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第9話 『柊坂メディカルセンター建設計画』始動

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 毎週日曜日、門倉たちは「だるま食堂」に集結した。
 それは会議という形式ばった物ではなく、ブレーンストーミングのような物で、飲食をしながらのフリートークだった。

 みんなで宴会をしている光景をビデオカメラで撮影し、それを各自のスマホで共有して各々の分担を実行するという物だった。

 議事録を作成しても書くだけでは意味がない。
 この会には「後で検討」がなかった。
 すべては即断即決即実行で行われていた。


 長老は門倉に熱燗を注ぎながら言った。

 「教授、先日のあの森山親子はどうなったんじゃ?」
 「はい。母親の咲子さんもようやく退院して、職業斡旋の仕事を手伝ってもらっています」
 「それは良かった。研斗は?」
 「保育園に通い始めました」
 「そうかそうか、良い友だちが出来るといいのう。
 あの保育園にはいい保育士がたくさんおるから安心じゃ。
 だが、そのDV夫の方はどうじゃ? 大丈夫なのか?」
 
 教授は芋焼酎を飲みながら言った。

 「やはり森山さんたちを探してアパートにやって来ましたが、門倉会長のところの黒田さんが張り込んでいてくれたおかげで、二度と来ないそうです。
 念書も書かせたそうですから」
 「ほほう。黒田の応対なら大丈夫じゃろうて。
 普通なら睨まれただけで終わりじゃからのう? ふぉふぉふぉ」
 
 ドッとみんなが笑った。


 「だるま食堂」はいわゆる「子供食堂」でもあった。


       ある時払いの催促無し


 メニューは書いてあるが金額は「お気持ち」としか書かれていない。
 ただし、アルコールは日本酒、焼酎は5合まで。
 ビールはジョッキ3杯、瓶なら2本までだった。

 ケンカやセクハラがあった場合は1週間の出入禁止となる。
 この街にはアルコール依存者も多くいたからだ。

 1週間の出入禁止とは、それ以上になると食料の調達も難しくなるからだった。
 その間は公園の炊き出しで、飢えを凌いで我慢すればいいと門倉たちは考えていた。
 隣には交番もあり、警官もよくここで食事をしていたから、トラブルも比較的少なかった。

 事情がある者は払わなくてもいいが、その運営主旨に賛同する者や、余裕のある者は募金箱にそれぞれ現金を入れるシステムで、不足分は門倉が支援していた。

 最初は無銭飲食が多かったが、次第に募金箱に現金を入れる客が増えていった。
 地元商店街の人たちも、よく食料を寄付してくれた。
 食堂はいつもいっぱいで、人々の笑顔も多くなっていた。

 
 「これはドイツの諺じゃが、

   ただ魚を与えるのではなく 魚の獲り方を教えよ

 というものがあるそうじゃ。
 ワシらはそれを教える義務がある。
 自分で稼いだカネで飲む酒はウマいからのう」
 「自分のお給料で生活することの喜びってありますよね?」
 
 早苗が言った。そして真由美も、

 「人に頼るのではなく、人の支えになるのってうれしいですよね?」
 「そうよ、それが何よりの生甲斐ですもの」
 
 マリアもアジフライを食べながら言った。

 「そこで私から提案があります。マリア先生とも相談していたんですが、『柊坂メディカルセンター』を造れないものかと?
 ご存じの通り、診療所では大掛かりな手術も入院も出来ません。
 たくさんの診療科目のある総合病院がここには不可欠です。
 今回の森山さんのように、隣街の区立病院まで行く必要があり、それに区立病院でさえ、あまりいい顔をされていないのも事実です。
 現に森山さんの保証人はマリア先生がなって下さいました。
 いかがでしょう? 門倉会長、メディカルセンター建設計画というのは?」
 「とりあえず予算50億で企画書を作成してくれんか?
 これは教授とマリアで頼む」
 「わかりました」
 「やってみます。ありがとうございます、門倉会長」
 「では医師会と役所の方は長老にお願いするとしよう。
 銀行時代の貸しがあるはずじゃからのう」
 「そちらの方は早速明日、交渉するとしよう。
 すまんがジュン、ワシに付き合ってくれんか?」
 「いいよ、任せて!」

 こうして柊坂の総合病院プロジェクトが動き出した。



 翌朝、長老とジュンは議員会館に丸山国会議員を訪ねた。

 「丸山先生、忙しいところ、すみません」
 「いやいや、久しぶりですなあ、緒方頭取。
 行方不明という噂でしたが何よりです。
 それでご用件とは?」
 「縁あって、総合病院の創設に関わることになりましてな?
 そこで是非、丸山先生に役所と医師会の方に話をつけて欲しいと伺いました」
 「どこにお建てになるおつもりですか?」
 「柊坂です」

 すると丸山議員は露骨に眉間に皺を寄せた。

 「頭取、あなたにはとてもお世話になりました。
 それはやぶさかではないが、柊坂に病院を建てても経営が成り立つとは思えませんなあ。
 だが頭取がおやりになるわけだから、カネをドブに捨てるようなことはしない筈。
 その根拠をお聞かせいただけませんか?」
 「今、我々の仲間が柊坂を再生させようと奮闘しております。
 そのプロジェクトの一環として『柊坂メディカルセンター』の建設が、どうしても必要なのです。
 資金の目途はついております。何卒、先生のお力をお借りしたいのです。
 これはマスコミにも大々的に発表しますので、その時には丸山先生にも是非ご登壇願えればと考えております。
 いかがですかな?」

 丸山は計算高い政治家だ、すぐにそれを自分への献金と票田に換算し、ニヤリと笑った。

 「わかりました。資金の方は用意が出来ているというわけですな?
 であればそれ以上は訊きますまい。
 役所と医師会の方には私から話しを通しておきます。
 いずれまた、緒方さんにもお世話になることもあるでしょうからな? わっはっはっはっ」
 「心得ております。ではよろしくお願いいたします」



 議員会館を出ると、長老とジュンは立ち食い蕎麦屋に入いり、きつね蕎麦を食べた。

 「長老、なんで議員さんのところに行ったの?」
 「根回しじゃよ、根回し。どこから横槍が入るかもしれんからのう。
 役所も医師会も政治家には弱いもんじゃ」
 「そうなんだ。でもあの人、僕はあんまり好きじゃないな」
 「ワシも嫌いじゃよ、あんな奴」
  
 ジュンは味のよく沁みた油揚げを一口齧ると、蕎麦を手繰った。

 「ジュン、男というものはな? 愛する者のためならどんなイヤな奴にでも頭を下げねばならん時もあるものじゃ」
 「僕もそれはわかるよ。でも長老が頭を下げるのを見るのは辛かったよ。
 長老は僕の大切な家族だから」
 「ありがとう、ジュン。
 あの男は政治家ではない、ただの政治屋じゃ。
 ワシらの目的は病院を建てることじゃが、あ奴らはカネのニオイに寄って来るダニじゃ。
 そしてマスコミに出たがるからのう。
 自分に都合のいい時だけだがな? あはははは。
 悪いことをして掴んだカネなど、いずれ自分の身を滅ぼすことも知らずにのう」
 「そうじゃない世の中になるといいね?」
 「本当じゃな? ジュン。ワシらがそのきっかけを作るんじゃ」

 長老はジュンに自分の油揚げを乗せてやった。

 「いいの? 長老」
 「好きじゃろう? ここのきつね蕎麦のお揚げ?」
 「うん、長老ありがとう」

 ふたりは音を立てて蕎麦を啜った。

 それはまるで仲の良い、孫と爺さんのように。
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