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第7話 お金の価値

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 「はい、次の人どうぞ」
 「いくら貸してくれるんだ?」
 「何に使うんですか?」
 「色々だよ、125円しかなえんだ。もう3日も水しか飲んでねえ」

 教授は呆れた顔で言った。

 「では3万円ですね」
 「5万にしてくれよ、3万じゃ足りねえんだよ、頼むよ」
 「3万円が限度です」
 「どうしてもか?」
 「パチンコなら3万円で十分でしょう?」
 「パチンコなんかしねえよ」
 「別にいいんですよ、パチンコや競馬に使っても。
 この3万円をあなたがどう使おうと、あなたの自由です。
 このお金はあなたに移った瞬間に、あなたの所有になるのですから。
 お金は使われて初めて価値を生むのです。
 持っているだけではただの紙切れなんです。
 1万円の製造原価は25.5円だそうです。
 でも1万円には1万円の交換価値がある。
 パチンコで失えば3万円の価値はゼロ。
 ただし100円のパンなら300個買えます。
 お腹を空かせた300人の子供の飢えを救うことが出来るのです。
 お金はその使い途によって1万円が何倍にも変わることがあります。
 3万円をあなたが何に使おうが、あなたの自由です」
 「いいよ、じゃあ3万で。
 それからなんか仕事ねえかな? なんでもいいんだ」

 すると教授はその男に10万円を渡した。
 
 「これで面接用のスーツや靴などをお買いなさい。
 仕事はあそこで紹介してもらうといいです」

 教授は向かいの職業紹介所を指差した。
 男はすぐに借用書にサインをし、10万円を受け取ると、歓喜し、去っていった。


 ジュンが言った。 

 「教授、いいの? 10万円も渡して? どうせまたパチンコに行くよ、あの人」
 「そうかもしれない。でもいいんだよ、それで。あの人があの10万円の価値について学ぶことが出来れば。
 やがてそんな自分のお金の使い方が虚しく思えたら、それがスタートなんだよ。人生をやり直すスタートがね?」
 「じゃあどうして10万円も貸してあげたのさ?
 3万円でいいと言っていたのに?」
 「人間は同じ間違いを繰り返すものだ。
 おそらくあの人はパチンコをしてカネを失う。
 そしてその時考えるはずだ。
 「ああ、パチンコなんかしなきゃ良かった」と。
 そしてまたここへやって来るだろう。
 そしてまた同じことを繰り返すのさ。
 でもそのうち気付くはずだ。嘘を吐いてカネをせしめている情けない自分に。
 そこからだよ、あの男が変われるかどうかは?
 あの人が「仕事がしたい」と言った時、感じたんだ。 
 彼は現状から抜け出したいんだと。働いてお金を稼ぎたいんだと。
 だから私は10万円を貸したんだよ。
 ジュン、これは根競こんくらべなんだ。
 裏切られても、裏切られても、信じてあげるしかないんだ。
 水に字を書くのと同じようにね?
 書きながら消えてゆく。それでも書き続けるんだ。
 所詮、人は人を変えることは出来ない。自分が変わるしかないんだよ。
 つまりそれは私たちがあの人を見る目を変えることなんだよ。
 出来ることといえば、あの人のしあわせを願うことなんだ」
 「あの人、変われるといいね?」
 「そうだね? では次の人を呼んで来てくれるかな?」
 「うん、わかった」

 ジュンは明るい表情で次の借入希望者を招き入れた。

 
 門倉はマイクロファイナンスを始めていた。
 10万円までの少額融資である。
 貸金業や贈与等の問題もあるので、利息は5%以下の一律3%として融資をしていた。
 噂が噂を呼び、大勢の人間が押し寄せていた。
 近くには職業紹介所も併設した。
 こちらにも徐々に人が集まり始めていた。

 
 不思議なことに働き口が見つかり出すと、次第にカネを借りに来る人間は減り始め、返済に来てくれる人も増えていった。

 門倉は思った。すべてはここからだと。
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