下出血か、心筋梗塞が殆どである。
私は告知を受けた日の帰り道、散りかけた、河原の桜の土手に仰向けになり、空を見上げて嗚咽した。
右目が見えなくなるのが先か、心臓が停まるのが先か?
私はこのまま川に飛び込んで死んでしまいたいと思った。
でも無理だな? 俺は元、水泳の選手だったからと自嘲した。
そして入院から約10年が過ぎた現在も、障害者手帳をもらい、運転免許も返納したが右目はまだがんばってくれている。視力、0.08。
心臓もたまに不整脈を起こすが、がんばってくれている。
毎日が奇跡の連続である。
人生とは薄氷の上を歩くものだ
Life is like walking on thin ice.
俺はまだ死ぬわけにはいかない。たとえ盲目になっても書き続ける。
素晴らしきかな、我がドラマチック人生。
『眼科病棟』完
長いようで短い1ヶ月だった。
佐藤先生は忙しいようだったので、病院のアンケート箱に先生宛の礼状を投函した。
お世話になった看護士のみなさんにも挨拶をした。
退院の手続きと支払いを済ませ、病室を後にした。
迎えに来てくれる家族も女もいない。
だが気分は爽快だった。
大学病院のイチョウ並木が色づき始めていた。
山岡鉄舟は言った。
晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
左目は厚い曇ガラスから見ているようだったが、ある日、朝起きると真っ暗になっていた。
毎朝、病院へ行き、診察が終わるのはいつも午後の1時を過ぎていた。
レーザー治療の日はクルマは使えなかったので、電車で通院した。
そんなある日、待合室で瞳孔を散大して診察を待っていると、20代くらいの精神薄弱らしい娘さんと、付き添いの母親がやって来た。
「なあ、私の目が見えなくなったのはお母ちゃんのせいだからね?
どう思う?」
「・・・ごめんね」
「どうしてくれるの? 私の目?」
みんなの前でそう詰られ、おそらく母親は「死んでしまいたい」と思ったはずだ。
私を含め、200人近くの待合室にいた人たちが、耳を欹てて、その母子の会話を聞いていた。
みんないたたまれない思いだった。
目が見えなくなるという残酷な現実を、突きつけられた気がした。
その娘さんに悪気はない。ただ感じるままを母親にぶつけたにすぎない。
どうして私を産んだの?
極めてやさしそうなお母さんだった。
おそらく、彼女は今までの一度たりとも怒ったことはないだろう。そんな控えめなお母さんだった。
それから1年半が過ぎ、血糖値も下がり、安定した頃、クリニックの院長から腎臓透析の病院を紹介された。
「菊池さん、今すぐどうこうということではありませんが、一度知り合いの腎臓の専門医に診察をしてもらったらいかがですか?」
私は腎臓の検査を受けに行った。
幸い、腎臓透析が今すぐに必要というわけではなかったが、その医師は心電図の検査も行った。
心電図を見た医師は、少し悲しそうな顔をして私に言った。
「来週の木曜日、医大から心臓エコーの専門医が来るので、一度、心エコーの検査をされてはいかがでしょう?」
そして指定された木曜日、心臓エコーの検査を受けた。
「菊池さん、心筋梗塞です。紹介状を書きますからすぐに大学病院で精密検査を受けて下さい!
今、菊池さんの心臓は30%しか機能していません」
私は誰が心筋梗塞なのか、他人事のように聞いていた。
「そうですか? でも壊死した心筋が再生することはありませんよね?」
「・・・。せめてこの閉塞しかけている冠状動脈にカテーテルだけでも早く入れないと」
「もう何もしたくありません。心臓の治療によって右目が見えなくなってしまう可能性があるなら、失明して全盲になって生きる意味はありませんから。
折角ですが治療は結構です」
するとその医師は熱心に私に語りかけてくれた。まるで長年の友人のように。
「私も菊池さんと年齢が近い。とても他人事とは思えないんです」
「ありがとうございます、ご心配をいただいて。私は1秒でも長く、目が見えていて欲しいのです」
私はお客様の住宅ローンの手続きをする際、心筋梗塞と告知された時点で住宅ローンの支払いが免除される保険の説明をイヤというほど聞かされていた。
つまり、心筋梗塞は「死」を意味するのだと。不治の病。
ドラマでの死因はくも膜下出血か、心筋梗塞が殆どである。
私は告知を受けた日の帰り道、散りかけた、河原の桜の土手に仰向けになり、空を見上げて嗚咽した。
右目が見えなくなるのが先か、心臓が停まるのが先か?
私はこのまま川に飛び込んで死んでしまいたいと思った。
でも無理だな? 俺は元、水泳の選手だったからと自嘲した。
そして入院から約10年が過ぎた現在も、障害者手帳をもらい、運転免許も返納したが右目はまだがんばってくれている。視力、0.08。
心臓もたまに不整脈を起こすが、がんばってくれている。
毎日が奇跡の連続である。
人生とは薄氷の上を歩くものだ
Life is like walking on thin ice.
俺はまだ死ぬわけにはいかない。たとえ盲目になっても書き続ける。
素晴らしきかな、我がドラマチック人生。
『眼科病棟』完
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
退会済ユーザのコメントです
あなた様は砂町銀座にお社のある御方ではありませんか?
目が見えている時、ご著書は殆ど読ませていただきました。もちろんユーチューブもです。
お社に参拝もさせていただきました。
天之御中主神様は幼少期から信仰させていただいております。
やはり神様はいらっしゃると思いました。
あなた様のような方にご指導をいただけたのですから。
私の夢は叶いました!
以前にもある方から同じことを告げられました。
私は業が深いようです。
「ツイてる、ツイてる」ですよね?
他人の幸せを素直に喜んで、良い種を蒔くようにいたします。
ありがとうございました。
退会済ユーザのコメントです
確かにそうかもしれません。
でもそのお蔭で私は色々な気付きを得ることが出来ました。
人様からみればそれは「報い」かもしれませんが、それと同等か、あるいはそれ以上の幸福もいただきました。
今、死と失明を待つだけの生活ですが、十分楽しい人生でした。
幸福な人生とは「生き甲斐のある人生」ですから。
生まれ変わってまた一から出直します。