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第8話 銀河鉄道の夜

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 デザートの皿を持って、オーナーシェフの村吉がやって来た。

 「ベルギーの生チョコに生クリーム、それにオレンジキュラソーをかけてみました。
 今日のお料理はこれで以上になります。
 本日はお楽しみいただけましたでしょうか?」
 「ええ、とっても美味しかったわ。オーナー、今日は無理を言ってすみませんでした。
 おかげで素敵な時間を過ごすことができました。
 ありがとうございます」
 「どうぞ今日のお料理の余韻をお楽しみ下さい。
 では、ごゆっくり」

 村吉は恭しく頭を下げるとギャレーに下がって行った。
 

 「ああ、美味しかったー。ねえ、予約していってもいいかしら? 次のデートの?」

 だが小次郎の返事は冷たい物だった。

 「今日はとっても楽しかったよ。悪いが今日はこれで失礼する」
 「ダメよ、お店でみんなが小次郎が来るのを待っているんだから」
 「やはり私は店には行かない方がいいと思う。私の正体を知った以上、気を遣わせるのは悪いから」

 雪乃はカプチーノの苦みが、小次郎のこの言葉でより苦く感じた。
 雪乃は角砂糖をもうひとつ、デミタスカップに入れた。

 「そんなこと気にしないで。あの店は私のお店なんだから。
 私がいいと言ったらそれでいいの!」

 小次郎は困った顔をした。
 それは娘のわがままに困り果てた父親のようでもあった。

 「わかったわ、それじゃあこうしましょう。
 お店には行かない、その代わり私がひとりで小次郎を接待するの。
 それならいいでしょう?」

 小次郎は黙ったままだった。

 「さあ、次に行くわよ」

 小次郎は飽きれたように椅子から立ち上がった。

 

 雪乃と小次郎は新幹線に乗って東京へと向かった。

 「まさか新幹線に乗るとは思わなかったな?」
 「たまにはいいでしょ、夜の東京も。
 お買い物にはよく行くけど、夜のデートなんて初めて」

 雪乃は自分の手を小次郎に重ね、小次郎に枝垂れかかってみせた。

 (いい気持ち、この包み込まれるような安心感は久しぶりだわ)

 「宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』みたいだね? 彼の発想力はすごいよ、この都会の光の海から銀河に向かって列車が夜空を飛んで行くなんて」
 「私も子供の頃、お兄ちゃんとアニメで見たわ。
 ジョバンニとカンパネルラ。
 同級生のいじめっ子たちにからかわれるの、「ラッコの上着がくるよ」って」
 「そんな話だったかなあ、私も見てみたいな、そのアニメ」
 
 雪乃は深く息を吸った。
 小次郎の甘い香りをしっかりと記憶に留めるために。 
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